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ZOZOTOWNの賃上げ 問題は解決したのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 アパレルオンラインショップ・ZOZOTOWNを運営する株式会社スタートトゥデイが、アルバイトの時給を最大3割引き上げ1300円し、年2回1万円のボーナスを支給することを発表した。

 社長が「月にいく」ほど利益を上げてきたのだから、労働者側の賃上げも、ある意味「当然」だろう。

 しかし、現実に多くの企業が好業績をあげても、自然と労働者に分配するわけではない。むしろ、近年は「ブラック企業」と呼ばれ、高収益体制でありながら、従業員は「使い潰す」体質の企業が蔓延している。

 今回の賃上げは、下記のような藤田孝典氏による指摘をきっかけに、世論が盛り上がったことが賃上げにつながったと思われる。

 その意味では、「世論の成果」といってもよいだろう。

 ただし、諸手を挙げて賞賛ばかりもしていられないのも事実である。同社には労働組合が存在せず、従業員の声は会社に直接届いていない。

 だからこそ、藤田孝典氏というインフルエンサーを通じ、間接的な「世論の力」で賃上げせざるを得ないかったともいえる。

 また、待遇が改善されたと言っても、その「成果」は限定的だ。

 そこで今回は、ZOZOTOWNの賃上げ問題を、経緯を振り返った上で、今後注目すべき問題について考えていきたい。

社長の月旅行宣言からはじまった非正規問題論争

 昨年9月17日、ZOZOの前澤社長自らが月旅行に行くこと自慢げにツイートした。

 これに対し、貧困問題に取り組むNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏が月旅行よりも賃金を上げるべきと批判したことが問題の発端だった。

 参考:藤田孝典「僕がZOZOTOWNの非正規労働者の賃上げにこだわる理由ー日比谷公園年越し派遣村の教訓と派遣労働者ー」

 2018年の有価証券報告書によれば、ZOZOTOWNで働く労働者の67%にあたる1,860名が派遣等の非正社員だ。

 日本社会全体の37.3%の2倍近くの非正規雇用率である。同社の収益の背景には膨大な低賃金労働があることを藤田氏は指摘し、賃上げをすべき、と呼びかけたのだ。

 これに対し、ZOZOTOWN広報の田端氏がtwitter上で藤田氏と執拗なやり取りをしたこともあり、この論争は大きな反響を呼び、「社会的な賃上げ要求」とでも言っていいような世論が形成されていった。

 しかし、前澤社長はさらに今年1月、賃上げの要望には応えないまま、お年玉として100人に100万円をばら撒く「お年玉キャンペーン」を行った。

 彼のツイートは約500万リツイートされるなど巷をにぎわしながらも、個人的なパフォーマンスに反感を示す動きも見られ、労働問題に対する姿勢はさらに問われる結果となっていった。

 ZOZOTOWNに対し、労働者を搾取して月にいったり、お金を配ったりする「ブラック企業」だと考える人も出てきてしまっていたわけだ。

「世論の成果」

 こうした論争を踏まえると、ZOZOTOWNが賃上げをしたのは、ブラックなイメージの払しょくなしに人を集めることが難しくなったからではないか、とも推察される。

 今回の賃上げと同時に発表された新規採用は2000名とかなりの数だ。

 おそらく低賃金では離職率も高いことだろう。非正規雇用は拡大し、物流関係ではどこへ行っても時給1000円が相場だ。

 それならあえてブラック企業という「噂」のある企業に行く人は少ない。そうした中で、ZOZOも賃上げなしには人が集まらなかったのではないか。

 一連の流れは、はじめから意図されたものではないが、そういう意味では今回の賃上げは藤田氏らの指摘に端を発した、「賃金は上げるべき」という世論の「成果」といえるだろう。

労働組合でさらなる労働条件改善ができる

 賃上げがなされたことはよかった。しかし、今回の「成果」はイレギュラーな部分も否定できない。

 本来、会社の利益を社員に分配させる仕組みは、労働組合と経営側の労使交渉(団体交渉)によるからだ。

 労使交渉は法律に保護されているので、実効性が高い。世界中で賃金についての交渉は労働組合を通じて行われることが一般的だ。そもそも個人で会社と交渉することなど、不可能に近いからだ。

 法律では組合側が団体交渉を要求すれば、会社は拒否できず、誠実に話し合う義務がある。

 労働組合は、ストライキ権や団体交渉権を背景に、会社に労働条件の改善を迫ることができる。労働組合の労使交渉は法律に保護されているので、実効性が高い。

 今回の賃上げは労働者が側と「約束」したものではなく、経営陣が決めた一方的なものだ。

 だとすれば、今度は一方的な切り下げがあるかもしれない。個々人で抵抗しようにも、「雇止め」をちらつかされてしまえば、契約を切り替えられてしまうだろう。

 だからこそ、今回のような賃上げを気まぐれな取り組みにさせず、継続させるためにも、ぜひ労使交渉の枠組みが必要なのだ。

 組合との合意で賃金が決まれば、簡単に覆すことはできない。賃下げに対して、法律で保護された労働組合は、団体交渉やストライキなど、さまざまな「法的手段」で抵抗することができるからだ。

非正規雇用で賃上げした事例

 非正規雇用にそんなことはできない、とお考えの方もおられると思うが、そうでもない。

 複数の製造工場の派遣社員の労働組合が自動車工場で派遣社員を直接雇用させ、年収100万円アップを実現した実例だ。

 数ヶ月の雇用を更新する派遣社員が数十人集まり、派遣会社との交渉を行ったのだ。

 確かに不安定な雇用の非正社員たちだったが、なんといっても、要求に正当性があったことが「勝因」だ。

 働いているのに生活できないのは、おかしい。ましてや、社長が月に行ったり、高い美術品を買い込んだりしているならなおさらだ。

 今後の更なる賃上げと正社員化にむけて、ZOZOのみなさんには、ぜひ労使交渉の枠組みをつくってほしい。

 会社に労働組合を作ることは簡単だ。ブラック企業ユニオン総合サポートユニオンなど、外部の組織に個人加盟するだけでできる。

これからも注目していく必要

 労働組合による労使交渉が必要な理由としては、今回の改善の水準がまだまだ不十分だという点も指摘できる。

 時給1300円では、1日8時間、週40時間働いても年収264万円程度にしかならない。これでは大人1人が暮らしていくこともままならないだろう。

 2000人という大幅な増員も、ワーキングプアを増やしてしまう結果になりかねないのである。

 標準的な生活水準から計算すれば、時給は最低でも1500円(年収313万円)は必要だ。さまざまな生活費を計算し、最低限の基準として考えることができる(詳しくは『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし』)。

 労働組合の団体交渉では、賃金を引き上げる「根拠」を示すことになる。

 もちろん、会社側も経営の事情を説明することになるが、生活するための「事情」は、十分に有力な根拠だから利益から還元するように求めることができる。

 また、フリーライターのやつづかえり氏によれば、派遣労働者についての改善にも注視していく必要があるという。

「ZOZOの倉庫で働く非正規社員は、スタートトゥデイが直接雇用するアルバイトと派遣会社からの派遣社員で構成されています。派遣社員の求人を検索したところ、今日の時点でも時給1000〜1100円程度で募集がされており、特に待遇が上がっているわけではなさそうです」

 今後も、ワーキングプアの改善にまでZOZOTOWNが進むのか、注目していきたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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