ジャカルタの洪水 首都移転?防潮堤?東京は大丈夫か
世界各地で続く観測史上最大規模の雨
インドネシアの首都ジャカルタで、12月31日から1月1日にかけて降り続いた豪雨による洪水や土砂崩れが起きた。ここでは同じく低地をもつ沿岸都市である東京、大阪、名古屋が、ジャカルタの動きから何を学ぶべきかを考えてみたい。
気象気候地球物理学庁(BMKG、以下気象庁)によると、1月1日に、東ジャカルタのハリム・プルダナクスマ空港で観測された雨量は、1日当たり377ミリメートルで観測史上最大規模だった。
インドネシア国家災害対策庁は、4日午後11時までに計60人の死亡が確認されたと発表。3000万人が住む巨大首都圏を水が襲い、排水路が未整備な場所では道路も水没。避難した人々は孤立した。物資の供給ができない地域が多数あり、水や食料の入った箱を上空からヘリで落とすしかなかった。
ジャカルタの雨季は11月から3月である。そもそもこの時期には大量の雨が降るわけだが、観測史上最大の豪雨の背景には気候変動があると考えられる。高温により蒸発量が多くなり、その結果、大量の水蒸気と激しい雨が発生した。気候変動は高潮にもつながり、沿岸都市であるジャカルタの水リスクを引き上げている。
こうした豪雨の傾向は、日本でも強まっていくだろう。昨年の台風19号などは記憶に新しいところである。
インドネシア気象庁は、2月までは降水量の多い日が続くと予想しており、直近では12日まで雷雨や強風を伴う激しい雨が降る可能性があるとして警戒を呼び掛けている。気象庁は3日から、技術評価応用庁(BPPT)や災害対策庁などと協力し、軍用機で塩化ナトリウムを散布し、首都圏の住宅地以外の地域に人工的に雨を降らせた。
沿岸都市に広がる海抜ゼロメートル地帯
ジャカルタで水の災害が拡大する背景にあるのは気候変動だけではなく、地盤沈下の問題がある。
インドネシアの理系トップ大学・バンドン工科大学の研究者チームが、ジャカルタの地盤沈下について調査を行った。1925〜2015年の地盤沈下速度は地域ごとに異なる。
図にまとめたように、北ジャカルタが年間25センチ、西ジャカルタが年間15センチ、東ジャカルタが年間10センチ、中央ジャカルタが年間2センチ、南ジャカルタが年間1センチとなった。とりわけ1975年以降の地盤沈下は著しく、同大学は、2050年までに北ジャカルタの9割が沈む可能性があると警告している。
沿岸都市は気候変動の影響を受けやすい。
日本の沿岸部にも、満潮時に海面より地面の標高が低くなる土地=ゼロメートル地帯がある。
ゼロメートルは高度経済成長期以降、3大湾(東京湾、伊勢湾、大阪湾)を中心に、干拓や埋め立てによって拡大した。現在、ゼロメートル地帯の面積は約580平方キロメートルにおよび、約400万人が居住している。こうしたところは海面上昇の影響を受け、豪雨によって大きな被害が出る。
ジャカルタの地盤沈下の原因は地下水利用である。
地下水は水の流れやすい帯水層(礫層)を流れている。地下水を過剰に汲み上げることで地下水位が下がると、帯水層の水圧が下がる。するとその上にある粘土層に含まれていた水が、帯水層のほうに流れてしまい、粘土層が縮むために地面全体が下がる。
また、地下水は、一般的に広い帯水層の中をゆっくりとした速度で流れている。これらの地下水は帯水層でつながっており、1つの地下水盆を形成していると考えられている。したがって、ある場所で地下水を汲み上げると、その地域だけでなく広い地域にわたって地盤沈下が起きる。
インドネシアは企業に対して地下水使用規制をかけ、一部の企業はジャカルタから移転したため、地域によっては地盤沈下スピードが緩やかになったところもある。
その一方で住民の約40パーセントは地下水に依存せざるを得ない。
ジャカルタには13本の川が流れるが、すべて汚染されている。ジャカルタの下水道普及率は4パーセント(2015年)で家庭雑排水が河川に流れ込んでいる。トイレ排水は小型浄化槽に入った後に地下に浸透するしくみになっているが、それが機能していると言えず、排水がそのまま河川に流れるケースもある。
海水淡水化ができれば、水の供給量を増やすことは可能だが、プラントを稼働させるには莫大な費用がかかり現実的ではない。
巨大な防波堤のメリットとデメリット
海面上昇に抗する手段として巨大防波堤の建設が進んでいる。ジャカルタ沖に長さ32キロの防波堤を建設するというもので、その内側を埋め立て17の人口島を整備する「首都沿岸総合開発プロジェクト」と一体である。
このプロジェクトは気候変動適応ビジネスの旗手ともいうべきオランダの企業が提案したものであり、オランダのアフシュライトダイク(締め切り大堤防)のイメージに近い。
参考記事:「水のための空間をつくる ~オランダに学ぶ気候変動適応2~」
2019年7月、このプロジェクトの第2期工事について、公共事業・国民住宅省はオランダ、韓国から技術支援を受ける覚書に調印した。
2014年にスタートした第1期工事では約20キロメートルにわたって護岸工事が行われたが、第2期工事の詳細はまだ公表されていない。当初の計画では、ジャカルタ湾を封鎖し、人口湖のようにする防波堤建設が計画されていたが、前述のように湾に流れ込む13の河川の汚染がひどいため、湾を封鎖する案には反対が強く、これまでも計画は何度か変更されてきた。
「首都沿岸総合開発プロジェクト」の事業費用は、全体で8兆5000億~9兆4000億ルピア(約653億~722億円)と見積もられるが、初期構想は揺らぎ、工事は難航しているため、費用の大幅な超過が懸念されている。
さらに、地盤沈下を止められなければ、防潮堤ができても意味がない。
首都移転でも全員が救えるわけではない
2019年8月、ジョコ・ウィドド大統領が、首都をボルネオ島の人口密度の低い東カリマンタン州に移動させると発表した。その理由の1つがこれまで上げてきたジャカルタの水問題だ。
移転には費用がかかる。466兆ルピア(約3兆5千億円)かかるとされ、野党側は反発する姿勢も見せている。
また、新首都は政治の中心となっても、経済は引き続きジャカルタが中心となる見通しだ。政治の機能は移転できても、企業はジャカルタに残る。人々の生活も残る。とりわけ最も恵まれない人々が海岸沿いの危険な地域に追いやられている。
首都移転は、洪水と地盤沈下の根本的な解決策にはなりそうもない。日本でも気候変動適応策として居住区の高台への移転が検討されるが、それには周到な準備が必要だろう。
ジャカルタがまちとして持続するには、水マネジメントを強化しなくてはならない。地盤沈下を止めるために利用規制も含む効率的な利用が必要だ。また、排水システムを整備するとともに水の循環利用も行う必要があるだろう。
ジャカルタの持続の費用がとてつもなく高くつくことは間違いない。
だが、気候変動は着実に進むため、適応策は早めに実施したほうが、命も守れるし、選択肢も広がり、コストも割安になる。