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ビワマスが戻る川へ!地域が挑む小さな自然再生の現場

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
手作り魚道の設置(筆者撮影)

高さ1メートル強の堰のためにビワマスが産卵場所へ行けない


 「小さな自然再生」という言葉をご存じだろうか。自然再生と聞くと大規模な取り組みを想像するかもしれないが、実際には「子どもからお年寄りまで誰もが気軽に参加し、費用が安価で、そして時には失敗をしながらも活動の効果が短期間で実感できる、そんな地域による取組み」(リバフロサポートセンターHPより)が「小さな自然再生」なのである。

 11月2日、滋賀県長浜市・大浦川で「第25回『小さな自然再生』現地研修会」が開催された(主催:ONE SLASH、「小さな自然再生」研究会、日本河川・流域再生ネットワーク)。

 現地は琵琶湖に注ぐ大浦川で、ここには高さ1メートル強の「ラバー堰」が川を横断する形で設置されている(下段部55センチ+ラバー部60センチ=115センチ)。このラバー堰は、川に固定されたゴム製の袋で、内部の空気や水の調整によって水位を変動させる仕組みだ。普段は1メートル強の高さがあるが、洪水時にはラバー部から水や空気が抜けて平らになり、河川の安全を保っている。

ラバー堰(写真提供:滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 佐藤祐一氏)
ラバー堰(写真提供:滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 佐藤祐一氏)

 しかし、この1メートル強の高さが、魚の移動、特に「琵琶湖の宝石」とも呼ばれるビワマスの遡上を妨げていた。ビワマスは琵琶湖の固有種で、産卵のため10~11月に川を遡上するが、ラバー堰がその障害となり、上流の産卵場所に到達できなくなっていたのである。

作業当日も遡上できなかったビワマスが(写真提供:リバーフロント研究所)
作業当日も遡上できなかったビワマスが(写真提供:リバーフロント研究所)

楽しさこそが活動の継続を支える原動力

 ここで活躍するのが「小さな自然再生」だ。今回は、高さ30センチから50センチの手作り木製プールを積み重ねた仮設魚道が設置された。

 参加者は地域住民や子どもたち、行政職員、河川や環境に関わる仕事の関係者など35名。皆、胴長やアクアシューズを身にまとい、川に入り、川砂を集めて土嚢を作り、それを並べて魚道を設置する場所を確保した。木製プールに切り込みを入れるなどビワマスのための遡上ルートを作る作業は、台風の接近による降水量や水位の確認も慎重に行われる中、約1時間半かけて実施された。

作業の様子(写真提供:リバーフロント研究所)
作業の様子(写真提供:リバーフロント研究所)

 参加者たちは「楽しい」と口々に言い、リピーターも多く見られた。この楽しさこそが、活動の継続を支える原動力であろう。

楽しさの背景にある連携と入念な準備

 楽しさの背景には、事前の入念な準備があることが容易に想像できる。川に一般市民が入り、手作りで魚道を設置するなど、通常では考えにくいことである。この日を迎えるまでに、魚道の設計や予算の確保、行政や地域住民との協議、当日の安全確保と段取りなど、多くの準備が重ねられている。

 多くの人々の協力による周到な準備が、この活動の成功と参加者の満足感につながっているのであろう。その結果、川への関心や「小さな自然再生」という取り組みがさらに広がっていく。

 作業終了後には、地元産の米で作られた炊きたてのおにぎりと汁物がふるまわれ、続いて座学が行われた。この事業への思いや「小さな自然再生」の具体的なノウハウを学ぶ貴重な時間であった。当初、午前に座学、午後に作業の予定だったが、天候によりプログラムが入れ替えられた。体験を通してからの学びにより、理解が一層深まったように感じられた。

専門家の知見に耳を傾ける(写真提供:リバーフロント研究所)
専門家の知見に耳を傾ける(写真提供:リバーフロント研究所)

 「小さな自然再生」は少しずつ全国に広がりつつある。興味を持つ人も増えているだろう。では、どのように始めればよいのか。この事業は一人のリーダーシップではなく、コーディネーターや企画推進役、行政や地域との調整役、専門家など、多様な連携によって成り立っている。綿密な連携が、「楽しい」場を形作り、「小さな自然再生」の実現へと結びついているのである。

 翌日、主催者から「魚道をビワマスが遡上していました」という知らせが届いた。参加者たちが協力して設置した仮設魚道を、ビワマスが実際に遡上したことを知り、喜びと達成感がひとしおであったに違いない。このように、地域の自然再生が小さな成功を積み重ねることで、やがて大きな変化を生み出していくのであろう。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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