阪神タイガースの名コンビ! 愛されキャラ「ミエちゃん」ことヨハン・ミエセス&橘佳祐通訳
■愛されミエちゃん
ヨハン・ミエセス選手がグラウンドに登場すると、すぐにわかる。そこに自然と輪ができるからだ。ミエセス選手もいろんな選手に絡んでいくし、ほかの選手もミエセス選手に寄っていく。
帽子をとってペコリと頭を下げたり、おどけた様子をしたり、見ているだけで楽しい。その愛らしい風貌やしぐさ、存在はチームみんなに愛されている。ミエセス選手がいるところには、いつも笑顔の花が咲く。
ドミニカ共和国出身のミエセス選手は、今年から虎の仲間になった。
■ビールかけでの“コント”、その裏話とは
岡田彰布監督もミエセス選手を愛するひとりだ。「ミエちゃん」と愛称で呼ぶ。
優勝祝賀会でのあいさつではコントのような掛け合いを繰り広げ、選手や裏方さんら会場のみならず、テレビやネットを通じて多くのファンも大爆笑させた。
『本日の主役』と書かれたたすきを着けていたミエセス選手と、それを見た岡田監督の掛け合いはこうだ。
「ミエちゃん、主役ちゃうよ、今日は」
「ソンナノカンケェネェ!」
「成績にちなんだ暴れ方をしてください」
「ソンナノカンケェネェ!」
ご存じ、お笑い芸人・小島よしおさんのギャグだが、実はこれには“前段”があった。舞台裏を明かしてくれたのはスペイン語の通訳、橘佳祐さんだ。現在、スペイン語圏の選手はミエセス選手だけなので、「ミエちゃん専属通訳」である。
「京セラでの円陣の声出しで、原口が噛んだことがあったんですよ。それで翌日、原口から『昨日の声出しがグダグダなってすみません』と言ったあとに『そんなの関係ねぇ』って言ってほしいという“ネタ提供”があったんです(笑)」。
当時、連日の声出し担当だった原口文仁選手がチームに笑いをもたらそうと一計を案じたのが始まりだったそうだが、それが大ウケだった。(参照⇒阪神タイガース公式instagram)
そのときは「そんなの関係ねぇ」の一言だけをミエセス選手に仕込んだ橘さんだったが、その後、「このネタやで」と小島よしおさんの動画を見せて言葉の意味や使い方も教えると、すっかり気に入ったミエセス選手は一連の流れと振り付けも完コピして、やたらと披露していた。
「ビールかけでちょうど(ギャグを)放り込めるタイミングだったし、言葉的にもマッチましたね(笑)。計算したわけじゃないんですけどハマりました」。
岡田監督の言葉もお互いの信頼関係がなければ、ただのキツイ言葉になる。訳すのかどうか、また、どう訳すか迷うところだ。
しかしミエセス選手が“いじり”を理解できると橘さんも瞬時に判断し、そのまま直訳したという。そして訳すと同時にとっさの判断で“キュー”を出した。
ミエセス選手も「素直に楽しかったです。お祝いの場だし、そういうところでいじってもらえるというのは、ありがたいこと」と、喜んで受け止めていた。その場で自身に求められていることが何なのかわかっている。
こうして、まるで台本があったかのようなコントが成立したのだ。橘さんのグッジョブだ。
■橘さんをお手本にコミュニケーション
誰からも愛されているミエセス選手だが、今季の成績は60試合の出場で打率.222、16打点、5本塁打で、主力選手ではない。
だが、お得意の“ギャルピース”が定着するなど、その風貌やキャラクターから、今や欠くことのできない存在だ。
ミエセス選手の周りには必ずほかの選手がいる。だから橘さんも傍にべったりつくのではなく、「アップのときはほぼ放っています。むしろ僕が通訳しない時間があったほうが、彼のためになるから」と、つかず離れずの距離で見守ることが多い。
しかし最初からそうだったわけではない。序盤は橘さんが傍にいて、通訳するとともに選手それぞれへの接し方の“お手本”を見せた。
そこからミエセス選手は「この選手にはこうやって絡めばいいんだな」「この選手にはこういういじりができるんだな」と学び、自然と溶け込んでいった。
「自分でコミュニケーションがとれるようになれば、僕は引く。これが理想かなと思います。ずっと横にいられるのも嫌でしょうし、その空気感は意識するようにしていますね。今はほかの選手との関係性ができて、いい雰囲気でやれています」。
そう言って目を細める。さすが、タイガース入団8年目のベテラン通訳だ。
■“野球以外で活躍する選手”は初めて
橘さん自身、小学2年から野球を始め、日本体育大学3年時にエクアドルに野球を教えに行った。JICA青年海外協力隊のボランティアとしてだ。卒業後にも2年間、コロンビアで活動を続け、スペイン語は現地で習得した。
2016年からタイガースのスペイン語通訳として活躍しているが、これまで投手ではマテオやドリス、野手ではゴメス、マルテら常にチームの主力選手に寄り添ってきた。
しかし今年のミエセス選手は「野球以外で活躍している」と、これまでの選手とは“立ち位置”が違う。
「沖縄(春季キャンプ)では、毎日の練習についていくのがいっぱいいっぱいだったと思います。ほぼ毎日、練習が終わって部屋に帰ったらそのまま寝て夜中に起きる、みたいな。くたくたになってました。彼からしたら、アップがすでにランニングメニューのようで、アップ30分くらいしたあとに何回も走るので、それだけでバテていました」。
シーズンに入るとキャンプのような練習はしないが、シーズン中の練習量は「余裕ができて、やらなきゃいけないこともわかってきたので」と序盤より増え、体力もアップしたようだ。
■日本で長くプレーするためのアドバイス
これまでの主力選手と違い、「レギュラーを獲ること」が目標になる。とともに1年でも長く日本で活躍したいとも願っている。その夢を、橘さんも一緒に追う。
「ミエセスも試合に出ていないことのほうが多い。主力ではない選手(の通訳)は初めてなので、試合に出られるにはどうするとか、今まで長く日本でプレーした選手がどういうことをしていたかとかはアドバイスするようにしています。長く日本に残りたいのであれば協力したい。とくに今年は先輩外国人がいないんでね」。
カイル・ケラー投手が唯一2年目で、あとは1年目の選手ばかりだ。教えてくれる外国人の先輩野手がいないのだ。橘さんの役割は自ずと大きくなる。
■橘さんのプランニングに乗れば間違いない
ミエセス選手は独立リーグ相手の練習試合でも積極的に出場し、試合後にはなんと室内練習場に直行する。ガンガン打ち込み、ひとしきり終わったら「オサキデース」と帰っていく。
実はこれも橘さんからのアドバイスだ。「1軍の試合で使ってもらうようになるには、これくらい練習しないと」と懇々と叩き込まれているのだ。
また8月24日、東京への移動日にウエスタン・リーグのオリックス・バファローズ戦(杉本商事BS舞洲)に出場し、逆転満塁ホームランをかっ飛ばしてから1軍に合流したこともあった。
これも橘さんが1軍とファームのスケジュールを照らし合わせ、「ここなら1軍の練習時間だから試合に出られるな。打席も確保できるし、守備にも就ける」と出場機会を見つけ出したのだ。
「いやいや、最終的に決めたのは彼ですから。僕はプランニングというか、彼の体力も考えて無理のない範囲でね」。
選択肢を提案し、判断は本人に委ねる。もちろん、ミエセス選手自身も“その気”でなければ実行しない。だが、自分のことを思ってアドバイスしてくれる橘さんを信頼してるから素直に聞き入れ、“その気”になるのだ。
ともに前に進むいい関係が築けている。
■通訳の仕事とは・・・
通訳という仕事は、ただ異国の言語を訳すだけではない。メンタル面も日々の生活においてもサポートしている。
「通訳している時間って、実は少ないんですよね。僕は、彼らがどうやったら気持ちよく過ごせるかというのを考えています」。
訳すときにもミエセス選手の気持ちを慮るなど、さまざま頭をめぐらせる。
「日本語から訳すとき、『ここは直訳じゃないほうがいいな』とか、その人との関係性やそのときの雰囲気など、その場その場で考えながら訳します。逆にヒーローインタビューも含めてスペイン語から訳すときは『この言葉を直訳したら、ファンの人はわかんないだろうな』というのは日本語っぽく訳したり。誤訳と言われたら誤訳かもしれないけど、やっぱりわかるように伝えたいというのがありますね。ほかの通訳もそうだと思いますよ」。
しかも、それを瞬時の判断で行う。もちろん野球の知識もなくてはならない。
ミエセス選手は橘さんのことを「チキート」と呼ぶ。スペイン語で「小さい人」という意味だ。
「(橘さんは)いろんなことを教えてくれる。これしなきゃいけないよとか言ってくれるんで、僕も早く覚えようと意識してやっています」と、絶大な信頼を寄せている。
ただ、その愛情表現が過ぎるときもあり、アップ中に急に担ぎ上げたり、ジャイアントスイングなど技を仕掛けてきたりもする。小柄な橘さんは「“怪獣”に襲われることがあるんで、準備はしとかないと(笑)」と、いつもストレッチなどで入念に体を整えている。
■居心地よい環境に
「チームに馴染んで楽しくやっている。僕はそこが一番嬉しい」と橘さんは笑顔で話す。
「僕だけじゃできることも限られる。選手からどんどん話しかけてくれたほうが僕も助かるし、本人もいろんな人が支えてくれていると感じると思う。4月にお父さんが亡くなったときも『なるべく絡んでやって』って選手にお願いして、みんなすごく絡んでくれた。居心地よくというか、『みんなが自分のことを好きだと思ってくれているんだな』という環境の中でやってほしいので、その橋渡しになれればいいなと思っています」。
橘さんにとって選手がみな年下なのもあり、頼みごともしやすいという。選手もまた、それに応えてくれている。
■イトハラが教えてくれる
ミエセス選手は糸原健斗選手とよく一緒にいる。練習に向かうときに報道陣に遭遇すると、おじぎをしなさいと後ろから頭を押さえられる。
「ほかのチームでも、自分より先輩がいたらイトハラが『頭下げろ』とか教えてくれるんで、助かっています。最高の人ですね」。
糸原選手の話になると、ミエセス選手は相好を崩す。大好きなのだ。
先日はちょうどタイガースガールズとすれ違い、そのときも「ミエ!」と糸原先輩の“指導”が入った。立ち止まってペコリとする姿に、彼女たちも感激していた。
■自分の役割を理解して、一生懸命やる
原口選手や糸原選手の影響の大きさを、橘さんも口にする。
「試合に出ていない彼らがベンチで声を出している。僕からも『年上が声出してんだから、お前も出せよ』って言えるし、ミエセスもよく声を出す。彼らがすごくいい背中を見せてくれている」。
そして、そうやって見習うミエセス選手の一生懸命な姿を「やっぱり活躍してナンボの世界。出番がなくても自分に何ができるか考えて、自分の役割を理解してやっている。そういうところはすごいなって思う。僕だったら不貞腐れちゃうかなと思うから」と讃える。
■日本の野球、日本の文化を勉強
技術的な部分でも、日本の野球ではフォークへの対応やピッチャーのクイックの速さなどに戸惑ったというミエセス選手だが、「練習からタイミングを早くとるとか、1日1日対応できるようにやっています」と真摯に取り組んでいる。
「日本の文化であるちゃんとした態度をするとか、そこは覚えた一つなので、そういう大事なことはしっかり続けていきたいです。野球人でいる以上、やっぱりチームのためになる選手というのが一番大事。これからも自分の成績だけじゃなく、チームのためになるようにやっていきたい」。
すっかり大和魂を会得しているようだ。
■ビールかけでの暴れ方にちなんだ成績で“主役”に
「あんなに成績を挙げてないのに愛されてるのは、すごいと思いますね(笑)。いじって、いじり返してくれるからいいんでしょう。自分からいける彼の人柄じゃないですかね。でも、今は野球以外で活躍してるんで、やっぱり野球で活躍できる選手になってほしいですね」。
橘さんの願いは、ミエセス選手の目標でもある。ポストシーズン、そして来季は「ビールかけでの暴れ方にちなんだ成績」をして、野球で“主役”になることを期待したい。
(撮影:筆者)