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イスラエルはシリア・レバノン間の国境通行所を爆撃:「危険で屈辱的な強制移動」すら阻まれる避難民

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

イスラエル軍は10月4日の早朝、レバノンのマスナア国境通行所(ベカーア県)と、シリア側のジュダイダト・ヤーブース国境通行所(ダマスカス郊外県)を結ぶ道路などに対して爆撃を加えた。この爆撃による死傷者は報告されていないが、両国を結ぶ道路が遮断された。

攻撃に関して、イスラエル軍は午後1時32分、テレグラムを通じて以下の通り発表した。

イスラエル国防軍:昨日(木曜日)、イスラエル国防軍の武器密輸阻止の取り組みの一環として、イスラエル空軍の戦闘機複数機が、イスラエル国防軍諜報局の指示を受け、レバノン国境からシリアに通じる地下トンネルを攻撃した。トンネルは長さ3.5キロに及び、地下で大量の武器の輸送と貯蔵を可能とするものだ。

このトンネルの運営は、イランおよびそのプロキシからレバノンのヒズブッラーに武器を輸送する役割を担う第4400部隊が指揮していた。攻撃中に、テロリストのインフラ施設や武器貯蔵施設、その他のテロ関連インフラが破壊された。

さらに、昨夜には、シリアとレバノンの国境にあるマスナア国境通行所近くのインフラ施設も攻撃された。

これらの攻撃は、今週初めに第4400部隊の司令官であるテロリスト、ムハンマド・ジャアファル・カスィールの殲滅と排除に続くものである。

イスラエル空軍は、その兵士やイスラエル国民に対して使用されることを目的とした武器の密輸やインフラに対する作戦を今後も継続する。

英国で活動するシリアの反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、ヒズブッラーがマスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所を経由してシリアからレバノンへの武器兵站路として使用していたことは確認されないという。その一方で、同通行所の近くには、軍用の道路が整備されているという噂、あるいは極秘情報は、数十年前から常に確認できた。

戦略上重要だと考えられるシリア・レバノン間の極秘のルートが仮に破壊されていたとしても、シリア政府、レバノン政府、レバノンのヒズブッラーがその存在を認め、映像や画像を公開することはあり得ず、シリアからの武器の流れを阻止し、ヒズブッラーを孤立させようとするイスラエル軍の試みがどの程度奏功しているのかを判断するには、若干の時間を待たねばならない。

だが、映像、画像、そしてそのほかの一時情報から確実に確認し得ることは、マスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所が今回の爆撃で利用不能になったことだ。

al-Manar、2024年10月4日
al-Manar、2024年10月4日

レバノンとシリアを結ぶ民生用の国境通行所は、マスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所以外にも5ヵ所ある――北からアリーダ国境通行所(北部県/シリア側はタルトゥース国境通行所(タルトゥース県)、アッブーディーヤ国境通行所(北部県/シリア側はダブースィーヤ国境通行所(ヒムス県))、ワーディー・ハーリド国境通行所(北部県/シリア側はタッルカラフ国境通行所(ヒムス県)、カーア国境通行所(ベカーア県/シリア側はジュースィーヤ国境通行所(ヒムス県)、ベカー県のハムラー国境通行所(ベカーア県/マトリバー国境通行所(ヒムス県))である。

筆者作成
筆者作成

だが、マスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所は、レバノンからの難民、避難民の受け入れだけでなく、シリアから医療物資、食料物資を搬送するもっとも主要な経路なのだ。

ダマスカス郊外県のアーラー・シャイフ執行評議会委員は10月4日、シリア・アラブ通信(SANA)の取材に対して、9月24日以降、マスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所を経由してシリアに入国した避難民の数は189,995人、うちシリア人は150,465人、レバノン人は39,530人に達していると述べた。シリアの日刊紙『ワタン』(10月3日付)によると、9月下旬にシリアに逃れたレバノン人とシリア人の総数は約269,000人(うちシリア人197,000人、レバノン人72,000人)だ。つまり、70%強の避難民がマスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所を利用していることになる。

イスラエル軍による国境通行所への爆撃は今回が初めてではない。イスラエル軍は9月26日と27日にマトリバー国境通行所にも爆撃し、シリア人複数が負傷しており、今後も国境通行所が標的となる可能性は高い。

マスナア/ジュダイダト・ヤーブース国境通行所では、レバノン人やシリア人(難民を含む)が爆撃後もなお、より安全な場所を求めて、徒歩でシリア領内に向かっている。

だが、イスラエル軍がヒズブッラーの包囲を理由として、国境通行所への攻撃を続け、利用不能に追い込もうとすれば、それはヒズブッラーに打撃を与える以上に、難民、避難民に苦難を与えることになる。

拙稿「イスラエルの攻撃で避難を余儀なくされているレバノン人とシリア難民を支援しない欧米諸国」でも指摘した通り、レバノンからシリアへの難民、避難民の流入に関して、「安全で尊厳のある自主的な難民帰還」を主唱してきた欧米諸国の政府は、真摯な対応をとろうとはしておらず、「危険で屈辱的な強制移動」は忘れられているかのようである。

イスラエルは、こうした非人道的な状況に追い打ちをかけるかのように、「危険で屈辱的な強制移動」すらも阻害し、無辜の人々の命の危険に晒すことを躊躇しないのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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