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ノルウェー大学でマインドフルネス瞑想を導入、若者のストレス対策に

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
若者の不安障害やうつ病などの予防で、教育機関にできることは?(提供:アフロ)

マインドフルネスとは、過去や未来に関する考え事にとらわれがちな現代において、「今、この瞬間」に注意を向ける体験です。

北欧諸国のストレス対策やメディテーションの取材を進めていると、私が通っていたオスロ大学でも、学生向けの無料のマインドフルネス講座があることを知りました。

「あれ、そんなのあったっけ?」

確か、私が在学中の頃は、試験や私生活のストレスで、学生の悩みを聞くカウンセリングやサポートが充実しているのは知っていましたが、大学生にマインドフルネスを教えていたとは記憶がなかったのです。

問い合わせてみると、試験時のストレス対策やうつ病対策は10年以上前からしていましたが、マインドフルネスや自分を思いやることを学ぶレッスンは、導入されてまだ1年ほどとのこと。

今回は、思いやりとマインドフルネスのクラスを取材させていただく許可をもらいました。

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ノルウェーでは、大学生の心のケアはどのようにされているのか

首都オスロと隣県にある、合計27の高等教育機関に通う学生のための福祉機関SiOは、約6万7千人の大学生や専門学生のために、学生寮の提供、医療サービスなどを提供します。

SiOは学生の心のケアにも対応しており、以下のような無料のクラスを開いています(プログラム、ノルウェー語)。

  • 「思考ウイルス」不安障害、うつ病、低い自己肯定感に悩む学生のために。ネガティブな思考との向き合い方(1回90分)
  • 「マインドフルネス・ドロップイン」今、ここにいる瞬間を学びたい人のために。相手との会話、お茶の時間、森での散歩など、あなたが最後に今に集中できたのは、いつでしたか?(1回90分)
  • 「自分と友達になりましょう。自分への思いやり」自分と友達になるテクニックを学ぶ(3週連続セットで1回2時間)
  • 「ストレスと学業を克服するクラス」先学期に途中で脱落してしまった人、勉強のモチベーションやストレスをなんとかしたい人のために(1回3時間)
  • 「身体を動かして、ストレス予防」運動の効果を学ぶ(1回60分)
  • 「睡眠」より良い睡眠習慣を身に着けるために(4週連続セットで1回90分)
  • 「言葉にして伝えよう」集団やグループで意見を言うことに困難を感じる人のために(3時間)
  • 「試験の不安障害」試験のことを考えすぎて、精神的にも身体的にも困難な状態になる学生のために(1回60分)

ざっとプログラムを見た時に、私が「すごいな」と思ったのは、登録された学生であれば、これらが全て無料で受けられることです。講師は、心理学者、経験豊富な心理学を学ぶ学生、理学療法士、福祉機関のアドバイザー。

ノルウェーは北欧の中でも特に物価が高く、心を病む患者数の多さに、専門機関で働く医療者の数が不足しています。

カウンセリングを受けられるまでに、およそ半年ほどの待ち時間があったり、1回の費用は1万円を超えます(ある程度の自己負担費を越えたら、無料)

大学側がこのような体制であれば、自分の思考や悩みとの向き合い方を、若いうちに、心の病気が悪化する前に知ることができます。将来的な予防効果も大きいでしょう。

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どのようなレッスン?実際に、取材へ

まずは「自分を思いやる」レッスンを取材することにしました。学生福利機関との取材条件で、写真撮影はせず、参加者の個人特定はできないようにしています。

首都オスロの中心部にある、学生のための病院にもなっている建物を訪れました。受付には病院での診察や心理カウンセリングを待つ学生たちがいました。奥の部屋に案内されると、中の部屋には、ヨガマットなどが敷かれていました。

ヨガマットの上には、ブランケットと小さなクッション。ヨガやマインドフルネスの教室でよくある光景でした。

ゆったりとした雰囲気の中で瞑想

太陽の光、道端の花、風、鳥の鳴き声など、目の前で起きていることを見過ごしていないか。忙しさに追われる日常生活で、マインドフルネスは「今」に戻ってくるきっかけになります Photo: Asaki Abumi
太陽の光、道端の花、風、鳥の鳴き声など、目の前で起きていることを見過ごしていないか。忙しさに追われる日常生活で、マインドフルネスは「今」に戻ってくるきっかけになります Photo: Asaki Abumi

2人の講師と、9人の大学生がいて、そのうち8人は女子大生でした。学生たちは、のんびりとマットの上に座ったり、横になっています。言語はノルウェー語です。

前週のレッスンの振り返りをしたあと、すぐに瞑想が始まりました。講師は、ゆっくりと、静かな声で、横になって目を閉じている学生たちに語り掛けます。

今、なにを感じていますか?

静かに、深く息を吸い、深く息を吐いてみましょう

体のどこかに、緊張しているところはありますか?痛いところはありますか?

頭から足の先まで、静かに体をスキャンしてみましょう

思考に注意してみましょう

今、何を感じていますか?

抵抗せずに、今はそうなのだと、受け止めましょう

自分に、友達のように接してみましょう

他の人の幸せも祈ってみましょう

今、ここに集中しましょう

この部屋の中で感じ、聞こえるものに、集中しましょう

目を開けて、手や足を少しずつ動かしてみましょう

瞑想は終わりです

出典:学生福祉機関SiO 思いやりクラス取材現場での聞き取り

この後は、競争や社会的ステイタスなどに価値ばかりが置かれる現代社会で、「自分の人生の意味」を考える時間となりました。

「自分にとって、揺るがない、核となる価値観はなにかを考えてみましょう。友情、自由に考えること、冒険心、自然など、なんでもいいのです」。講師は、価値観をノートに書きこむことを推奨しました。

「あなたが、今45歳になったと想像して、自分の人生で大事にしてきた価値観は、なにかを考えてみましょう。友情、正直でいること、忠誠心、好奇心、創造性……」

もし自分にとって自然が大事な価値感なら、教室やコンクリートの街中にいる時に、どうしたら自然を思い出せる状態にできるか(自然を思い浮かべる、空を見上げるなど)を考えてみることを勧めていました Photo: Asaki Abumi
もし自分にとって自然が大事な価値感なら、教室やコンクリートの街中にいる時に、どうしたら自然を思い出せる状態にできるか(自然を思い浮かべる、空を見上げるなど)を考えてみることを勧めていました Photo: Asaki Abumi

「では、今に戻ってみましょう。あなたの人生で、何かがバランスを失っているとしたら、その原因は?多すぎる義務?失敗?自分の中にいる、常になにかを批判しようとする人?」

私の中にいる「批判者」

自分の中に批判者がいる時に、自分に思いやりをもって接するには?

自分を理解するプロセスの重要性を講師が話した後は、呼吸で心と体を落ち着かせる方法となります。

「息を吸う時は、自分の中に何かいいものを吸収していると想像して。あたたかさ、思いやり、愛。息を吐く時には、思いやりが必要そうな大切な人たちのことを想像して、彼らに思いやりを送りましょう」

この後は、「歩く瞑想」を練習し、瞑想にはいろいろなやり方があることを学びます。

脳と思考の仕組みを学ぶ

過去や未来ばかりを考えがちな脳の仕組み、でも脳が排出する思考が正しいわけではないこと。悲しい状態になることがあっても、自分の好きなことをしたり、感謝したり、自分に優しく向き合ったり、自分に対して厳しい審判員になりすぎないための、いろいろな対応策が挙げられました。

この2時間、学生たちは必死にメモをとっていました。

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マインドフルネスとは何かを、大学生のうちに知ってもらう

お茶やコーヒーを飲みながら、ご飯を食べながら。そういう時もマインドフルネスになれることが話されました Photo: Asaki Abumi
お茶やコーヒーを飲みながら、ご飯を食べながら。そういう時もマインドフルネスになれることが話されました Photo: Asaki Abumi

数日後、私は90分のマインドフルネスのクラスを訪問しました。

3人の講師に、10人の学生が参加。ここでは参加者はテーブルに座って、講師がパワーポイントを使いながら、マインドフルネスとは何かを説明します。

瞑想は立ちながらでも、座りながらでもできる

基本情報を学び、グループワークで意見交換をし、合間に3分ほどの「座りながらの瞑想」や「立ちながらの瞑想」を練習します。

試験でストレスになりやすい学生

「試験前になると、あれも読まなきゃ、これも読まなきゃと、ストレスになりやすいもの」

「未来や過去にまつわる思考の渦に飲み込まれそうになったら、呼吸を使って、今、目の前で起きている自分の人生に戻ってきて」と、心理学者で講師であるマリアンネさんは説明します。

スマホと今、どちらを選ぶ?

「スマホやフェイスブックを見てばかりなら、スマホをたまにロッカーの中にいれてみては?ほかの人とご飯を食べる時に、スマホのスクリーンを見るか、食べることに集中するか、呼吸に集中するか、あなたは選ぶことができます」

自動思考の修正には時間がかかる

「不安障害や抑うつ状態の学生と話すとき、私はまず自分に興味を持ってもらうことから始めます。自己批判者や自動思考という強い筋肉ができあがっていると、心理学者が目の前にいても、すぐに治せるものでもありません。メンタルのトレーニングは時間がかかるもの」

「自分に厳しすぎるのは、あなただけじゃなくて、人間らしい現象だということは知っておいて。そのことを知っているだけでも、助けになります」

思考とは、来ては過ぎ去っていく雲のようなもので、雲に巻き込まれる必要はない。自動思考とは何なのか、講師はさまざまな例を出して説明していました。

誰かから教えてもらうと、より体得しやすい

「自分でも瞑想しようとしたことがあるけれど、ガイドしながら教えてくれる人がいたほうが、わかりやすい」と、女子大生は話しました。

クラスでは、講師がおすすめの動画が紹介されました。英語ですが、今日という1日をマインドフルネスに過ごすアドバイスになっています。パソコンやスマホのスクリーンばかりを見ていると、こういう瞬間は忘れがちです。

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メンタルヘルスの予防に

私自身もパニック障害になり、ノルウェーの医療機関でケアを受け、マインドフルネスは学びましたが、それは30歳を過ぎてからのこと。

10~20代という若いうちに、脳や思考の関係、呼吸法を学ぶ機会を提供する教育機関の姿勢には、感心しました。早いうちから学んで損をすることはありません。

このような対策は、将来の国民の病気の予防につながるのでしょう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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