安保3文書、中国との終わりなき軍拡競争に苦心する日本を浮き彫り
中国の急速な軍事的台頭を前に日本は国をどう守るか。中国と対峙するにはどれほどの防衛力と防衛予算が必要なのかーー。
政府が16日に閣議決定した「国家安全保障戦略」など安全保障関連3文書で最大の焦点となったのが中国とどう向き合っていくかだ。軍事力を背景に、中国が東シナ海・南シナ海で見せる一方的な現状変更の動きは、インド太平洋地域の大きな懸念材料となっている。日本のみならず、米豪印の政策担当者も最も共通の課題、そして喫緊の課題として絶えず頭を悩ませ続けながら直面している。
防衛費の総額を2023年度から5年間で43兆円程度とすることを決めた安保3文書は、中国との終わりなき軍拡競争に苦心する日本を浮き彫りにしている。国家防衛戦略によると、中国の公表国防費は1998年度に日本の防衛関係費を上回って以来、急速なペースで増えている。2022年度には日本の防衛関係費の約4.8倍に達した。
●「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中」
日本は今、中国、北朝鮮、ロシアという核保有国3カ国から最も深刻な軍事脅威を受けている世界唯一の国だ。それぞれの国と尖閣諸島、竹島、北方領土と長年の領土問題も抱えている。
日本を取り巻く安全保障環境について、国家安全保障戦略は「我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」と指摘した。そして、「我が国が、自由で開かれたインド太平洋というビジョンの下、同盟国・同志国等と連携し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を実現し、地域の平和と安定を確保していくことは、我が国の安全保障にとって死活的に重要である」と強調した。
特に中国については、「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と指摘し、2013年に策定した前回の国家安全保障戦略の「懸念」の表現から危機感を強めた。ただし、「脅威」と明記することは避けた。対中関係を重視する与党・公明党への配慮のほか、自民党内でハト派色が強い宏池会出身の岸田首相が「中国とは建設的かつ安定的な関係を構築していかなければならない」と表明していることがある。北朝鮮を「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」と明記したのと対照的だ。
国家安保戦略の下位文書にあたる国家防衛戦略は、8月4日に中国の弾道ミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾した事態について記述し、「このことは、地域住民に脅威と受け止められた」と指摘、国家レベルではなく住民レベルの「脅威」を述べるにとどまった。
内閣官房の担当者は13日に行われた事前プレスブリーフィングで、「なぜ中国を脅威と明記しなかったのか」との筆者の質問に対し、「中国という国を安全保障戦略のレベルで多面的に見なければいけない」と指摘。「中国の国家目標や軍事的な動向、軍事能力をしっかりと中核的に捉えて日本が防衛力を整備していかなくてはいけない」と強調する一方で、「中国は世界第2位の経済力を有している国でもあり、しっかりと国際的な枠組みにエンゲージ(関与)させていかなければならない要素もある。軍事面、経済面、外交面などいろいろと考えていった場合に、単に『脅威』という簡単な言葉で片付けていいのかということがある」と述べた。
「我々は中国を『これまでにない最大の戦略的な挑戦』と言っているが、その『戦略的』の中にはいろいろな視点から見ていかなくてはいけないとの意味も込められている」。内閣官房担当者はこうも述べた。
その上で、内閣官房担当者は、米国が10月に公表した「国家安全保障戦略」でも、中国が「米国の最も重要な地政学上の挑戦(America's most consequential geopolitical challenge)」と明記され、日米が重要文書で足並みをそろえている点を指摘した。
とは言え、米国はこれまでも重要文書で中国を「脅威」と名指ししてきた。例えば、2020年12月に公表された米海軍と海兵隊、沿岸警備隊による新戦略「海上における優位:統合された全領域海軍力による勝利」(Advantage at Sea: Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power)では、中国を何度も「脅威」と名指ししている。
●二元論は対立をあおる
確かに「脅威」あるいは「脅威ではない」といったように、相手国を敵と味方に二分する「二元論」は対立をあおり、世界を不安にさせる面がある。二元論は、特に領土問題や歴史問題が絡めば、それぞれの国でナショナリズムや愛国心を一気に高め、自制心を失わせかねない。わざわざ重要文書で「脅威」と名指しして「敵」を増やす必要はない、と指摘する安保関係者がいることも事実だ。
その一方、曖昧な態度は相手国への抑止力を弱め、紛争のリスクを高める可能性もある。「曖昧戦略」は誤解や予期せぬ衝突を生み、危険な事態を招きかねない。かたや、脅威認識をしっかりと示した「明確な戦略」は国の機関に行き渡り、政策の実行力を高める。内外への透明性も増す。
バイデン米大統領がこれまでも何度も、中国が台湾を軍事侵攻した際は米軍が台湾を守ると明言してきたことは、従来の曖昧戦略を事実上転換し、中国の攻勢で現実味が増す台湾有事のリスクを減らそうとする狙いがある。
米国は中国を「国際秩序を再構築する意図を持つ唯一の競争相手」とみなし、今後10年間を決定的に重要な期間と位置づけている。軍拡を続ける中国にどう向き合っていくべきか。日本もまた、今後も大きく問われ続けることになる。
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