弾道ミサイル防衛「ローンチ・オン・リモートとエンゲージ・オン・リモート」
弾道ミサイル防衛システムではローンチ・オン・リモートとエンゲージ・オン・リモートという技術が重要になります。どちらも前方に展開した別のレーダーからの敵目標の情報をデータリンクして、迎撃範囲を大きく広げる効果があります。
これは米ミサイル防衛局の資料から欧州MDイージス・アショア(地上型イージス・システムとSM-3)の概念図です。自己のレーダーのみの基本的な状態オーガニック(黒い円)、ローンチ・オン・リモート(赤い円)、エンゲージ・オン・リモート(青い円)でそれぞれ迎撃可能範囲が大きく違う事が分かります。同時可能対処数も大きく変わって来ます。(※この図はあくまで概念図であり、描かれてある迎撃ミサイルの射程範囲や同時可能対処数は正確なものではなく実際とは異なります。)
弾道ミサイル防衛システムのSM-3ブロック1Aは最大射程1200km、改良型のSM-3ブロック2Aはその2倍近い射程を持ちます。これはイージス艦のレーダー最大探知距離1000kmを上回っています。
自己レーダーのみの場合
自己レーダーのみの場合、レーダー捜索範囲に敵弾道ミサイルが入り込んできてから弾道を計算し、迎撃ミサイルを発射します。敵弾道ミサイルが速ければ速いほど奥に入り込まれてしまい、迎撃可能範囲が狭まってしまいます。仮にレーダー探知距離を1000kmとすると迎撃範囲は半径数百kmまで落ちてしまいます。迎撃ミサイルの射程が1000km以上あろうとも活かすことはできません。
ローンチ・オン・リモート(LOR:遠隔発射)
ローンチ・オン・リモート(Launch on Remote; LOR)は前方展開レーダーからの情報をデータリンクして、自己レーダーが目標を捉えていない段階で迎撃ミサイルを発射します。敵弾道ミサイルの予想される位置へ迎撃ミサイルを飛行させておいて、自己レーダーが目標を捉えてから迎撃ミサイルを誘導します。前方展開レーダーから情報を得る事で迎撃ミサイル発射のタイミングを前倒し、迎撃可能範囲を広げる事ができます。
ただし命中させるには自己レーダーで目標を捉える必要があります。これまでイージス艦のSM-3ブロック1Aは前方展開レーダーAN/TPY-2(THAADのレーダーと同一)やSTSS赤外線追跡衛星(新型早期警戒衛星の試験機)からの情報でローンチ・オン・リモートする迎撃実験を実施済みです。
エンゲージ・オン・リモート(EOR:遠隔交戦)
エンゲージ・オン・リモート(Engage on Remote; EOR)は迎撃ミサイルの発射のみならず、命中させるための誘導も前方展開レーダーの情報で行う事ができる方法です。これにより自己レーダーの探知距離を上回る射程を持つ迎撃ミサイルの性能をフルに発揮する事が可能になります。射程が非常に長いSM-3ブロック2Aからこの方式が前提となるので、最新のイージス・システムにはこの能力が与えられる事になります。
ローンチ・オン・リモートの解説動画
ローンチ・オン・リモートの解説です。トルコに置いた前方展開レーダーAN/TPY-2(THAADのレーダーと同じもの)からのデータを地中海のイージス艦に送り、迎撃を支援しています。PTSS衛星(早期警戒衛星)の赤外線センサーによる追跡データも受けています。ローンチ・オン・リモートである為に迎撃範囲はイージス艦の自己レーダー(AN/SPY-1)の探知範囲内になります。
- 3分20秒頃からの解説部分
前方展開レーダーや早期警戒衛星からのデータリンクで前以て情報を得る事で、イージス艦が自己レーダーの限界まで迎撃範囲を広げて、弾道ミサイルを撃ち漏らさないようにする事が可能になります。
このように弾道ミサイル防衛システムでは前方展開レーダーの存在が非常に重要となります。一部のイージス艦を迎撃そのものには参加させず前方配備するのもこの為ですし、近い陸地に前方展開レーダーを置けるなら常時監視することが可能になり、とても有効なものとなります。韓国に配備される予定のTHAAD迎撃ミサイルのレーダーAN/TPY-2は、前方展開レーダーとしても機能し、後方の日本防衛やグアム防衛にも役立つことになります。
※この記事は2013年2月16日に書かれたブログ記事「ローンチ・オン・リモートとエンゲージ・オン・リモート」を加筆修正したものです。
※なおアメリカ軍は大雑把にローンチ・オン・リモート(LOR)を含めた広い概念としてエンゲージ・オン・リモート(EOR)という呼称を使う場合があるので注意が必要です。(公式発表にEORと書かれていながら実際にはLORだった事例が幾つか存在)