ドワンゴvsFC2特許権侵害訴訟のやや詳しい解説(1)
前回の記事には大きな反響がありました。判決の影響の大きさを考えると当然と言えるでしょう。本記事では、今後、この問題について考える上で前提となる基礎的な概念についてまとめてみました。この特許権の域外適用というテーマはちゃんと書くと本一冊書けてしまえるくらいの複雑なテーマなので、正しい議論を行う上での最低限の前提知識をまとめました。長くなるので2回に分けます。
特許制度における属地主義とは?
属地主義とは、特許権の効力はその国の中にしか及ばないという原則です。日本でも判例として確定しています。たとえば、ある物理的な物(たとえば、テレビ)が日本国内でしか特許化されていなければ、中国や米国においてその物の生産・販売を差止めすることはできません(禁止したければその国で特許を取るしかありません)。ただし、日本に輸入したタイミングで、税関で差止めることは可能です(税関で差止められなくてもその後の国内での販売を差止めることが可能です)。
物理的な物の特許については、属地主義は妥当と考えられますが、インターネットを使ったシステムの特許では、海外にあるサーバーで一部機能を容易に実施できますし、そもそも「輸入」という概念がなく、輸入を差止めることはできないため、問題となり得ます。
権利一体の原則とは
権利一体の原則(all element rule)とは、特許権の侵害の判断において、発明の構成要素すべてを実施していないと侵害とみなさない(正確に言うと「技術的範囲に属する」とみなさない)という原則です。特許法に明示的に書かれているわけではないですが、どの国においても当然のこととして扱われています。
たとえば、クレームにおいて、「~を行うコメント収集部と、~を行う動画表示部とを含むシステム。」のような書き方がされている場合、コメント収集部と動画表示部の両方を実施(使用・生産・販売等)しない限り、特許権侵害にはなりません(間接侵害等の例外ケースがありますが長くなるので割愛)。
今回の判決のポイントは
今回の判決をひと言で言うと、一部の処理が海外で行われるインターネットを使ったシステム特許発明の侵害の判定に、属地主義と権利一体の原則をそのまんま適用すると外観上は侵害ぽい状態(日本国内のユーザーに向けて日本で登録された特許発明に相当する処理を行っている)であるのに非侵害になってしまったという話です。発明の構成要素がすべて日本国内で実施されていないと日本の特許権の侵害にはならないというロジックです。
このような判断は以前から予測されていたものではあります。学説的には、「ネットワーク関連特許発明の一部海外実施については属地主義を柔軟に解釈すべき」という意見はあったのですが、そのような解釈はされませんでした。ついに「パンドラの箱」が開いてしまったという印象です。
今回のケースは米国で特許を取得すればよかったのでしょうか?しかし、侵害被疑者が米国以外の国でサーバーを稼働することも考えられます。特許制度が十分に機能していない新興国で稼働することも考えられます。また、クラウドの場合には稼働するサーバーが時々刻々と変わることもありますし、特にCDNや防弾ホスティングを使っていると、どの国で稼働しているかすらもわからないことがあります。さらに言うと、クレームの一部の構成要素が日本で、別の構成要素が海外で実施されている場合には、仮にその海外で特許権を取得していた場合でも、権利一体の原則により、どの国でも特許権侵害にならないと解釈される可能性もあります。要するに、伝統的な属地主義と権利一体の原則の考え方がインターネット時代に即してないことに尽きます。
なお、今回のケースでは問題になりませんでしたが、1つのクレームの複数の構成要素を複数の独立した主体(企業)が分けて実施している場合に、上記の権利一体の原則をどう解釈すべきかという問題もあります。クラウドの世界ではAPI経由で複数の独立したサービスを組み合わせて使うことが容易にできます。たとえば、クレームの一部の構成要素をGoogleの標準APIを使って行っていたらどうなるのでしょうか?Googleも一緒に訴えないといけないのでしょうか?これは、もう1つの「パンドラの箱」(かなり巨大)ですが、長くなるので議論は割愛します。
続きます。