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10代で同級生を殺めた女性を演じて。表現できるか不安になる難役に「がむしゃらに全身全霊で」

水上賢治映画ライター
「赦し」に出演した、松浦りょう  筆者撮影

 17歳のとき、クラスメイトを殺めてしまった女性と、彼女に大切なひとり娘の命を奪われた元夫婦が7年の時を経て、向かい合う。

 殺人の加害者と被害者という相容れない立場にいる3人は、果たして冷静に現状を踏まえて分かり合うことなどできるのだろうか?

 こんな永遠に答えなど出るはずのないテーマに果敢に向き合うのが、日本在住のインド人監督、アンシュル・チョウハンの映画「赦し」だ。

 その中で、10代で殺人の罪を犯した福田夏奈という難役を演じることになったのが新進女優の松浦りょう。

 取り返しようのない大きな罪を犯した人物を演じる中で、彼女は何を考え、何を感じ、何を思ったのか?

 想像もできない状況にいる夏奈という人物を監督から託され、ひとつの覚悟をもって挑んだ松浦に訊く。全四回。

「赦し」に出演した、松浦りょう  筆者撮影
「赦し」に出演した、松浦りょう  筆者撮影

「夏奈をわたしは演じ切れるのだろうか?」と不安に

 前回(第二回はこちら)と同様に、作品の話を続ける。

 作品には、7年前に高校生だった娘の恵未をクラスメイトに殺害されて以来、酒に依存して現実逃避を重ねていまだに立ち直れていない樋口克と、その元妻でいまは新たなパートナーと暮らす澄子、そして、恵未を殺害した罪で懲役20年の刑に服す加害者の夏奈という3人が主要人物が登場。

 夏奈に事件の事実認定の正当性をめぐる再審公判が決定したことから、彼らは再び顔を合わせることになる。

 娘の大切な命を奪った夏奈に対しての克の憎しみはいまだに消え去っていない。対して、元妻の澄子は早く過去を拭い去りたいと願う。

 その一方で、獄中で自身が犯した罪と向き合う夏奈は、被害者遺族の感情やフラッシュバックするトラウマなど、さまざまなことで思い悩む。

 被害者の感情と加害者の感情がぶつかり合うような物語になっている。

 この中で、夏奈をどうとらえて演じようと考えたのだろうか?

「オーディションに受かったことも、アンシュル監督の作品に出られることが決まったこともすごくうれしかった。

 だから、最初はもう喜びでいっぱいだったんですけど、その後、すぐに不安に駆られたんです。『夏奈をわたしは演じ切れるのだろうか?』と。

 というのも、夏奈の境遇は恵まれているとは言い難い。

 のちのち明かされますけど、学校生活もクラスメイトとの関係もうまくいっていなかった。それはいまでもフラッシュバックで記憶が甦るぐらい心に深い傷となって残っている。そして、彼女が罪を犯した理由にもつながっている。

 10代で刑務所に入って、いまも塀の中にいる。

 逆境に中にい続けた彼女を、彼女と比べればものすごく恵まれてここまでやってこれているわたしが演じ切れるのか、ものすごく不安な気持ちになった。

 完全にマイナス思考になって、演じる自信を失いかけてしまいました。

 耐えきれなくなって、相談しました。アンシュル監督に。『わたしは夏奈を演じ切れるでしょうか?』と。

 すると監督からは、『自信を持ちなさい。とにかく役作りをしっかりなさい』と言われて。

 それで目が覚めて、どう演じようとかではなく、まずは夏奈という人物について考えられるだけ考えて彼女を知ろうと思いました。

 理解できるとかできないとかも関係なくて、とにかく彼女自身をちゃんと受けとめて知ろうと思いました。

 たとえば、彼女のことを知ろうと思ってやったことをあげると、わたしは殺人を犯したことも刑務所に入ったこともない。

 ですから、殺人を犯してしまった方のインタビュー記事をとにかく見漁りました。

 それから完全に再現はできないんですけど。刑務所内のタイムスケジュールに合わせて生活をしてみました。

 たとえば起床時間・就寝時間を合わせたり、食事の内容を近づけてみたり、電子機器に触れないようにしたりもしました」

「赦し」より
「赦し」より

がむしゃらに全身全霊で

 そういったことをした上で、どう演じようとかあまり考えず、アンシュル監督の指示にしたがって現場で出てきたものを大切に演じようと思ったという。

「自分がどう演じようとか下手に考えるよりも、アンシュル監督のアドバイスをきちんときいて、がむしゃらになって全身全霊で演じようと思いました。

 わたしのすべてを出し切ってベストを尽くすことだけを考えました」

 確かに夏奈は下手な小細工は通用しない役といっていい。覚悟を決めて演じるしかなかった。

 そうした過程を経て、夏奈と向き合って感じたことはあっただろうか?

「彼女は超えてはいけない一線を超えてしまって、人を殺めてしまった。

 その行為が許されることはないし、彼女に一生付きまとうと思います。

 ただ、その過ちから彼女は苦しいですけど逃れようとはしていない。真剣に向き合っている。

 ほんとうにとんでもないことをしてしまったと思っているし、なんでこんなことをしてしまったのか、後悔してもしきれなくて自分自身をひどく責めている。

 誰にもほとんど会うことのない刑務所の独房にいて、己と向き合って、自身の犯した罪について日々考えている。

 ただ、その彼女の反省の気持ちや後悔の念は誰かに伝わるものでもなければ、報われるわけでもない。

 それは当然な事ではあるけれども……。

 夏奈も『赦し』とは何なのか考え続けたと思いますけど、わたしも彼女の役作りを通して、映画のタイトルにある『赦し』について、とても考えさせられました」

(※第四回に続く)

【「赦し」松浦りょうインタビュー第一回はこちら】

【「赦し」松浦りょうインタビュー第二回はこちら】

「赦し」ポスタービジュアル
「赦し」ポスタービジュアル

「赦し」

監督:アンシュル・チョウハン

出演:尚玄 MEGUMI 松浦りょう 生津徹 成海花音 藤森慎吾 真矢ミキ

公式サイト:https://yurushi-movie.com/

全国順次公開中

場面写真およびポスタービジュアルは(C)2022 December Production Committee. All rights reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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