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イスラエルは林外相がシリア領ゴラン高原への入植倍増計画を拒否するのを尻目にラタキア港を再び攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
(提供:SANA/ロイター/アフロ)

林外相がイスラエルの政策を拒否

アラブ・ニュース(12月28日付)は、林芳正外務大臣が12月28日の記者会見で、イスラエルが占領下のシリア領ゴラン高原の入植者を倍増させる計画を閣議決定したことに関するパンオリエントニュース社の質問に以下の通り述べた。

我が国はイスラエルによるゴラン高原併合を認めない立場である。

入植活動は国際法の違反であり、我が国はイスラエル政府に対して入植活動の完全凍結を繰り返し呼びかけてきている。

我が国はこのような措置が域内の緊張をさらに高めることを憂慮しており、本件をめぐる動向を懸念をもって注視していきたい。

イスラエルはゴラン高原の入植者倍増計画を閣議決定

イスラエルのナフタリ・ベネット首相は12月26日、ゴラン高原の入植地メボハマで閣議を開き、占領下のゴラン高原の入植者人口を倍増させる計画を閣議決定していた。

この計画は、今後5年間で入植者住宅7,300戸を建設するとともに、インフラを整備し、約23,000人の新規入植を目指すもので、10億シェケル(約360億円)の拠出が予定されている。

ゴラン高原は1967年の第3次中東戦争でイスラエルがシリアから占領し、1981年12月14日に併合を宣言した。現在、イスラエル人入植者約25,000人と、併合後も同地に残ったシリア人23,000人が暮らしている。

国際社会はイスラエルによる併合を認めていないが、米国は2019年3月22日、ドナルド・トランプ前米政権がゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めている。

写真:ロイター/アフロ

シリアは入植者倍増計画を厳しく非難

ベネット内閣の閣議決定を受けて、シリアの人民議会(国会)は12月28日に声明を出し、イスラエルが占領下のゴラン高原での入植地拡大させる計画を閣議決定したに関して「もっとも厳しい表現で非難する」と表明、国連安保理決議第497号(1981年)などをはじめとする一連の決議や国際法に違反していると指弾した。

国連安保理決議第497号は、イスラエルによるゴラン高原の併合を「無効で国際的な法的効力を持たない」としている。

人民議会はまた声明のなかで、占領下のゴラン高原の住民に対するイスラエルの犯罪行為を激しく非難・拒否、同地が完全解放されるまであらゆる手段で彼らに寄り添うと強調した。

Facebook (@Syrian.Peoples.Assembly)、2021年12月28日
Facebook (@Syrian.Peoples.Assembly)、2021年12月28日

イスラエルが再びシリアをミサイル攻撃

ゴラン高原に対するイスラエル占領政策の不義が日本をはじめとする西側メディアでも注目されるなか、イスラエルはシリアに「ダブル・タップ」を行うかのように更なる攻勢に出た。

12月28日午前3時21分、イスラエル軍戦闘機は、シリア北西部のラタキア県ラタキア市沖合の地中海上空からラタキア港のコンテナ・ターミナルに向けて複数のミサイルを発射、大規模な火災が発生した。標的となったコンテナ・ターミナルは商業用の施設。

ラタキア県のウマル・イスマーイール県知事によると、火災は消防チームと民間防衛隊(ホワイト・ヘルメットではない正規の組織)の活動によって同日午後に鎮火した。だが、ミサイル攻撃と火災によって甚大な物的被害が出た。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団が12月29日に発表したところによると、この爆撃で2人が重傷を負い、搬送先のラタキア国立病院で死亡した。

攻撃に関してイスラエル政府、軍の公式発表はない。だが、ラタキア県フマイミーム航空基地のシリア駐留ロシア軍司令部に設置されている当事者和解調整センターのオレグ・ジュラフロフ副センター長(少将)は、イスラエル軍の攻撃に関して以下の通り発表した。

12月28日午前4時21分から4時26分にかけて、イスラエル空軍軍のF-16戦術戦闘機2機が、地中海方面から、越境せずに、4発のミサイルをラタキア港湾地区の施設に向けて発射した。

イスラエル軍の爆撃により、港湾施設のインフラに物的被害が出たが、具体的なことは明らかになっていない。

シリア軍防空部隊は航空戦に入らなかった。なぜなら、爆撃時、フマイミーム空港への着陸態勢に入っていたロシア航空宇宙軍の軍用輸送機が防空システムの射程圏内を飛行していたからだ。

2021年1月以降、イスラエルによるシリアへの攻撃は32回に達するも西側諸国からの非難はなし

イスラエル軍は2021年1月以降だけで、シリア領内に対して32回(1月6、13、22、30日、2月3、15日、3月1、16日、4月8、22、24日、5月5、6、10、14日、6月8日、7月19、22、25日、8月17、19日、9月3日、10月8、13、25、30日、11月3、8、17、24日、12月7、16日)の攻撃(ミサイル攻撃、砲撃)を行っている。

このうち12月7日の攻撃は、ラタキア港国際コンテナ・ステーションが標的をしたものだったが、イスラエル・メディアなどは「シリアに到着したイラン製のミサイルを狙った」などと伝えていた。

■関連記事:真珠湾攻撃から80年:イスラエルがシリアのラタキア港を奇襲、イランから輸送されたミサイル破壊が目的か

ゴラン高原への入植倍増計画とは対照的に、西側諸国の政府は(いつもの通り)今回の攻撃を非難していない。

(2021年12月30日に加筆)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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