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山上徹也容疑者の精神鑑定で「口封じ」することだけはやめて欲しい

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(659)

文月某日

 奈良地検は安倍元総理を殺害した山上徹也容疑者の精神鑑定を行うため25日から鑑定留置を始めた。刑事責任能力の有無を調べるためである。刑事責任能力があれば起訴されるが、なければ起訴されない。

 期間は11月29日まで約4か月と長期にわたる。山上容疑者は母親が旧統一教会に入信したことから家庭が破壊され、その恨みから旧統一教会の幹部を襲撃しようとしたが、コロナのため海外にいる幹部の入国が見込めなくなり、代わりに旧統一教会と密接な関係にある安倍元総理を殺害の標的にしたと供述している。

 綿密な計画を立てて手製の銃を作り、事前に下見をしたうえで犯行に及んでいるところを見ると、確固たる意志を持って安倍元総理を銃撃しており、心神喪失や心神耗弱状態にあったとは思えない。なぜ精神鑑定をするかと言えば、旧統一教会に対する恨みと安倍元総理襲撃とが結びつかないからだと説明されている。

 確かにフーテンも一報を聞いた段階では、動機として私的な怨恨以外に公的な要素もあったのではないかと疑った。参議院選挙の直前であったから、選挙に影響を与えないよう私的な怨恨が強調されたのではないかと思ったのである。

 しかしその後、山上容疑者がツイッターに投稿した内容なども明らかとなり、旧統一教会を恨むがゆえに韓国に敵意を抱き、その「嫌韓感情」から右派の代表格である安倍元総理の政治に共鳴していることを知った。

 一方で旧統一教会を日本に招き入れたのは安倍元総理の祖父岸信介氏であり、父親の安倍晋太郎氏も安倍元総理も旧統一教会を政治に利用してきた。安倍家三代にわたる関係がなければ、母親が入信し、そのため自分の人生が軌道から外れることはなかった。

 山上容疑者は2019年10月6日、旧統一教会の韓鶴子総裁が愛知県で行われた集会に来日したのを狙い、火炎瓶を投げようと会場に向かった。しかし中に入れず襲撃を断念する。集会では安倍派の前の会長で現衆議院議長の細田博之氏が基調講演を行っていた。

 その1週間後の13日から山上容疑者はツイッターに投稿を始める。そして安倍元総理と旧統一教会の関係を「金と票、過去の経緯にある」とし、そのうえで「オレが憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知ったことではない」と書き込んだ。

 その3日後に山上容疑者は、映画『ジョーカー』に深く共感したことをツイッターに書く。この映画は正義の味方バットマンの敵ジョーカーがなぜ生まれたかを描いている。格差社会を表現した映画として高い評価を得た。

 山上容疑者が映画を見たのは、火炎瓶を持って韓鶴子総裁を狙う前日の名古屋である。それを知ってフーテンは旧統一教会への怨恨と安倍元総理襲撃とが結びつく気がした。

 映画の主人公は母親と2人で貧しく暮らす心優しい道化師だが、母親は大富豪に雇われていた過去があり、大富豪が道化師の父親だと言い、手紙で生活支援を求めていた。

 道化師は母親の話を確かめに大富豪の邸宅を訪れ、そこで大富豪の息子で後のバットマンと出会う。裕福なおぼっちゃまと貧しい道化師が正義と悪に分かれることを象徴するシーンだ。

 結局、母親の話は嘘だとわかり、絶望した道化師は病に倒れた母親を窒息死させる。一方で道化師は友人から預かった拳銃で、地下鉄で女性に絡む不良を射殺し警察から追われていた。

 道化師はピエロのメイクをしてテレビに登場し、放送中に不良の殺害を告白し、司会者を射殺して警察に逮捕された。しかし外ではピエロの仮面をかぶった民衆が暴動を起こし、街の秩序が崩壊していく話である。

 山上容疑者の運命を狂わせたのは母親の入信だ。そしてその宗教を日本に招き入れ、政治活動に利用したのは安倍元総理の祖父から三代にわたる家系である。その政治信条には山上容疑者も共鳴させられていた。複雑な感情が入り混じる中で、道化師と大富豪の息子との関係を、山上容疑者は自分と安倍元総理に重ね合わせたのではないか。

 ただこれはフーテンの想像である。山上容疑者の心がどう動いていったのかをよく知る必要はある。そのための鑑定留置なのだろう。しかし一方でそれが長期に及ぶため、山上容疑者の殺害に至る経過を明らかにさせないための意図的な留置ではないかという疑念もフーテンには同時に生まれた。

 それは前々回のブログに書いたが、自民党の片山さつき参議院議員が警察庁長官に対し、「奈良県警の情報の出し方を警察庁でチェックするように要請した」とツイッターに書き込んだことから生まれた疑念である。

 自民党は旧統一教会と自民党の政治家の関係に注目が集まることを懸念している。特に山上容疑者に同情が集まり、旧統一教会が世論の非難を浴び、旧統一教会と同じ主張をしている自民党に批判の矛先が向くことを恐れている。そのため山上容疑者の供述内容が連日メディアに報道されることをやめさせなければならない。

 そこで本来は29日まで拘留期間があり、そこまで警察が取り調べを行うことが出来るのに、その前に精神鑑定に持ち込んで、警察からメディアに対する情報提供を抑えたのではないかと考えるからだ。おそらく拘留満期の11月29日まで、我々は山上容疑者が何を話しているかを知ることができなくなった。

 鑑定留置することで「警察からの情報漏洩を防ぐことができる」となれば、片山さつき議員らの思惑通りになる。表現は悪いが「口封じ」が行われるということだ。

 鑑定留置の結果、精神に異常はないとして起訴されれば、裁判が始まるので山上被告の口から直接法廷で事件を巡る動機を聞くことはできる。しかし仮に精神障害があるという理由で起訴されなければ、本人は精神病院に隔離され、事件の真相は分からずじまいになる可能性がある。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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