ドワンゴ対FC2の知財高裁判決文がようやく公開されました【速報版】
ニコニコ動画のコメント表示機能に関する特許により、ドワンゴがFC2を訴えていた訴訟、7月29日のドワンゴによるニュースリリースにより「特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、日本の特許権の効力を及ぼし得ると判断」した知財高裁判決が7月20日にあったことが明らかになっていましたが、その時点では判決文が未公開であったため、当事者以外は詳細を知り得ませんでした。
既に速報ベースでのわかる範囲内での記事を書いていますが、ようやく判決文が公開されましたので、その内容に基づき、より詳しく考察していこうと思います。
念のために書いておくと、今回の判決において重要なのは、ニコニコ動画のコメント機能そのものの話というよりも、より広く、特許発明(の少なくとも一部)が日本国外で実施された時に、日本の特許権は及ぶかという問題です。一般的考え方では、特許権の効力は「属地主義」に基づき国内にしか及ばないとされています。しかし、機械装置の発明等とは異なり、ネット系の発明の場合には、サーバーを海外に置いて特許発明(の少なくとも一部)を海外で実施することが容易にできてしまいます。この場合に日本の特許権の効力が及ばないというのであれば、ネット系の特許は何でも容易に回避されてしまうことになり、特許を取得する意味がなくなってしまいます。
同じドワンゴ対FC2ではありますが、この裁判とはまた別の3月14日に地裁判決が出された裁判でも、この問題が論点になっていましたが、FC2のシステムはドワンゴの特許発明の技術的範囲には属しているが、クレームの構成要素の一部が日本国外で実施されているため、特許権侵害は成立しないという判断が行われました。日本でネット系の特許を取得する意味がなくなってしまったのではと特許業界に衝撃が走りました(関連過去記事1、関連過去記事2、関連過去記事3)。
今回の判決はこの3月判決とは逆の結論になったのですが、3月判決の裁判における特許はシステム(サーバーと端末の組み合わせ)に対するものであり、今回の裁判の特許は端末装置と端末側で稼働するプログラム(スクリプト)に対するものなので、両者を同じ土俵で考えることはできません。
さて、今回の控訴審の原審の2018年の地裁判決では、FC2のシステムがドワンゴの特許権の技術的範囲に属するかという争点(いわゆる充足論)において、非充足という結論が出てしまったために、一部国外実施については「議論するまでもなく」、ドワンゴ敗訴(非侵害)となっていました。ということで、今回の判決では充足論の判断もひっくり返ったわけで、それはそれで重要な話ではあるのですが、本記事では一部国外実施の議論に話を絞ります。また、今回の判決ではドワンゴ特許に新規性・進歩性があるか(いわゆる無効論)や損害賠償金額の算定(損害論)も論じられていますが、それも割愛します。
この裁判で対象となった特許は第4734471号と第4695583号です。動画にコメントをオーバラップ表示する際にコメントが重なって見にくくなることを防ぐための表示技術を備えた端末装置、および、表示方法を提供するプログラム(端末側で稼働)に関する特許です。侵害被疑物件であるFC2のシステムは、端末(クライアント)は当然ながら日本国内にありますが、サーバーはすべて海外にあります。
判決文は150ページと長いのですが、長いのは無効論の部分で、一部国外実施に関する裁判所の判断は割とあっさりしています。以下の引用部分(134ページ目あたりから)を読むと、よくわかります(太字は栗原による)。
要するに、一部国外実施であることを理由に日本の特許権が及ばないとまずいので、一部国外実施でも日本のユーザーが発明の恩恵を受けている等の条件を満足していれば国内実施と同等と考えましょうという柔軟な考え方を採用したということです。個人的には妥当と考えますが、柔軟すぎてちょっとびっくりでもあります。
なお、米国においては、一般にブラックベリー判決と呼ばれる判例により、サーバー等が国外にあっても米国特許権の直接侵害が成立し得るという考え方がほぼ確定しています。条件は、すべての装置が国内から制御可能、かつ、発明による利益を国内で享受しているということ等です。今回の判決もこれと似た考え方と思います。
なお、上述の3月に地裁判決があった方の訴訟も控訴審に進んでいることがわかっていますので、システムクレームの場合でも同じような考え方が適用されるかどうかは、大変興味深いところです。
実務的に言うと、少なくとも端末側で実行されるプログラムの視点で特許のクレームを組み立てれば、サーバーが国外にあっても権利行使可能という道筋が作られたことは、大変喜ばしいと思います。その一方でポイントとなる処理はすべてサーバー上で実行され、端末側ではブラウザーのみ稼働するという形態の特許発明の権利行使において、サーバーが国外に置かれている場合はどうなるかという課題は残ります。
もう少し詳しい分析は後日改めて行います。