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10代で同級生を殺めた女性を全身全霊で演じて。現場はほぼ独房状態、一番しんどかったシーンは?

水上賢治映画ライター
「赦し」に出演した、松浦りょう  筆者撮影

 17歳のとき、クラスメイトを殺めてしまった女性と、彼女に大切なひとり娘の命を奪われた元夫婦が7年の時を経て、向かい合う。

 殺人の加害者と被害者という相容れない立場にいる3人は、果たして冷静に現状を踏まえて分かり合うことなどできるのだろうか?

 こんな永遠に答えなど出るはずのないテーマに果敢に向き合うのが、日本在住のインド人監督、アンシュル・チョウハンの映画「赦し」だ。

 その中で、10代で殺人の罪を犯した福田夏奈という難役を演じることになったのが新進女優の松浦りょう。

 取り返しようのない大きな罪を犯した人物を演じる中で、彼女は何を考え、何を感じ、何を思ったのか?

 想像もできない状況にいる夏奈という人物を監督から託され、ひとつの覚悟をもって挑んだ松浦に訊く。

「赦し」に出演した、松浦りょう  筆者撮影
「赦し」に出演した、松浦りょう  筆者撮影

独房にいる夏奈と同じような孤独な状況を現場から

 今回は全4回連載の本編インタビューに続く番外編。

 撮影の舞台裏について話を続ける。

 まず、アンシュル・チョウハン監督の演出を受けてみてどんな感想を抱いただろうか?

「『この人の演出を受けてみたい』という思いがありましたから、まずその場に立てたことに感謝しましたし、実際、わたしにとって大きな経験になりました。

 その中で、ありがたかったのが、アンシュル監督が、わたしが夏奈に入り込めるような状況に現場からしてくださったこと。

 独房にいる夏奈と同じような孤独な状況を現場から作ってくださいました。

 楽屋も1人でしたし、共演者の方とも極力話さないような環境を作ってくださいました。

 常に孤独に身をおくような環境にしてくださったんです。

 だから、ものすごく夏奈を演じることに集中できましたし、夏奈と同じような孤独な環境の中にいたので、変に切り替える必要がないというか。

 現場の環境からすんなりと、そのままシーンに臨めるような感覚がありました。

 ただ、監督から1回怒られたことがありました。

 フラッシュバックのシーンなんですけど、夏奈と同級生の子が一緒にいるシーンがあります。

 あの場面の撮影のとき、やはり同世代の子たちなので、ちょっと仲良くなって一緒におしゃべりしちゃったんです。

 そうしたら、監督から呼び出されて、『きみはこっちにいなさい、話しちゃダメ』と、お叱りを受けました。

 わたしも気がちょっと緩んでしまったと反省したんですけど、それぐらい徹底して夏奈のいる孤独な環境を現場で作ってくださいました。

 監督のこの配慮で、ほんとうに役に入りこみやすかったし、夏奈という人物の気持ちに近づけた気がします」

「赦し」より
「赦し」より

個人的に一番きつかったシーンは?

 精神的にかなりきつい撮影だったことが想像できるが、個人的に一番きつかったシーンはどこだろう?

「夏奈が独房で怯えているシーンでしょうか。

 あのショットに関してはアンシュル監督から『まだいける、まだいける、まだまだいける、もっともっといけるだろう』と言われ続けて、自分もなんともいえない恐怖の感覚に襲われていって過呼吸になるぐらいになって自然と涙があふれでていた。

 もう泣いて目も腫れ上がったんですけど、とても効果的なシーンになっていて、頑張ったかいがあったと思いました。

 みていただければわかると思うのですが、高校生時代のフラッシュバックのシーン以外は、法廷と独房、面会室といずれも限られた空間のほぼ密室で、なんともいえない息苦しさがある。

 その上、現場では常に一人でいることを課せられていた。

 なのでいま振り返ると、かなり精神的にはきつかったと思うんですけど、演じる上ではこの現場での苦しさや孤独や息苦しい空間というのがいい方向に作用してくれて、役を演じる上での大きな力になってくれました」

共演者の尚玄とMEGUMIの印象は?

 では共演者の話を少し。尚玄とMEGUMIにはどんな印象を抱いただろうか?

「尚玄さんは撮影が終了するまで一切口をきいてくれなかったんです。

 挨拶をしても、『お疲れ』というぐらいで素っ気ない。

 だから、わたし、なにかをした覚えはまったくないんですけど、『なにかやらかしたか?』とか『もしかして嫌われている?』とか思っていたんです。

 ただ、違っていて、終わってからおっしゃってくださったんです。『役作りであえてそうしていたんだよ』と。

 つまり克と夏奈の関係、立場を考えると、役であったとしても現場で接触しない方がいいと尚玄さんは判断して、そうしていたようで。

 だから、克と夏奈の対面シーンは、あのような緊迫感のある魂がぶつかりあうようなシーンになったのは尚玄さんのおかげだと思います。

 (撮影後、わたしのことを考えてくれて)ありがたいという気持ちと同時に、嫌われていなかったんだと、ほっと胸をなでおろしました(笑)。

「赦し」より
「赦し」より

 それから、MEGUMIさんに関しては、あの対面シーンが、わたしのクランクイン初日のシーンだったんです。

 いきなりあの重要なシーンだったんです。

 自分なりに夏奈を徹底的にリサーチして下準備をし尽くして、臨んだんですけど、とはいえ初日ですべてが手探り状態。

 しかも、監督から本番中に突然、『かいつまんで4分の1ぐらい減らそうか』となった。

 もうその時点でわたしは完全にてんぱってしまって、自分のことだけで精一杯……。

 MEGUMIさんと一対一のシーンなのに、正直なことを明かすと、MEGUMIさんを目の前にしていながら、どう向き合っていたとか記憶がないんです。それぐらい自分のこと以外はほんとうに考えられない状態になっていた。

 ですが、あのシーンは映画の中でも特に好きなシーンの一つなので、今となっては良い思い出です」

「赦し」より
「赦し」より

アンシュル監督はほとんど褒めてくれないんですが、1度だけ褒められました

 では、監督からなにかかけられた言葉はあっただろうか?

「アンシュル監督はほとんど褒めてくれないんですよ。

 でも、撮影中、1度だけ褒めてくれたんです。

 裁判のシーンが終わったあとに、『すばらしかった、ほんとうに頑張っている』とすごく褒めてくださいました。

 このときはほんとうにうれしかったです」

【「赦し」松浦りょうインタビュー第一回はこちら】

【「赦し」松浦りょうインタビュー第二回はこちら】

【「赦し」松浦りょうインタビュー第三回はこちら】

【「赦し」松浦りょうインタビュー第四回はこちら】

「赦し」ポスタービジュアル
「赦し」ポスタービジュアル

「赦し」

監督:アンシュル・チョウハン

出演:尚玄 MEGUMI 松浦りょう 生津徹 成海花音 藤森慎吾 真矢ミキ

公式サイト:https://yurushi-movie.com/

全国順次公開中

場面写真およびポスタービジュアルは(C)2022 December Production Committee. All rights reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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