「一帯一路」に立ちふさがるバロチスタン解放軍とは―中国のジレンマ
- パキスタン南西部の分離独立を掲げる「バロチスタン解放軍」は、中国企業や中国人への攻撃をエスカレートさせている
- その背景には、「一帯一路」によって中国がパキスタン国内でのプレゼンスを高めていることがある
- 中国にとってこの問題の対応は、一歩間違えればアドバンテージを損なうだけに、簡単ではない
イタリアのように先進国でも中国の「一帯一路」を受け入れる国もあれば、開発途上国でもこれに抵抗する者もある。パキスタンのバロチスタン解放軍(BLA)は、中国政府の頭痛のタネとして急浮上している。
「バロチスタンから出て行け」
パキスタン南西部バロチスタン州で5月11日、高級ホテル、パール・コンティネンタルが4人の武装グループに襲撃され、治安当局との銃撃戦で犯人全員が死亡した他、4人の従業員と1人の兵士が命を落とした。
宿泊客には外国人が多いが、彼らに被害はなかった。
この事件ではBLAが犯行声明を出し、「中国やその他の大国がバロチスタンの資源を搾取することは許されない。バロチスタンから出て行くまで、彼らは勇敢な部隊の標的にされるだろう]」と中国を名指しした。パール・コンティネンタルの宿泊客には中国人ビジネスマンも数多く含まれていた。
バロチスタン解放軍とは
ここでまず、BLAについて確認しよう。
BLAはパキスタン南西部に多いバローチ人の武装勢力で、バロチスタン州の分離独立を目指している。
パキスタンは多民族国家だが、人口の半数近くを占めるパンジャーブ人が政治・経済の中心を握り、バローチ人は全体の4%に満たない。パンジャーブ人もバローチ人も多くがムスリムだが、民族的な理由で社会の周辺に追いやられている不満から、BLAは分離独立を要求し、パキスタン政府にテロ活動を行ってきた。
パキスタン当局はBLAがパキスタンと敵対するインドに支援されているとみており、バローチ人が多いアフガニスタンもBLAと結びついているともいわれる。
ともあれ、パキスタン政府は2006年にBLAを非合法化し、アメリカやEUも「テロ組織」に指定している。
標的としての中国
そのBLAはこの数年、パキスタン政府だけでなく海外企業、とりわけ中国企業を標的にすることが増えている。
2016年9月、パキスタン政府は中国によるプロジェクトに関連して、それまでにパキスタン人だけで44人が殺害されていたと認めたが、その多くがBLAによるものとみられる。
また、インド紙エコノミック・タイムズによると、2018年8月から2019年4月までの約9カ月間に、バロチスタン州周辺で少なくとも3回、BLAは中国を標的にしたテロを行い、そのなかには昨年11月にカラチで発生した中国領事館の襲撃も含まれる。
ただし、これらのテロが中国にどの程度のダメージを与えたかは定かでない。中国人犠牲者について、パキスタン政府は詳細を発表しておらず、中国政府はゼロと強調している。
これに対して、例えば今年4月1日にカラチで中国人エンジニアとパキスタン人労働者を運んでいた22台の車両が爆弾で攻撃された事件では、BLAは「数名の」中国人を殺害したと主張している。
中国にとってのパキスタン
中国企業が標的にされるのは、大きなプレゼンスの裏返しでもある。
中国とパキスタンを結ぶ「中国パキスタン経済回廊」は、中国西部からパキスタン南部まで交通網を整備し、物流を加速させるプロジェクトで、中国にとっては南シナ海を迂回してインド洋へのルートを確保するものだ。これは「一帯一路」を構成する重要な部分で、とりわけバロチスタン州にあるグワダル港は、中国にとって戦略上の要衝とも呼べる。
この背景のもと、2018年のパキスタンの中国からの輸入額は約142億ドルにのぼり、これは輸入全体の約24%を占める(IMF)。その一方で、ほとんどの国がそうであるように、中国との貿易はパキスタンにとって圧倒的な入超で、同年の貿易赤字は約123億ドルにのぼった。
それと並行して、パキスタンは安全保障面でも中国との関係を深めている。
パキスタンは冷戦時代からアメリカから軍事援助を受けてきた。しかし、現在では中国からみた最大の兵器輸出相手になっており、アメリカのランド研究所によると、パキスタンは2000年から2014年までに中国が輸出した兵器の42%を購入していた。それらの兵器の一部はBLA掃討にあたるパキスタン軍兵士によって使用されている。
BLAからみて中国は、もともと対立するパキスタン政府のいわばスポンサーと映ることだろう。
軍事的オプションは可能か
BLAのテロ攻撃は、中国にとって悩みのタネといえる。
中国ではナショナリズムの高まりに比例して「中国人の安全や権利」が侵害されることへの拒絶反応が強くなっている。そのため、バロチスタンで中国企業がしばしば襲撃される状態が続けば、国内の批判が中国政府に向かいかねない。
ところが、中国政府にとれる対策は限られている。
「一帯一路」の拡大にともない、中国企業の安全を確保するため、その沿線上に中国が軍事基地を構えることも増えており、パキスタンでも基地建設が計画中といわれる。
ただし、基地を設けることと実際に軍事活動を行うことは話が別だ。
人民解放軍がパトロールしたり、中国企業を警備したりすれば、BLAを抑え込むことはある程度可能かもしれないが、これは政治的にハードルが高い。これまで中国は「内政不干渉」の原則を掲げ、「外国で軍事活動を行うアメリカとの違い」を、主な国際的な足場である開発途上国にアピールしてきたからだ。
仮にパキスタンに基地が建設されても、実際に軍を展開させれば、あくまでパキスタンの国内問題であるバロチスタン分離独立問題に関わることになり、結果的に中国は「開発途上国の主権を尊重する国」としてのアドバンテージを放棄せざるを得なくなる。
安全確保と原則の狭間でのジレンマは、これまでにも南スーダンなどでみられたことだ。
裏交渉はあるか
そのため、別の可能性も指摘されている。2018年2月、英紙フィナンシャル・タイムズは中国政府が権益を保全するため、BLAと密かに交渉していると報じた。
中国はアメリカやイギリスと同じく「過激派とは交渉しない」という立場だが、アメリカがアフガニスタン撤退のためにタリバンと交渉しているように、こうした建前は絶対とは限らない。
ただし、この報道に関して、中国とBLAの双方が否定している。中国政府はBLAを「本当のパキスタン人ではない」と切り捨て、BLAは香港メディアの取材に対して「バローチ人はバロチスタンで次々と住む場所を追われている…こんな状況で対話などあり得ない」とにべもない。
真偽は定かでないが、中国が頭越しにBLAと裏交渉をすれば、パキスタン政府の不興を買うことは間違いない。
「中国による『一帯一路』沿線国の支配」を示唆する論調も多いが、そうだとしても中国にとって開発途上国の政府は重要な「足場」であり、その支持を失うことはリスクが大きい。そのため、中国にとってパキスタン政府との関係を決定的に悪化させる選択は難しい。
中国のジレンマの先
こうしてみたとき、中国のジレンマは根深く、できることはパキスタン軍の支援にとどまるとみられる。即効性ある対策が難しいことは、今後バロチスタンで中国企業を狙うテロ攻撃がさらに増えることを予期させる。
同様の事態は、バロチスタン以外でも起こり得る。「一帯一路」沿線のアジア、中東、アフリカには、自国の政府と敵対するローカルな勢力が珍しくない。中国の進出が活発化すればするほど、こうした勢力にとって中国企業は格好の標的となりやすく、それは「一帯一路」そのものを脅かし得る。
これを放置できないと、仮に中国が軍事力を実際に行使し始めることがあれば、それは中国が「西側とは違う」というこれまでの自己イメージを変える時だ。それは中国が、これまでより一層なりふり構わず海外進出を進めるきっかけになると想定されるのである。