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行政DXでは、公民連携とシビックテックを考えたい

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出展:エストニアTOOL BOX

 デジタル庁の発足を機に自治体含めた各官庁に「わが国行政のDXが遅れている。民間IT人材を活用して整備を急ぐべき」という大号令がかかる。しかし国連データでは、日本は電子政府の世界ランキングで第14位。そしてわが国では戸籍も税も年金もいちおうシステム化され、公務員の仕事もそれなりにIT化されている。では、何がまずいのか。

○要は使い勝手と連携不足の問題

 問題はユーザー(国民、住民)にとっての使い勝手がよくないことだ。例の10万円が配れなかった問題が典型だ。省庁のシステムが縦割りで、国と自治体の連携もない。そして自治体間がばらばらだ。個人認証の仕組みも統一されていない。

 ちなみに国連の電子政府ランキングの上位はエストニア、シンガポール、韓国、デンマークなどの小国や比較的歴史の新しい国であり、行政サービスはそもそもメニューが少なく制度もシンプルだ。一方で日独仏など大きな国では、古くからの福祉、医療の制度が修正に修正を重ねて維持されてきており複雑だ。デジタルトランスフォーメーション(DX)以前にそもそもの制度が複雑すぎる。そして古くて大きな国では政治的な都合でそれもなかなか進まない。日本が14位というのは、実はデジタル化やDXの遅れというより、縦割りで作られてきた古い制度をだましだまし使っている大国に共通の悩みが故という見方もできる。

○民間IT人材の投入よりも民間IT企業へのアウトソーシングを考えよう

 行政DXにおける民間人材の活用についてはどうか。もちろんそれができれば結構だが現実は民間企業でもIT人材が足りない。中でも、クラウド、アプリケーション、データベース、アナリティクス、セキュリティなど最先端分野の人材は引っ張りだこで払底している。

 そこで考えるべきは、「そもそも行政の全ての分野が自前でITシステムを持って、自前で運用する必要があるのか」「行政のどの分野でどういう民間IT人材が必要なのか」そして「IT化以前に制度を簡素化できないのか」ということだろう。

○行政ITの3ジャンル

 行政のIT化は、その業務の本質にそって3つに分けて考えるといい。1つ目は空港やダム、警察、信号の管理、防衛関係など行政特有の社会インフラのシステム。これは金融、電力、鉄道と同様の高度の処理能力とセキュリティを必要とする。自分たちでサーバーやデータベースを抱え、主体的に運用管理する必要がある。2つ目は巨大なBtoC事業である年金や保険などの事業。難易度は高いがすでに損保や生保などが大型システムを構築し運用している。そこに学べばいい。3つ目は主に自治体が行う市民サービスだ。これはわりあいシンプルで民間企業の消費者向けサービスと本質は変わらない。外注先もたくさんある。ユーザーのプライバシーの保全の問題が喧伝されるがその大切さは民間ビジネスでも同じで公務だからと言って一律に軍事防衛的なセキュリティの発想を持ち込むのは間違っている。

○そもそも人生で数回のサービスにIT化が必要か

 行政DXはこのように3つに分かれるが、1つ目は確かに自前でのITシステムを運用する必要があるし、その近代化は必須だろう。しかし2つめは丸ごと、民間金融機関に任せる等の発想があってもいい。あるいはそもそも運用を民営化してしまうことも考える。問題は3つ目の市民サービスである。ここが最も注意が必要だ。首長などはよく「全ての手続きを電子化する」「行政の全ての分野で民間並みのサービスを目指す」とよく言う。しかし本当にそこまで必要だろうか。ある県の調査では手続きの種類にして5割程度を電子化すれば全体の手続き件数のかなりが電子化できるとわかった。ならば全部の電子化はあきらめて絞ってやればいい。そもそも行政は全員に一律の平等なサービスを確実に提供する。全部に徹底するとなると対象者数は膨大になるし、民間のECサイト並みのていねいなサービスをやると多大なコストがかかる。一方で例えば出生届や引っ越し届は、たかだか人生に数回だけのことだ。「行政サービスのすべてを電子化する」という首長たちの掛け声は勇ましいが、わが国のような複雑でメニューも豊富な国では、費用対効果を考えると現実的かどうか疑わしい。

○セキュリティ人材の育成と確保は最重要課題

 一方で意外と見過ごされているのが、特に1つ目と2つ目で大切となるセキュリティの問題である。各国の軍隊や警察はハッカー対策に追われる。日本でも人材不足が深刻だ。安全保障は行政の肝の部分なので、アウトソースしにくい。その上で年収2000万円とも言われるホワイトハッカーと呼ばれる人たちの力も借りなければならない。

セキュリティ分野で優秀な人材を確保し維持するためには、給与体系を変えるしかない。厚生労働省には医師の給与テーブルがある。同様にインフラやセキュリティに関わるプロが行政ITの専門家としてやっていけるよう、給与体系や人事制度を変えなければならない。

人材育成のシステムづくりも重要だ。ITセキュリティは国立高等専門学校機構が人材を育成している。しかし通常の大学や専門学校でも、もっと学べるようにすべきだ。育成と養成も含めて投資が必要だ。政府がセキュリティの専門大学を作るのはどうか。

セキュリティは政府の本質なので、高度な技術と知識が求められる。一方でこの仕事にまつわる矛盾はセキュリティ専門家は周囲に自分の仕事について語れないということだ。周りからどういう仕事をしているのか理解されず、リスペクトも得られにくい。例えば警察庁でITセキュリティを担当するというのはグーグルで働くのと同じくらいすごいことだろう。 しかしマスコミはそういう人材を取材して紹介しない。そんな中で多くの学生がこの分野を目指すようになるには、情報発信の仕組みが必要だろう。

〇かつての受注事業者が最も高い外注管理能力を持つ

 さてセキュリティはなんとか自前で備えるとしても、市民サービスを担うITシステムの大半はアウトソーシングできる。すると「どの部分をどこの会社に出すか」の検討が真の課題となる。ところが役所にITの発注能力がある人はあまりいない。小さな自治体になると、発注経験自体があまりない。そこで得てして過大なスペックの大型システムを発注してしまい、いわゆるITゼネコンの“えじき”になる(と言われている)。あるいはベンダーロックインが起きてしまう。

それならば、どんな人が外注管理能力を持っているのか。これまで事業を受託していた人、つまりIT企業のOBが一番詳しい。海外では、かつて建設業やIT企業にいた人が政府機関など行政側に転職し、調達のアドバイザーや調達担当に就くことがある。例えば、米国シアトル市では元ゼネコンの幹部が雇われ、低コストで業者に発注するノウハウを伝授していた。日本でもたとえば東京都副知事の宮坂学氏はヤフーの元・社長であり、ITゼネコンそのもののご出身ではないが、ITの目利き力は備えておられるだろう。

全国の各自治体にもIT業界出身者をもっと入れて知事や役所側が彼らをうまく活用できれば、大きな変化が起きるだろう。官民癒着や口利きの温床になるリスクは守秘義務契約で縛ったり契約内容を情報公開することで排除が可能だ。ちなみに、デジタル庁にも民間人材がたくさん参加する。これは省庁間に横串を通してコストを下げるという発想に加え、システム面の外注管理を各省庁に委ねずデジタル庁に一元化し、そこに民間人材を登用してまとめて調達する発想だが、理にかなっている。

〇市町村の枠を超えた自治体間連携を

しかし地方の小さな市町村となると、地元に民間出身のIT人材はなかなかいない。こういう場合は、業務委託の形で近隣の大きな政令市などにシステム運用を頼む手がある。すでに住民サービス向けのシステムや文書管理などでは、県が音頭を取って県下の市町村が共同でシステムを運用する例がある(北海道、鳥取県、京都府など)。

組織形態としては一部事務組合や財団法人、あるいは株式会社を作ることが多いが、実は水道や消防などと同じ動きだ。小さな市町村ではこれらのインフラは管理しにくい。そこで隣接市町村が合同で管理するが、ITインフラも同じだ。明治以来、日本の自治体インフラは水道も消防もごみ処理も、何でも市町村単位だった。だがもはや単位として小さすぎる。21世紀のITインフラの構築は市町村の枠を超えるべきだ。

〇シビックテックの活用

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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