極超音速兵器の探知迎撃手段
極超音速兵器は大きく分けて2種類があり、極超音速滑空ミサイル(HGV)と極超音速巡航ミサイル(HCM)があります。極超音速滑空ミサイルは弾道ミサイルの弾頭部分がグライダー(グライド・ビークル)となっていて滑空飛行します。ロケット推進の加速は初期上昇中に終了し滑空中は推進用の噴射を行いません。極超音速巡航ミサイルは空気吸入式のスクラムジェットエンジンを搭載し飛行中に噴射し続けます。
極超音速兵器の飛行高度
- 極超音速滑空ミサイル・・・高度30km~80km(跳躍滑空飛行)
- 極超音速巡航ミサイル・・・高度30km前後(巡航飛行)
代表的な平均飛行高度は上記のようになりますが、ある程度は飛び方は変えられるので大まかな目安程度と思ってください。滑空ミサイルは基本的に上昇と下降を繰り返しながら飛んでいきます。跳躍した再上昇の度に速度を失っていきますが引き換えに滑空による飛行距離を得て、低い高度のまま長距離を飛行することが可能です。
弾道ミサイルだと大陸間弾道ミサイル(ICBM)では最大到達高度1000km以上の放物線を描いて飛んで行くのに対して、極超音速兵器は比較的低い高度を保って飛んでいきます。
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迎撃ミサイルの対応高度
- PAC-3・・・最大迎撃高度22km
- THAAD・・・最低迎撃高度40km
- SM-3、GBI・・・最低迎撃高度70km
大気圏内用のPAC-3迎撃ミサイルは最大迎撃高度20km台までが限界です。一方で大気圏外迎撃用のSM-3とGBIは迎撃弾頭が空気抵抗を考慮していない小型人工衛星のような形状なので、空気密度の関係で高度70km未満は飛行できません。THAADは基本的には大気圏外迎撃用ですが空気抵抗に考慮した砲弾型の迎撃弾頭なので、高度40km以上から対応可能です。THAADの高度制限は直接的な空気抵抗が問題ではなく、空気密度が濃ければ抵抗が大きく空力加熱が強くなり、高温によって目標捕捉用の赤外線センサーが使用困難になることが原因です。
このとおり、高度30kmを巡航飛行するスクラムジェット極超音速巡航ミサイルに対してはPAC-3やTHAADでは迎撃できません。高度30km~80kmを飛行する極超音速滑空ミサイルに対してはTHAADならばある程度は捕捉が可能ですが、THAADの迎撃弾頭はサイドスラスタのみで機動するので細かい微修正は得意であっても大きく軌道変更することは苦手です。すると跳躍しながら大きく軌道変更して飛んで来る滑空ミサイルに対しては万全の性能とは言えません。そして完全な大気圏外迎撃兵器であるSM-3とGBIは、極超音速兵器には全く対応できません。
そこでアメリカや欧州は極超音速兵器迎撃ミサイルの開発を計画しています。空気が薄く操舵翼では細かい制御が利き難い高度30km~80kmでも大きく機動可能な新型ミサイルです。大気と宇宙の狭間で自在に飛べる性能が求められます。
欧米の極超音速兵器迎撃ミサイル計画
- Dart・・・THAAD改良型(米ロッキード・マーティン)
- Valkyrie・・・PAC-3改良型(米ロッキード・マーティン)
- SM-3 Hawk・・・SM-3改良型(米レイセオン)
- HIVINT・・・新規設計(米ボーイング)
- TWISTER・・・新規設計(欧州MBDA)
欧米で開発計画が発表され名称まで判明している極超音速兵器迎撃ミサイル計画は上記になります。詳しい性能や機能などはまだどれも不明ですし、アメリカの計画は全てが採用される前提ではありません。
これらの計画はどれもイージス艦あるいはトラック車両に搭載しようとしています。つまり弾道ミサイル防衛の本土防衛用GBIのような地上固定サイロ発射型の数千kmもの長大な射程ではなく、拠点防空、艦隊防空、あるいは戦域防空の範囲を考えられています。
空気吸入式(スクラムジェットエンジン)迎撃ミサイル
MBDA ready to meet the challenge of Europe’s missile defence
欧州MBDAのTWISTER極超音速兵器迎撃ミサイルについてはイメージ絵が発表されています。細かい説明は無く形状からの推定でしか言えませんが、先端下部付近の形状から空気吸入孔が存在しているように見えるので、スクラムジェットエンジンを搭載している可能性があります。また機体側面の前方寄りに穴が開いており、サイドスラスタが装着されているようにも見えます。
またアメリカでは上記の計画以外にDARPA(国防高等研究計画局)が研究を目的として極超音速迎撃ミサイルの技術設計をドレイパー研究所に委託しており、こちらは明確に空気吸入式エンジンを搭載している説明があります。
Air-breathing Hypersonic Interceptor | Draper
これらの空気吸入式極超音速迎撃ミサイルは、同じスクラムジェットエンジンを搭載する極超音速巡航ミサイルと同じ領域を飛行できるでしょう。しかしそれより高い高度も含めて跳躍飛行を行ってくる極超音速滑空ミサイルに対しては、迎撃可能範囲が大きく被らない可能性があります。その場合はどう対応するのか、現状ではよく分かっていません。
非空気吸入式(ロケット推進)迎撃ミサイル
また、Dart(THAAD改良型)、Valkyrie(PAC-3改良型)、SM-3 Hawk(SM-3改良型)の3種類については原型があるので構造が全く異なる空気吸入式エンジンを採用しているとは考え難く、サイドスラスタに加えてTVC(推力偏向ノズル)を用いるロケット噴射型ではないかと予想できます。
なお、米ミサイル防衛局(MDA)は2020年の企業向けカンファレンス資料で詳細な説明も無く「Tomorrow’s Missile Defense System 2.0(明日のミサイル防衛システム2.0)」と称して「HGV Glide Phase Interceptor(極超音速滑空ミサイルの滑空時を狙う迎撃ミサイル)」のイメージ絵を載せていますが、空気吸入孔は見当たりません。
あくまでイメージ絵であり開発中の迎撃ミサイルの姿ではないと思われますが、空気吸入式エンジンではないという情報が読み取れます。
Missile Defense Agency (MDA) 2020 Office of Small Business Programs (OSBP) Virtual Conference [PDF資料]
- THAADの迎撃弾頭に操舵翼を追加したような形状。
- 先端付近にTHAADと同様の赤外線センサー用の「窓」がある。
- 中央付近にはサイドスラスタらしき穴がある。
- 後端にTVC(推力偏向ノズル)が付いているかは不明。
極超音速兵器の探知追尾手段:低軌道赤外線衛星
弾道ミサイルは高く飛び上がって放物線を描いて飛んで来るので、早期に探知することが可能で着弾位置の予測もしやすい目標です。ICBMならば最大到達高度1000km以上になります。しかし極超音速兵器は高度30~80kmの低い高度で飛んで来るので、長射程の滑空体は飛行過程の大部分が地球の丸みの陰に隠れて地上の長距離レーダーからでは早期に探知することができず、しかも滑空体は上下だけでなく左右にも複雑に動くので着弾位置の予想が困難になります。極超音速で飛行して来る上に発見が遅れてしまい対応可能時間が短いので、これでは遠距離で迎撃する広域防空が不可能になってしまいます。
Adapting to the Hypersonic Era(極超音速時代への適応)
・CSIS(戦略国際問題研究所)の論文。高く飛ぶ弾道ミサイルに対して低く飛ぶ極超音速滑空ミサイルは地球の丸みの陰に隠れ、地上レーダーからは発見が遅れてしまう。
ただし高度数十kmを飛びながら「地球の丸みの陰に隠れる」には射程の長いものに限られます。
・38NORTH(北朝鮮を分析する研究機関)の論文。滑空飛行するイスカンデル型KN-23短距離弾道ミサイルは最大到達高度50kmと弾道ミサイルとしてはかなり低いものの、地球の丸みの陰に隠れるには射程が短すぎるので、射程付近の地上レーダーからはほぼずっと見えたまま。
そこで長射程の極超音速兵器を遠距離で探知する際に必要となるのは宇宙配備センサーです。これまでアメリカ軍には静止軌道に赤外線で弾道ミサイルの噴射炎を探知する早期警戒衛星(DSP衛星)がありましたが、探知だけでなく追尾も行わせるために低軌道に小型の赤外線衛星を大量に打ち上げようという計画です。衛星群(衛星コンステレーション)を形成して極超音速兵器を探知追尾します。
これによって目標の最新位置を遠距離から正確に把握できなければ、いくら優秀な新型ミサイルを用意できたとしても広域防空をすることができません。ゆえにアメリカ軍は迎撃ミサイル開発計画より先に、極超音速兵器を赤外線で探知追尾するためのHBTSS(極超音速および弾道追跡宇宙センサー)計画を始動しています。
もともと低軌道に赤外線探知追尾衛星を置く計画は弾道ミサイル対策用にSBIRS-Lowとして始まり名前を変えてSTSSとなり、後継のPTSSが不採用となり、試作された2基のSTSS-D(試験衛星)が2009年から試験運用されているだけの状態でした。HBTSSはこれを小型衛星を大量配備するという新しい方針に変更して極超音速兵器に対応します。
終末段階の拠点防空は従来通りレーダー探知迎撃
なお極超音速兵器が最終的に突入してくる終末段階の拠点防空ならば、目の前に迫った高度30kmの目標は地上・海上のレーダーからでも地球の丸みの陰に隠れることはない上に、跳躍飛行を繰り返して速度が落ちた滑空ミサイルは最終突入段階ならば弾道ミサイルよりも速度が落ちているので、迎撃自体はPAC-3やSM-6といった既存の大気圏内迎撃ミサイルであっても、高度20km付近よりも低い有効高度以内まで目標が降りて来たところを狙えば十分に迎撃可能です。実のところ拠点防空に限れば極超音速兵器は現時点でもあまり大きな脅威ではありません。最終突入地点付近に防空兵器があれば弾道ミサイルよりも与しやすい相手だと言えます。
遠距離での広域防空は衛星群で赤外線探知迎撃
しかし拠点防空だけでは防空兵器を配備していない場所を狙われた場合は対処できません。全ての拠点や都市を射程の短い防空兵器だけで守り切ることは現実的には不可能なので、長射程の広域防空システムが必要になります。このシステムを構築する根幹こそが宇宙配備センサーである衛星コンステレーション(衛星群)になります。
宇宙配備センサーの探知追尾した情報で、迎撃ミサイルをエンゲージ・オン・リモート(EOR:遠隔交戦)で誘導し、目標である極超音速兵器を迎撃します。レーダーの代わりとして数百基から一千基にも及ぶ低軌道赤外線衛星群を用いて極超音速兵器を探知追尾し長射程迎撃ミサイルを誘導する、全く新しい防空システムになります。