水のための空間をつくる 〜オランダに学ぶ気候変動適応2〜
海の入り口は全部締め切ってしまえ
日本は気候変動による豪雨災害に苦しみ、治水方法の転換を迫られている。
COP25(国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議)では、気候変動の「緩和策」である温暖化ガスの排出量削減の話し合いが不調に終わり、グテレス国連事務総長は12月15日、成果に「がっかりしている」と表明した。
国連のグテレス事務総長は12月2日のCOP開幕時に、石炭火力発電への依存をやめるよう訴えていたが、梶山弘志経済産業相が石炭火力を継続する考えを表明したことについて、「気候変動の危機に立ち向かおうとする人々の努力に水を差す」と批判した。
そうしたなかで、気候変動の「適応策」の先進地・オランダの取り組みを紹介する。
20世紀になってもオランダは水と格闘し続けた。オランダの水災害は大きく2つに分けられる。1つは海からの高潮、もう1つは内陸のライン川やマース川などの洪水である。
まず、高潮の被害と対応について話す。
1つ目は、1916年1月、北海から巨大な高潮が襲い、ゾイデル海の周辺の堤防が2カ所決壊し、アムステルダムの北部に大洪水が発生した。その犠牲は甚大であった。
政府は根本的な解決策として、ゾイデル海の入口を長大な堤防で塞ぎ、ダムを建設する計画を立てた。それまでの堤防は軟弱な地盤の上に作られていることから、高潮を食い止められないことがわかった。実施すれば、ダムにせき止められた海水は淡水化し、灌漑用水を供給することもできる一石二鳥の計画だった。
1927年に着工し、1932年に竣工。全長32キロ、幅9メートルの巨大堤防で入り江を遮断し、新しく生まれた内陸湖はエイセル湖となった。当初は海水湖だったが次第に淡水化した。
アフシュライトダイク(締め切り大堤防)の上に立つ。北を向くと左手は北海(厳密には北海に繋がるワッデン海)、右にはエイセル湖。4車線の高速道路として利用されているが、その先は水平線のかなたに消えていく。
エイセル湖は5区画に区分され、そのうち4区画1650平方キロの干拓が完了している。残りの1つについては自然環境保護が叫ばれるようになり、1986年に干拓が中止された。
デルタ計画の始動
もう1つ、近年発生したオランダの災害の中で語らなければならないのは、1953年の記録的な高潮被害である。
これはオランダ南西部、ライン川下流のワール川三角州地帯で、1月31日から2月1日にかけて起きた。暴風と大潮が基準海面を数メートル引き上げ、流れ込んだ水によって多くの死傷者を出した。オランダ国内では1853人が亡くなり、損傷した家屋は4万7300棟、農地の約9パーセントが冠水。20万ヘクタールの土地が水に浸かり、30万人が家と財産を失った。
オランダ南西部にある多くの堤防は、第二次世界大戦後、痛んでいた。終戦後、国家予算は別に割かれ、堤防の補強や改善は手付かずのままだった。20時間におよぶ北西からの大嵐で、北海の水位は、アムステルダム標準水位を4.2メートル超えた。
これの数週間後、「デルタ計画」が開始された。「海水が浸入してくる河口のすべてに蓋をする」という大土木工事である。建設する堰は13カ所におよぶ(可動堰含む)。
ロッテルダム港の入り口にあるマエスランド堰に行った。
ロッテルダムはヨーロッパ最大の港で、コンテナ船、貨物船などが行き交う。締め切りというわけにはいかない。大型船舶が航行可能な稼働堰が作られた。2枚の扇のような可動式のゲートは、閉まるまでに3時間、開くまでに2時間半かかる。閉まった後にゲートから堰が降り、完全に水を止める。
堰はコンピューター管理されている。ロッテルダム港は、港湾オペレーションにIoTセンサーやAI、スマート気象データを活用している。気象データから水位予測し、閉塞8時間前に、水門管理者から港湾管理者、船舶関係者に周知するしくみができている。
オランダの治水政策は堤防やダム、最近ではIoTやAIなども活用し、テクノロジーで水を制するものであったと言える。
だが、デルタ計画も地球温暖化の影響と無縁ではない。北海の海面上昇、ライン川の流量増加に直面している。気温が上昇することでアルプスの融雪が進み、ライン川やマース川の流量も増えている。海と山、両方から水が迫っている。
川のための空間をつくる
1990年以降、ライン川などで大雨による異常な水位上昇が起きた。とくに95年は25万人が1週間の避難を余儀なくされ、多くの国民が「これまでの方法だけではやっていけない」と認識したという。
海水を堰で食い止め、河川堤防を高くする対策は転換点を迎えていた。住民からは「景観が悪くなる」などの不満の声が上がっていたが、それだけではない。ひとたび堤防が切れると被害が甚大になる。地球温暖化が進めば、さらに雨量が多くなり、河川の上流から水が押し寄せることも予想される。
2008年、新たなプロジェクトがスタートした。
「ルーム・フォー・ザ・リバー(川のための空間)」である。
堤防を高くすることに代表される従来の治水を「垂直型」だとするならば、「ルーム・フォー・ザ・リバー」は、遊水地をつくったり、川幅を広げたりするなど、水のための空間を確保するという「水平型」の治水への転換だった。
「ルーム・フォー・ザ・リバー」には流域という視点が欠かせない。
ドイツを流れてきたライン川は枝分かれし、オランダではワール川と呼ばれる。
ワール川沿いにナイメーヘンというまちがある。
このまちはローマ時代からの歴史ある交通の要衝だ。ナイメーヘンでのワール川の川幅は450メートル。上流の川幅が1500メートルであることを考えると極端に狭い。豪雨で水量が多くなると、流れが滞って水位が上昇、氾濫の危険性が高まる。
ここで川の空間を拡張するプロジェクトが始まった。
重要なのは氾濫の危険が高い川の湾曲部だ。この地点の川幅を広げるため、史跡のあった堤防の一部を島として残し、350メートル陸側に新しく堤防を築いた。
そして島と堤防の間を掘って新しい水路を造った。島には水浴場があり、多くの人が楽しんでいる。島の存在が河川の空間を豊かにしている。さまざまな動植物が増え、川が本来もつ自然の姿も戻ってきた。
「ルーム・フォー・ザ・リバー」の目的は、治水に止まらない。
河川と沿岸地域の「空間の質」を向上させる狙いもある。
2つ目の目的があったことが、計画を進めるエンジンとなった。住民は大規模な土木工事を「好機」として受け入れ、地域環境づくりに熱心に参加することができた。
そこでは丹念な話し合いが行われた。
国が事業の基本方針を示すが、具体的な計画と住民との折衝はナイメーヘン市に任せた。土木工事に伴い、立ち退きしなくてはならない人も多く、最初は反対の声が多かった。そこで川のこと、治水のことに興味を持ってもらうことから始まった。時間をかけて次のことを話し合っていった。
・理想的なビジョンをつくる
・現在の状況と比較する
・問題を明確にする
・ステップを踏んで調査を行い、結果を共有する
・当事者たちによる委員会をつくる
・地域のミーティングを行う
・結論を出すためにディベートを行なう
最後のディベートは何度も繰り返された。その結果、河口の流れのダイナミクスを回復するというビジョンが選択された。
この事業による国の支出は3億6000万ユーロに及ぶ。50軒が立ち退き、2016年に完成した。結果として、大雨のときに川の水位を35センチ下げる効果があった。
転換ではなく融合
一方で、前述のデルタ計画は終了したかというとそうではない。新しい時代に合わせて、着々と進化している。
デルタ委員会は、2050年までに1990年に比べ、0.2〜0.4メートルの海面上昇が進むと見ている。
さらに担当者はこう話す。
「私たちは1万年に1度の事態に備えている。それは高潮と上流の豪雨が同時に発生するケースだ」
高潮にはデルタ計画でつくった建造物で水を制する。だが、そのとき同時に河川で洪水が発生したらどうするのか。川から海へ出る部分が塞がれているため、港やまちは冠水してしまうだろう。
デルタ計画からルーム・フォー・ザ・リバーへと転換されたわけではなく、2つの計画は進化しながら融合しているのだ。
まち全体で水を受け止めるロッテルダム
そして、水を受け止めるのは河川空間だけではない。
2016年、欧州環境庁は、欧州全域の都市計画担当者や政策決定者に向けて、気候変動の影響緩和策に関する報告書を公表した。
そこでは「短期的な対策や積み上げ方式の適応策だけでは脅威は緩和できない」としたうえで、
・都市計画の改善(雨水貯留機能などのある都市緑地を拡大するなど)
・洪水常襲地域での建築禁止
・気候変動に対する脆弱性の根本的な原因を解決する包括的、体系的な手法が必要
とされている。
ロッテルダムでは、行政・民間事業者・市民が一体となって、水害対策と水環境を活かした都市開発を行っている。
市内を歩くとさまざまな水を貯めるスペースがある。普段は娯楽目的のスペースとして活用されているが、大雨時には貯水地となる水場や、雨水を一時的に吸収するのに役立つグリーンルーフ、貯水機能を持った地下駐車場、道路等の舗装に浸透性のある素材利用などなど。
個人も、タイル張りの私有地を土に戻したり、コンクリートを緑に戻したり、雨水タンクを設置したりすると、費用の25%を市が補助する。
気候変動の適応策を取り入れた都市開発は世界中から注目を集めている。
日本でも参考にすべきことが多々ある。日本は数々の災害を経験し、歴史も技術もあるのだが、それを活かすという意識は薄いのではないか。その点をオランダは違う。「水との戦い」をビジネスにつなげている。