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すしざんまい商標権訴訟の知財高裁判決文が公開されました

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:つのだよしお/アフロ)

少し前に「"すしざんまい"事件地裁判決の解説(知財高裁判決文公開時の予習として)」という記事を書いています。マレーシアで"Sushi Zanmai"という商標登録を行い寿司店を展開している会社のグループ企業(ダイショージャパン)が日本において、自社ウェブサイトで"Sushi Zanmai"の商標を使うことが、日本のすしざんまいの運営会社(株式会社喜代村)の商標権を侵害するかどうかという事案です。早くも知財高裁判決文が公開されましたので、お約束通り解説いたします。

既に報道されているとおり、結論は日本のすしざんまい側の敗訴(商標権侵害なし)です。前回の私の記事では、「日本の消費者が誤認混同するかがポイントという点には変わりはなく、被告のウェブ表示を具体的に検討すれば誤認混同は生じていないと判断したものと思われます」と書いたのですが、それは微妙に間違いで、誤認混同が生じているか(商標の出所表示機能が損なわれているか)という以前の話で、そもそも「商標の使用」に当たらないという判断でした(念押し的に商標の出所表示機能は損なわれない点も述べられてはいますが)。

判決文(注および太字化は栗原による)では、

本件各ウェブページは、日本からの食材の輸出という役務の広告というべきであり、仮に被告各表示を本件すし店(注:マレーシアのSushi Zanmai)の役務の広告であると考えた場合でも、当該役務は国外で提供される役務であるから、原告各商標の国内における出所保護機能を害するものではない。 したがって、本件ウェブページ掲載行為は、商標法2条3項8号(注:商品・役務の広告が商標の使用にあたるという定義規定)に該当しないから、被告が原告各商標を「使用」したということはできないし、実質的にみても、原告各商標権を侵害するものではない。

として商標権侵害を否定しました。「本件各ウェブページ」とは以下のような感じです(赤丸は栗原による)。

出典:ダイショージャパン社ウェブサイト(2017年7月時点)
出典:ダイショージャパン社ウェブサイト(2017年7月時点)

なお、訴えは商標法と不正競争防止法について行われており、地裁判決では商標権侵害が認められたことから、不正競争防止法については論ずることなく終わっていたのですが、知財高裁判決では、不正競争防止法についても商標と同様に「使用」に当たらないと結論づけています。

なお、これは一般的な結論ではなく、このケース特有の諸事情を考慮すればこういう結論になると言っているだけです。たとえば、以下のように判示されています。

しかるところ、前記のとおり、本件各ウェブページは、食材の海外輸出を検討する国内事業者に向けたものであると認められ、被告各表示は、本件各ウェブページの中でダイショーグループが海外で日本の食材を用いた飲食店チェーンを展開していることを示す際に使用されている。本件各ウェブページには、本件すし店の具体的なメニューの内容、価格など、一般消費者に向けて本件すし店の役務を知らせる内容は一切記載されておらず、 「事業内容」のページの被告各表示の下のリンクから誘導されるのは英文 のページのウェブサイトである。

なので、たとえば、仮にこのウェブページが日本の消費者に対して、商品や役務を広告するためのものであると認定されれば商標権侵害の判決が出てもおかしくなかったでしょう。

ところで、判決文では、WIPO(世界知的所有権機関)による「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」が引き合いに出されています。この勧告のポイントの一つは、「インターネット上における標識の使用を特定国における使用と認めるか否かについては、"商業的効果"の有無によって判断する」ということです。今回のケースでは(寿司レストランについては)商業的効果はないと判断されています。

一般論に話を移すと、特許でもそうですが、商標権も登録された国の中でしか有効ではありません(属地主義)。しかし、インターネットの世界では情報は国境を容易に越えていきますから、どう属地主義との折り合いを付けるかが問題となります。

特許の世界で言えば、ドワンゴ対fc2の裁判においてサーバーが海外にある場合の日本の特許権の効力について一定の指針が示されました。この指針はいずれ何らかの形で法文化される可能性が高そうです(関連記事)。今回のケースも商標についてのインターネットにおける属地主義の扱いについての指針の一つを示すことになるのではと思われます。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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