中国軍艦の日本領海侵入、政府は「懸念」を伝えるばかり 中国は「国際海峡の通過通航権」を挙げて正当化
政府は9月15日、中国海軍の測量艦1隻が同日朝に鹿児島県の屋久島や口永良部島(くちのえらぶじま)周辺の日本領海に侵入したと発表した。中国軍艦による日本領海侵入はこれで7回目。海上自衛隊の護衛艦や哨戒機は毎回、中国軍艦の情報収集や警戒監視を行っているが、政府は今回もこれまで通り、外交ルートを通じて中国政府に「懸念」を伝達するばかりだ。
中国は日本領海への侵入を繰り返し、着々と既成事実の実績づくりを図っている格好だ。中国の領海侵入が常態化してきている中で、なぜ岸田政権は「懸念」を伝えるばかりなのか。中国に「抗議」などもっと強い態度を取れないのだろうか。
中国海軍艦艇の日本領海侵入を防衛省が公表したのは、以下の通りだ。
①2004年11月、漢級原子力潜水艦1隻が石垣島と多良間島の間の領海を侵犯
②2016年6月、ドンディアオ級情報収集艦1隻が口永良部島沖の領海に侵入
③2017年7月、ドンディアオ級情報収集艦1隻が津軽海峡航行中に領海に侵入
④2021年11月、シュパン級測量艦1隻が口永良部島や屋久島周辺の領海に侵入
⑤2022年4月、シュパン級測量艦1隻が口永良部島や屋久島周辺の領海に侵入
⑥2022年7月、シュパン級測量艦1隻が屋久島や口永良部島周辺の領海に侵入
⑦2022年9月、シュパン級測量艦1隻が屋久島や口永良部島周辺の領海に侵入
このように過去7回の中国軍艦の領海侵入のうち4回が、2021年10月の岸田政権発足以降に起きている。とりわけ今年に入り、過去最多の3回も発生している。2016年6月と2021年11月以降の合わせて5回が屋久島や口永良部島周辺の領海への侵入だ。2021年11月以降はシュパン級測量艦の両島周辺の領海侵入が続いている。
●無害通航権
国連海洋法条約は軍艦を含む全ての外国船舶に対し、沿岸国の平和や秩序、安全を害さない限り、他国領海でも航行できる「無害通航権」を認めている。しかし、武力による威嚇に加え、沿岸国の防衛や安全を害するような情報収集を目的とする行為、さらには調査活動や測量活動などは「無害通航」には当たらないと明記している。ならば、たて続けに起きている中国海軍測量艦の日本領海侵入は問題ではないのか。
潜水艦が他国領海内を潜没航行する行為は、国際違法行為が明らかで領海侵犯に当たるので分かりやすい。しかし、2016年6月に中国海軍の情報収集艦が初めて口永良部島沖領海に侵入した際、政府はこの侵入が「無害通航」に当たるかどうかの分析を迫られた。その上で、当時の中谷元・防衛相は「無害通航であるとは言い切れない」と述べていた。
これに対し、中国は沿岸国の管轄権行使が制限される「国際海峡の通過通航権」を自らの正当性の理由に挙げてきた。当時、中国外交部の華春瑩(ホア・チュンイン)報道官は記者会見で、「(通過した)吐噶喇(トカラ)海峡は国際航行に用いられる海峡だ」として、国際海洋法条約に基づいた「通過通航権」があり、日本の同意は必要ないと主張。さらに「『侵入』という状況は存在しない。(日本側は)まず国際法をよく学ぶべきだ」「通過通航権と無害通航権は一緒にしてはならない」などと述べていた。この「通過通航権」と「無害通航権」は異なるとの中国の立場は今も続いている。
この中国の主張に対し、中谷氏は日本がかねてトカラ海峡を国際航行に使われる国際海峡として認めていないと主張。その上で「通常、領海内に軍艦が入るとき、これはやはり、事前の連絡、通報はあってしかるべきだ」と述べた。
こうした日中の主張の対立が続く中、中国は日本領海への侵入を繰り返している。トカラ海峡には水深が1000メートル以上にも達する海域があり、中国海軍が潜水艦の航行ルートを調査しているとの見方が根強い。
●現状変更の試み
中国は近年、尖閣諸島を含む東シナ海や南シナ海での海洋進出を活発化させ、力による現状変更を推し進めている。今年に入ってからは、アメリカに対し、中国本土と台湾本島の間にまたがる台湾海峡は国際水域ではないとさえ主張するようになった。台湾海峡を中国の内海にする動きだ。
これに対し、アメリカは「中国がアメリカ軍艦船の自由な航行を妨げる口実作りを進めている」と判断、「台湾海峡を含め、国際法上認められているあらゆる場所を航行する」との強い姿勢を貫いている。
そもそも中国は、現在の国際秩序がアメリカ主導の西欧によって作られたものとみて強い不満を抱えている。1840年のアヘン戦争以来、列強による中国領土割譲、甲午戦争、列強による銀といった中国資源の略奪、そして、日本による中国侵略といった屈辱感を忘れず、いわばレコンキスタ(領土回復運動)をしている。南シナ海や尖閣諸島の一方的な領有権の主張もそれだ。「勿忘国恥(国の受けた恥辱を忘れるな)」「百年国辱(100年にわたる屈辱)」が中国国内でスローガンとして使われてきた。経済力と軍事力の増強を背景にますます自信を持ち、アメリカが覇権を握る既存の国際秩序の変更に挑んでいる格好だ。
習近平国家主席は2049年の建国100周年に向け、「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」(チャイナドリーム)を提唱している。そして、その実現を目指して、ひた走っている。
中国側の一方的な自己都合の解釈に立てば、「通過通航権」を根拠に、中国海軍の艦艇が今後もますます日本領海を自由に航行する恐れがある。岸田政権は新たな、そして、強い対応を迫られている。
国際法・防衛法制研究者で、軍事ライターの稲葉義泰氏は筆者の取材に対し、以下のようにコメントした。
「中国による領海侵入について、国際法に基づきそれが『無害でない通航』に該当しない限り、何か具体的な措置が取れるわけではありません。ただし、それぞれの海域における領海侵入が全て同じ理由や背景の下で発生しているかどうかについては注意深く考える必要があります。たとえば、中国が最近艦艇による領海侵入を繰り返しているトカラ海峡については、中国はこれを国際海峡であると主張しています。
これに対し、航行船舶数のデータなどに基づき、日本政府はこれを国際海峡ではないと判断しており、中国側の主張には無理があります。それでもなお、中国がこの主張にこだわるのは、おそらく国際海峡ならではの制度が関係していると考えられます。通常の領海における無害通航権と異なり、国際海峡において認められる通過通航権は、潜水艦の潜没航行や航空機の上空通過が認められるなど、沿岸国の権利に大きな制約が設けられています。中国がこのトカラ海峡を通航させているのはいずれも情報収集艦で、通常の領海であれば、電波情報の収集などパッシブな活動が主体の情報収集艦の通航は非常にセンシティブです。そこで、中国としてはトカラ海峡を国際海峡と言い張ることで、通過通航権を主張したいのではないかと考えられます。
このように、具体的な措置だけではなく、各海域での中国の主張や行動、そしてそこから見える意図や背景に注意を向けるべきかもしれません」
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