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警官に“60発”撃たれた黒人男性ジェイランド・ウォーカーと過去の類似事件。警察は今後追いかけない?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
8人の警官に60発を撃たれ殺された、ジェイランド・ウォーカーさん。(写真:ロイター/アフロ)

オハイオ州で、交通違反で逃走した丸腰の黒人男性が警官に60発以上撃たれ死亡する事件が起きてもうすぐ3週間。今月13日に執り行われた葬儀には、300人もの人々が出席しその死を悼んだ。

また葬儀の2日後、検視局により男性の体内から見つかった銃弾は26発にも上ることが発表され、APなどが報じた。

男性の体内の損傷は心臓や肺、動脈などに見られ、被弾によって受けた傷は合計46箇所だった。検視官によると、1発の弾丸がいくつかの異なる傷の要因になることがあるという。どの傷が致命傷になったかは不明だ。

何が起こったか?

同州サミット郡アクロン市の車道で先月27日午前0時30分ごろ、警察が走行中の自動車に対して、交通違反と車両整備違反の容疑で停車を求めた。しかし車を運転していたジェイランド・ウォーカー(Jayland Walker、25歳)さんは従わず、カーチェイスとなった。

ウォーカーさんは追跡から40秒後、運転席側から少なくとも1発を発砲したとされる。そして7分以上の逃走劇の末(顔面を覆う)黒のスキーマスクを着用し、車を乗り捨てて逃走した。

警察はテーザー銃を使ったが制止できず、最終的に最大8人が拳銃を60発以上発砲し、ウォーカーさんを死亡させた。

左から2番目の警官がウォーカーさんに対し発砲中止の指示を出してから数秒後でさえ、依然発砲を示す閃光(警官のボディカメラ映像からの静止画)。
左から2番目の警官がウォーカーさんに対し発砲中止の指示を出してから数秒後でさえ、依然発砲を示す閃光(警官のボディカメラ映像からの静止画)。提供:City of Akron/ロイター/アフロ

その後、ウォーカーさんの車の前部座席から、拳銃1丁と弾倉が押収されたものの、ウォーカーさんは逃走の際、武器を持っていなかった

ウォーカーさんの車から見つかった拳銃1丁と弾倉、金の指輪。
ウォーカーさんの車から見つかった拳銃1丁と弾倉、金の指輪。提供:City of Akron/ロイター/アフロ

(注:映像には暴力的なシーンが含まれます)

事件の一部始終は、3日に公開された警官のボディカメラの映像に残されていた。「動くな」という警官の制止を無視し逃走するウォーカーさんに対して、複数の警官がいっせいに発砲。武器を持っていない1人の人間に、果たしてこれほどの銃撃が本当に必要だったのだろうか?

この事件の捜査と検証は引き続き行われ、8人の警官は休職処分となっている。

報道から見えてきたウォーカーさんの人物像が、凶悪犯とはほど遠い。これまで交通違反が1度あっただけで前科なし。レスリングファンだったという彼は高校卒業後、アマゾンを経てドアダッシュの配達員として働いていた。両親は早くに離婚し、父親を4年前、婚約者を自動車事故で2年前に失った。13日の葬儀に参加した友人からは「優しく思いやりがあり笑顔が印象的」「謙虚で静かな性格」「礼儀正しい人柄」という声が聞こえてきた。「逃走した兄(弟)は自分の知っている兄(弟)ではない」とするきょうだいの証言もある。

弁護士によると、ウォーカーさんが拳銃を手に入れたのは最近のことで「使い方に精通していなかった」「運転席側からの発砲は意図的か事故かは不明」。「彼は犯罪者ではない。死ぬに値しなかった」とし、警察を非難した。

人々は「なぜ60発以上も発砲されたか、なぜ若い黒人男性が白人の2倍増の割合で警察に殺され続けているのか、理解に苦しむ」と、警察の陰惨な行為に対して反発し、市周辺では連日数百人規模の抗議デモが起こっている。

2年前のジョージ・フロイドさんの死に起因した全米規模のデモや暴力事件に発展する可能性があり、警察は危機感を強めている。警官の顔写真や名前がソーシャルメディアに流出し拡散される可能性があり、警官やその家族の安全を最大限に保護するため、名札を制服から外すよう指示を出したことも、地元メディアで報じられた。

誰もが思い出す、これまでの悲劇

結婚前夜に50発、丸腰の「ショーン・ベル射殺事件」

丸腰の若い黒人男性に対する警察による無作為の銃暴力と言えば、2006年にニューヨーク市クイーンズ区で起きたショーン・ベル(Sean Bell 当時23歳)さんの銃撃死亡事件を思い出す人も多い。

自身の結婚式の前夜、友人とナイトクラブでバチェラーパーティーをしていたベルさんは、明け方、外で起こった客同士の闘争の末、危険人物と見なされ、警官に50発の銃弾を受け死亡。2人の友人も負傷した。

銃撃に関与した5人の警官のうち3人はそれぞれ31発、11発、4発を発射し、過失致死罪などで裁判にかけられたが、2年後ニューヨーク地検は3人に対して、無罪判決を下した。3人はその後退職(辞職か解雇かは不明)。退職時、うち2人には多額の年金や一時金の手当が支払われたが、最初に発砲した1人には「(その者が行なった)11発の連射で、計50発の連鎖反応を招いた」と見なされ、年金や手当が支払われなかったとされる。また、この事件で3発を発砲したほかの警官2人は在職が認められた。

自宅で乱射された無実の「ブレオナ・テイラー射殺事件」

2020年3月には、ケンタッキー州ルイヴィル市で、無実のブレオナ・テイラーさんが自宅で警官に射殺される事件も起こった。

睡眠中、ボーイフレンドが警官を不法侵入者と勘違いして発砲し、それに応戦する形で警官は30発以上(16発、10発、6発)をやみくもに発砲。うち6発がテイラーさんに当たって死亡した。

武器を捨て撃たれた13歳の少年「アダム・トレード射殺事件」

昨年3月にはイリノイ州シカゴ市の路上で、拳銃を持った13歳の少年、アダム・トレードさんが警官から走って逃げ、最終的に銃を投げ捨て降参したにも拘らず、射殺される事件もあった。

警官のボディカメラの映像より。
警官のボディカメラの映像より。提供:Civilian Office of Police Accountability/ロイター/アフロ

この事件で射殺した警官は今年の3月、不起訴処分となっている。

またシカゴ市警察は先月21日、新方針を発表した。今後は、逃走または駐車違反や免許失効中の運転、路上飲酒などの軽犯罪に限り、警察は足を使った追跡をしないというもの。同​​市警の署長によると、他都市に倣って制定したこの政策は、警官および一般市民の安全につながる効果があることが研究によってわかっており、今後導入する同市で同じ効果を期待しているという。NPRは「警察との接触を避けようとしている人物を、逃げているというそれだけの理由で長追いする時代は終わったことを意味する」と報じた。

​​地元メディアの調査で、2010年から15年にかけて同市で発生した警官による発砲件数の3分の1は、(足を使った)深追い中に負傷者や死者を出していることがわかっている。米司法省は17年「不必要な追尾や、撃つ必要のなかった人を撃ってしまう件数があまりにも多い」として報告書をまとめ、裁判官がその2年後、新たな追跡方針の採用を認めるとしていた。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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