リム観測を行うアメリカ軍の宇宙追跡監視衛星STSS-D
弾道ミサイル防衛システムで用いられる早期警戒衛星は赤外線センサーを搭載し、ミサイルの発射炎を探知して警報を鳴らす役割です。現行のDSP衛星は高度約36000kmの静止軌道上にあり、地表を見下ろして警戒しています。
このDSP衛星は地表を見下ろす天底観測でミサイル発射時の熱源探知しかできません。そこで飛行中のミサイルの弾頭を追跡できるように、低軌道に赤外線衛星を周回させて、横方向から宇宙を背景に目標を見るリム観測という方法が計画されました。それがSTSS(宇宙追跡監視システム)です。
天底観測とリム観測
- 天底観測(Nadir view)
- リム観測(Limb view)
リム(Limb)とは縁(へり)という意味になります。この場合では地球の周縁のことを指します。
低軌道でリム観測を行うSTSS(宇宙追跡監視システム)
STSS衛星は2種類の赤外線センサーを備えていて、探知用の天底観測を行う赤外線センサーと、追跡用のリム観測を行う赤外線センサーを搭載しています。衛星開発の主契約者はノースロップグラマン、センサー開発担当はレイセオンです。
- Acquisition Sensor(天底観測用・捕捉センサー)
- Track Sensor(リム観測用・追跡センサー)
STSS計画は試験機のSTSS-D(Dはデモンストレーターの意味)が2009年に2基が高度1350kmの低軌道に打ち上げられ、軌道傾斜角58度・公転周期2時間で周り続けて運用試験を行っています。予算不足でSTSS計画は実戦配備に向けた量産は見送られ続けるも、試験衛星は2つの旅客機誤撃墜事件で地対空ミサイルの発射炎を探知識別するという離れ技をやってのけました。
- マレーシア航空17便撃墜事件(2014年7月17日)・・・ブーク地対空ミサイルの発射炎を探知。
- ウクライナ国際航空752便撃墜事件(2020年1月8日)・・・トール地対空ミサイルの発射炎を探知。
STSS-Dは弾道ミサイルの噴射炎よりも熱量が遥かに小さな地対空ミサイルを探知し識別したとアメリカ軍は公表しています。探知だけならともかく識別したという事実は驚くべきことで、弾道ミサイル級の熱源と地対空ミサイル級の熱源を見分けた上で脅威度の高い目標のみに警報を出せる能力の高さを実証しました。
またSTSS-Dの追跡機能については弾道ミサイル迎撃実験に何度か参加しており、弾道ミサイル目標の探知追跡情報をC2BMC(指揮管制戦闘管理通信システム)経由でイージス艦に送信、ローンチ・オン・リモート(遠隔発射)による撃墜を成功させています。
関連:「ローンチ・オン・リモートとエンゲージ・オン・リモート」
SBIRS-Low → STSS → PTSS → HBTSS
STSS計画は元計画SBIRS-Low、後継計画PTSSと何度も名称を変えていきましたが、試験衛星STSS-Dの2基までしか計画は進行せず量産配備は停止状態でした。しかし弾道ミサイルよりも低い高度を飛ぶ極超音速滑空ミサイルに対しては地上・海上レーダーが遠距離探知の役に立たず、宇宙配備センサーで遠距離での探知と追尾を全て任せようという考え方が登場します。これがミサイル防衛局(MDA)が主導するHBTSS(極超音速・弾道追跡宇宙センサー)計画です。元は弾道ミサイルを追尾しようという目的の低軌道衛星STSS計画の基本コンセプトがそのまま転用できると再計画されました。
SBIRS-High → Next-Gen OPIR
なおDSP衛星のそのまま後継となる筈だったSBIRS-Highは名前を変えてNext-Gen OPIR計画となり、静止軌道と長楕円軌道の高軌道に赤外線衛星を配置する方針でしたが、2019年3月に設立された宇宙開発局(SDA)は「トラッキング・レイヤー(Tracking Layer)」構想を立ち上げてOPIRにも低軌道衛星を追加し、これは探知用の広視野角(WFOV)赤外線センサー衛星として、中視野角(MFOV)赤外線センサー衛星のHBTSSに追跡を引き継ぐ方針となり統合運用される計画です。なお高軌道の計画もそのまま進められる予定です。
ただしアメリカ軍の新しい早期警戒衛星計画はどれもこれも全て頻繁に名称が変更しながら一向に配備計画が進まず、基本計画も何度も変更が多く、現時点の方針が続くかどうかは疑わしい面があります。
HBTSSはSTSSのコンセプトを継承した上で、もっと低い軌道を周回し、小型化して安価にした衛星を数百基から1000基も打ち上げようという壮大な計画です。衛星同士がレーザー通信によるネットワークで繋がれ、目標との最適位置に居る衛星に追尾任務が引き継がれていきます。
しかしSTSS計画は24基の予定だったのに比べるとHBTSS計画は凄まじい数を打ち上げる予定であり、衛星1基あたりの費用を大幅にコストダウンしないと実現は困難です。衛星そのものの製造費用のみならず、ロケットによる打ち上げ費用の削減も図る必要があります。
おそらくですがミサイル発射探知は従来の早期警戒衛星の計画通りそこまで数が必要ないので、追跡センサーに特化して簡略化した赤外線衛星を大量配備する方向になるのではないでしょうか。ただし地表に向けた探知センサーも同時搭載すれば、弾道ミサイルや極超音速ミサイルの迎撃用のみならず、地対空ミサイルや多連装ロケットすらも発射を監視下に置いて、地上での戦闘に活用できる可能性が見えてきます。
日本のリム観測赤外線衛星の研究
- HGV(極超音速滑空ミサイル)
- SAM(地対空ミサイル)
上記は日本防衛省がアメリカの極超音速滑空ミサイル探知追跡に参加しようと、リム観測を行う赤外線衛星を調査研究する資料を作成するために業者に公募した内容です。この業務は2021年(令和3年)1月14日に三菱電機が僅か22円で契約したことを毎日新聞が報じています。上手くいけば衛星を大量に打ち上げる仕事に繋がると期待しているのでしょう。
日本政府の意図は迎撃戦闘時の自主性を確保するために、日本保有の赤外線衛星がアメリカの赤外線衛星群に協力するという体裁を取りたいがためです。ゆえにアメリカに資金を出すという形ではなく、日本が自分で衛星を開発して作って打ち上げようとしています。
【関連記事】