壮大になっていくホテルのフェア
ホテルのフェア
ホテルのレストランでは販促やブランディングのためにフェアを頻繁に行っています。
私の記事でもたくさん取り上げており、「ナポレオン3世妃が愛した旧宮殿、ホテル デュ パレを帝国ホテルで味わう1週間」、「本館建て替え間近、ホテルオークラ東京「ラ・ベル・エポック」有終の美を飾るフェア」、「フランス料理の歴史「トゥールダルジャン」の今」など御三家を形成する一流ホテルはもちろん、さらには「日仏フランス料理界をリードする若手料理人による伯仲のコラボレーション」のトロワグロといったモダンなレストランでも積極的に行っています。
ところが最近になってフェアの流れに少し変化が現れてきているのです。それはどういったものなのでしょうか。
東北ヒーローズ
パーク ハイアット 東京「梢」では「東北ヒーローズ」と謳われた勇ましい名称のフェアを行っています。復興への願いを込めて2013年に初回が開催され、岩手県、宮城県、福島県の食材や日本酒を提供して好評を博したフェアで、今回はその完結編とし、月替わりで秋田県、山形県、青森県の食材に焦点を当てているのです。
2015年9月5日(土)~9月30日(水) 秋田県
2015年10月6日(火)~11月3日(祝) 山形県
2015年11月5日(木)~11月30日(月) 青森県
数年越しとなったにも関わらずフェアが引き続き行われたことからも「東北ヒーローズ」に対する意気込みが伝わってきますが、これは山形県南陽市出身である料理長 大江憲一郎氏による故郷に対する想いも大きかったことでしょう。
フェアは3ヶ月にかけて行われており、11月29日には3県の生産者を迎えた一夜限りのヒーロースペシャルディナーを開催します。
スペシャルディナーの内容は以下の通りで、鮑、生海苔、松茸など東北の食材をふんだんに使った渾身のディナーに仕上げています。
- 先付
かざみ男鹿塩酒蒸し 宝蓮草 独活 叩きオクラ 菊花 土佐酢ゼリー 露生姜
- 向付
北寄貝煮浸し 長芹 舞茸 薄揚げ 銀杏 山椒
- 椀盛り
苺煮仕立 鮑 生海胆 松茸 青葱 韮 人参 背脂 胡椒
- 造り
青森三厩本鮪とろ 真子鰈 甘海老 生海苔 防風 大根けん 山葵
- 進肴
秋田比内地鶏水炊 骨付き腿 胸 だまこ 芹 長葱 小蕪ら 笹椎茸 振り柚子
- 焼物
山形牛と松茸の鍬焼 赤葱 玉葱 丁字麩 青葱 温玉
- 食事
庄内浜真鯛とつや姫野釜炊御飯 三つ葉 汁 原木滑子 若布 豆腐 青葱 山椒 又は 山形蕎麦 胡麻つゆ 洗い葱 山葵
- デザート
「秋田こまち」お米のアイスクリーム 北銀の無花果ワイン蜜煮 小豆ソース 黄身ソース
生産者をヒーローとしてリスペクトしてフューチャーしたところは、「農家の台所」が生産者を「篤農家」という造語で引き立てているのに比べると、やや古い印象を受けるようにも思われますが、洗練さと神秘性を併せ持つパーク ハイアット 東京だからこそ、ヒーローという言葉が新たな響きを携えて燦々と輝くのでしょう。
アジア パシフィック フード&ワインフェスティバル
ザ・リッツ・カールトンでは「アジア パシフィック フード&ワイン フェスティバル」と謳われたフェアをグローバルで展開しており、アジア パシフィックのフードとワインを盛り上げています。
2012年に大阪で第1回目が行われ、2013年に香港で第2回目が、2014年に上海で第3回目が開催され、今年2015年にはザ・リッツ・カールトン東京で第4回目が行われることとなったのです。
フランス、ペルー、スペイン、シンガポール、日本など世界からスターシェフ、ワイン醸造家たちを招聘し、ホテル内のレストランやバーでザ・リッツ・カールトン東京のシェフたちと共演しています。
- 橋本憲一氏(日本)
ミシュラン2つ星「梁山泊」代表
- 中谷隆亮氏(日本)
ミシュラン2つ星「味吉兆 堀江店」代表
- ブルーノ・オジェ氏(フランス)
ミシュラン2つ星「ル・ヴィラ・アルカンジュ」オーナーシェフ
- ヴィルジリオ・マルティネス氏(ペルー)
「セントラル」、「世界のベストレストラン50」4位、ラテンアメリカ部門1位
- ブルーノ・ル・デルフ氏(フランス)
2007年フランス国家最優秀職人章(MOF)
- パコ・ぺレス氏(スペイン)
ミシュラン2つ星「ミラマール」シェフ
また錚々たる9つのワイナリーとティーハウスも参加していますが、これだけの規模で行われるフェアもそうそうありません。
- ビルカール・サルモン
- メゾン・ジョゼフ・ドルーアン
- バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド
- ペリエ・ジュエ
- アルスアガ・ナバーロ
- シャトー・パルメ
- W&Jグラハム・ポート
- 八海山
- サントリーウィスキー
- ダマン フレール(紅茶)
革新的な料理に、至高のワイン、シャンパーニュ、ウイスキー、日本酒をマリアージュさせて、ザ・リッツ・カールトンの食を「食の芸術祭」へと昇華させています。
これだけ多くの世界的なスターやブランドを集められることは非常にインパクトがあると言ってよいでしょう。
食の親善大使
IHG・ANA・ホテルズグループジャパンでは昨年、国内のインターコンチネンタル、ANAクラウンプラザホテル、ホリデイ・インを通して、世界的に有名な様々なジャンルの料理人5名を「食の親善大使」として迎え入れ、今年は食の親善大使を7名にまで増やし、「食をめぐる旅」などのフェアでコラボレーションを行っています。
これは、それぞれの料理人が創り出したオリジナルメニューをアジア、中東、アフリカで味わえるという大規模なフェアで、国内では約20のグループホテルで楽しめます。
「親善大使」という名称を用いているだけあり、数日や数週間という短期間ではなく、長いリレーションシップを築いるところは注目に値するところでしょう。
- ロス・ラステッド氏(モダンオーストラリア料理)
- サム・レオン氏(シンガポール風中華料理)
- テオ・ランダール氏(イタリア料理)
- イアン・キティチャイ氏(タイ料理)
- ディーン・ブレッシュナイダー氏(ペストリーシェフ)
- 高木一雄氏(日本料理)※2015年から
- ビカス・カンナ氏(インド料理 ※2015年から
特に注目したい料理人は今年新たに「食の親善大使」に就任した高木一雄氏です。2010年から5年連続でミシュランガイド2つ星を獲得している、兵庫県芦屋市の京料理「たか木」オーナーシェフであり、日本食の中でも特に洗練された伝統を持つ京料理の第一人者なのです。
高木氏はANAインターコンチネンタルホテル東京「鉄板焼 赤坂」で特別メニューを提供し、2015年10月8日と9日にはオーストラリアの至宝とも呼ばれるペンフォールズのワインペアリングも行っています。鉄板焼と京料理とワインの組み合わせは新たな可能性を感じさせるところです。
ディナーメニューは以下の通りで、季節を表現した和食らしいコースを表現しています。
- 本日の前菜
先付け 渡り蟹の酢ゼリー和え
- 柿見立寿司・銀杏海老射込・柿と揚麩の白和え・菊菜ときのこのお浸し・戻り鰹のたたき・和牛の西京漬
- 鱧と松茸の蒸し焼き
- 本日の大田市場直送 旬の焼き野菜二種
- 新鮮野菜を使ったグリーンサラダ 金時人参のドレッシング
- 選りすぐり、程よく熟成した特選黒毛和牛ステーキ サーロイン 120g または フィレ 90g
- 御飯 または 酢立にゅう麺 味噌椀、香の物
- 洋梨のシロップ煮 温かい黒糖カラメルソースと共に
箸フェア
前述の「赤坂」と同じ鉄板焼でも、京王プラザホテル「やまなみ」は「赤坂」とは異なる主旨の面白いフェアを行いました。
京王プラザホテルは日本文化の啓蒙を志し、3階アートロビーで展示会をほぼ常時行っていますが、2015年9月15日(火)~29日(火) には株式会社 兵左衛門の協力を得て「箸・はし・Hashi展 ~テーブルコーディネートでつなぐ日本の美~」を開催し、若狭塗箸に焦点を当てたのです。
箸と和食とは切っても切り離せない関係にあり、当然のことながら日本の食文化の素晴らしさを伝えるには箸の素晴らしさも伝えることが必要でしょう。こういった観点から、「箸・はし・Hashi展」は継続的に行われており、2015年で4回目を迎えました。
前述の若狭塗箸と言えば、越前漆器や越前和紙など共に、福井県小浜市の伝統的工芸品7品目のうちの一つであり、製作期間1年、1膳2万円を超えるものもあるという伝統的な高級品です。
ユニークなのは、「やまなみ」のランチやディナーで特別コース「みずき」をオーダーした客に「根来塗の箸」一膳をプレゼントしたことでしょう。「根来塗の箸」は若狭の伝統技法「研出」によって作り出された箸で、16の工程に及ぶ伝統技巧を職人がひとつひとつ丁寧に仕上げる純国産漆加工品であり、展示会とレストランを上手に組み合わせた上手なフェアであったと言えます。
壮大になっていくホテルのフェア
以上のように見てきましたが、ホテルにおけるフェアのトレンドは比較的シンプルです。
それは、1つの料理ジャンルではなく様々な料理、単一の地域ではなく複数の地域、1人の料理人ではなく多くの料理人、1つのワイナリーや酒蔵ではなくいくつかのワイナリーや酒蔵とコラボレーションしたり、もしくは、文化的な側面を強めたフェアを行ったりしていることです。
海外から有名な料理人が1人だけ訪れて、数日間だけガラディナーを行うというフェアはもちろんまだ有効ですが、情報がグローバル化した今、それだけでは情報の力が弱くなってしまいます。昔であれば、特定のテレビ番組や雑誌など影響力のある媒体は限られていましたが、今の時代ではウェブを含めると数多の媒体があり、流通している情報も膨大となっているだけに、他の情報に打ち勝って注目されるためには、昔ながらの単体フェアでは注目されにくいのです。
もちろん、おいしい料理や旨いお酒を用意したり、その時その場所でしか享受できないサービスを提供したりすることが最も重要なことに変わりはありませんが、多くの人に情報が届かないようなフェアを行っても無駄に終わってしまうだけなので、より多くの料理人と結び付くことによってストーリーを深め、より幅広い料理ジャンルやお酒を取り扱うことによってカバレッジを広げることにより、強い情報に育てて他の情報に勝つ必要があります。
パリのミシュランガイド3つ星レストラン「グラン・ヴェフール」オーナーシェフであるレイモン・オリヴィエ氏とホテルオークラ総料理長でフランス料理の鬼と評された小野正吉氏がコラボレーションした1973年をもってしてホテルの「フェア」=「コラボレーション」=「料理人招聘」の嚆矢とすれば、それから実に40年もの歴史が積み重なったと言えますが、世界でも有数の食の都市である東京には既に様々な料理ジャンルやレストランが集まっており、加えて、こういったフェアによって多くの料理人が東京へと集うようになるのは喜ばしいことですが、私を含めた東京人の食に対する関心と食欲と未知なる探求心は、東京はおろかこの世界よりも広いものなので、こういった大規模なフェアでさえもいつしか日常化していって、差別化できなくなることは明白なことであり、それだけにこの先に行われるより壮大なフェアへと今から期待を寄せています。
元記事
レストラン図鑑に元記事が掲載されています。