生活保護「利用者イメージ」の大転換か? 首相による「利用促進」の発言が波紋
菅首相は27日の参院予算委員会で、特別定額給付金の追加給付について「予定はない」と述べたうえで、「最終的には生活保護がある」と語り、波紋を広げた。
この発言に対しては、日本の生活保護制度の実態を理解していないなど、様々な批判が寄せられているが、コロナ禍における生活困窮を生活保護というセーフティネットで受け止めるべきだという見解自体はある意味では正しい。
図らずも、首相は生活保護をコロナ禍で「だれでも利用できる制度にしよう」と呼びかけているとも受け止められる。
しかしながら、生活保護は十分に機能しておらず、本当に機能させようとするならば、抜本的な制度改革が必要であるというのが筆者の意見である。
では、どのような改革が必要なのか、以下に詳しく述べていきたい。
コロナ以前:病気や障害により中長期的な「手厚い支援」が必要な人たち
まず、具体的な制度について見ていく前に、コロナ禍で生活困窮に陥っているのはどのような人たちなのか、確認していこう。ターゲットとなる利用者の「像」を明らかにしたうえで、制度改革を考えていくことが重要だからだ。
私が代表を務めるNPO法人POSSEに寄せられる生活相談では、コロナ以前には病気や障害を抱えた「働けない人たち」が多く、全体の7割以上が障害・傷病者を抱える世帯であった。例えば、次のような相談が寄せられている。
埼玉県、24歳男性、単身世帯。親から身体的虐待を受け、保育園の頃から児童養護施設で育った。小学生の頃にはうつ病で投薬治療も行った。親がお金を出せないため高校に行けず。自立援助ホームに入所してアルバイトでお金を貯め、アパートを借りて暮らしている。しかし、うつ病の影響で気分が沈みがちで仕事が続かない。家賃を2か月滞納、生活費のために消費者金融から40万円借りている。
神奈川県、27歳女性、両親・兄弟と同居。幼少期から母親に対する父親のDVがあり、本人に対しても大学入学後に虐待が始まった。大学在学中に水商売で働いていたが、摂食障害、うつ病を発症し、寝込むようになった。それ以降働けず、収入がないので実家を出られないが、一人で生活保護を受けたい。
これらのケースでは、家族関係を背景にして精神疾患を抱えており、医療を中心に中長期的な「手厚い支援」を必要としているケースだ。若年層であるため、就労自立を目指すにしても、様々な支援なしには困難である。
コロナ禍以前の生活保護利用者の「像」は、多くが高齢や病気で仕事を見つけられなかったり、精神疾患をともなう生活困窮者で手厚いケアを要する人たちが多かったのである。
ただし、ここで注意しておくべきことがある。それは、働く能力があって所得が少ない労働者や失業中の人たちも、実は制度上は、生活保護を受給できる場合があるということだ。
ところが、実態としては、稼働年齢で重大な疾患もないような「働ける人たち」の利用は実務上制限されてきた。そのため、コロナ禍でも首相が言うように簡単に生活保護が利用できない実態につながっている(後述)。
コロナ禍:働ける非正規雇用。一時的な給付だけでよい
次に、コロナの感染が拡大した昨年4月~6月の相談を集計すると、404件中382件と9割以上が労働問題に起因する生活困窮であった。つまり、「働ける人たち」からの相談が多く寄せられているのだ。
さらに、雇用形態は「パート・アルバイト」が最多で、「派遣」が続き、合わせて約7割が非正規雇用となっている。
東京都、24歳女性、単身世帯。アルバイトで生計を立てていたが、昨年3月からシフトを削られ、緊急事態宣言ですべてシフトがカットされた。会社から補償の連絡もない。家賃やローンの支払いが困難。
千葉県、48歳男性、夫婦2人世帯。観光バスの運転手をしていたが、昨年1月からコロナの影響で減収。もともと月収30万円だったのが、休業手当10万円しかもらえない。社会福祉協議会でも10万円しか借りられず、困っている。
彼らは、もともと働いて生計を立てていけるはずが、コロナによって就労が中断し、生活困窮に陥っている人たちだ。こうした人たちは、コロナが収束して仕事が戻ってきたり、再就職先が見つかりさえすれば、就労自立していくことができる。そのため、必要なのは「手厚い支援」ではなく、「一時的な給付」である。
コロナ以前と以後の対比から、生活保護の利用者像の根本的な転換が必要であることがわかる。
つまり、【病気など様々な障害を抱えて「手厚い支援」が必要な層】から、【一時的な給付さえあれば自立可能な一般の労働者】を想定した生活保護制度にしていかなければならないということだ。
実際に、非正規雇用は全体の4割程度に達し、正社員の中にも「ブラック企業」など劣悪な処遇に苦しむ労働者は少なくない。しかも、非正規雇用の7割はコロナ休業でも手当てをまったく受け取っていないことも明らかになっている。
そうした労働者は、首相の言う「最終的には…」の状態にあっという間に陥ってしまうのである。したがって、首相の発言を額面通りに受け取るならば、多くの人にとって生活保護が身近な存在に「大転換」せざるを得ないはずなのだ。
それでは、このように利用者像を転換した時に、生活保護制度にはどのような課題があるのだろうか。
「入りにくく、抜けにくい」生活保護
現行の生活保護制度は、一般の労働者が利用するには、「入りにくく、抜けにくい」。特に障害となっているのは、資産要件と扶養照会だ。海外と比較すると、その異様さが際立つ。
まず、資産要件を比較してみよう(下図参照)。
日本はヨーロッパ各国と同様に持ち家の保有は認められているが、住宅ローンが残っていると保護が受けられない。その上、保有できる現金が全く異なる。日本では生活保護費の半額程度しか保有が認められず、単身世帯なら5~6万円でしかない。
それに対し、イギリスのユニバーサルクレジットは約227万円の保有が可能であるし、ドイツの失業手当Ⅱも約39万円は認められている。さらに言えば、フランスではそもそも資産保有が問われないのだ。
このように、日本では「身ぐるみ剥がされた」状態でないと生活保護が受けられないため、非常に「入りにくい」のに対し、ヨーロッパでは資産要件が緩く、「入りやすい」制度となっているのだ。
その上、預貯金がほとんどなくなった状態で生活保護を利用するため、仮に抜け出したとしても、再び失業や病気などのリスクが発生すると、たちまち困窮してしまう。そうすると、また生活保護を利用しなければならず、結局「抜けにくい」制度となってしまっている。
次に、扶養照会について見ていこう。日本の生活保護法では、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする」と定められているため、保護受給者に対して扶養義務者から仕送りなどが行われた場合には、収入として認定し、その金額分だけ保護費を減額するということになっている。
そのため、以下の表に定める範囲で親族に書類を送り、援助の可否について問い合わせを行う。これが扶養照会である。この表をみれば、日本が海外と比べて異様に広範な扶養義務が求められていることがわかるだろう。
それに対し、ドイツを除く各国では、配偶者間と子どもに対する扶養義務は同居を前提としているため、そもそも同居していない人に扶養照会を行う必要性すらない。
確かに、ドイツでも日本と同様に扶養義務は生活保護に「優先」する関係にある。しかし、扶養を求めるかどうかを一義的には保護申請者に委ねているため、日本のように申請者の意に反して扶養照会を行うことはできないのである。
以上のように、資産要件の厳格さと扶養照会の存在により、「入りにくく、抜けにくい」制度となっている。これらの点を改革し、一般の労働者が「入りやすく、抜けやすい」制度に変えていくことが重要だろう。
そうすれば、かなり多くの労働者が比較的容易に生活を立て直すことができるようになるだろう。一部の【病気など様々な障害を抱えて「手厚い支援」が必要な層】から、【一時的な給付さえあれば自立可能な一般の労働者】へと利用者像を転換し、制度を改革することで、生活保護は多くの労働者が利用する普遍的な制度になっていくはずだ。
「福祉」のイメージを転換し、「分断」を乗り越える
本記事で書いてきたような「福祉増の転換」は、実は、10年前のリーマンショック時にも盛んに議論された。非正規雇用が増え、簡単に福祉を必要等する労働者が増えていたからだ。だが、その後も非正規が増え続けたにもかかわらず、福祉のイメージは転換しなかった。
また、10年前には労働者が貧困に転落する前に支える「第二のセーフティーネット」など、貧困者だけではない「労働者向けの福祉」の拡充も盛んに進められた。しかし、この政策も10年でほとんど進展せず、コロナ禍でもろくに議論されていない。
福祉が一部の「貧困者」だけにとじこめられてしまうことで、社会の「分断」も深刻化している。生活保護を受ける人が「特殊」な人であるとみなされ、利用者がバッシングされる事態も珍しくはない。
だからこそ、生活保護を「普通の労働者」が受けられるように改革すると同時に、「労働者向けの福祉」を諸外国並みに整備してくことが求められている。生活保護以外にどのような福祉制度の改革が必要かについても、追って記事にまとめていきたい。
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*社会福祉士や行政書士の有資格者を中心に、研修を受けたスタッフが福祉制度の利用をサポートします。