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トランプが世界で最も愛する男はキム・ジョン・ウン

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(376)

水無月某日

 史上初の米朝首脳会談は米国内に賛否両論を巻き起こした。外交の常識から言えば、北朝鮮の非核化が曖昧なのに米国の譲歩はとてつもなく大きく見えるからだ。

 また首脳会談でトランプ大統領は金正恩委員長を優秀で信頼できる政治リーダーとして国際舞台に登場させた。これまで米国が残酷な独裁者として非難してきた人物を言葉の限りを尽くして褒めたたえたのだからメディアは戸惑いを隠せない。

 今月初めにトランプ大統領が会談の「中止」を通告する書簡を金正恩委員長に送った時、ほとんどのメディア、官僚、学者らはトランプの逆鱗に触れ金正恩は窮地に追い込まれたと分析したが、フーテンは「書簡はトランプから金正恩に送られたラブレター」と断じた(6月3日付ブログ)。書簡を素直に読めばそうとしか読めなかったからである。

 ソ連崩壊後に「欧州の冷戦は終わってもアジアの冷戦は終わらせないのが米国の国益」とする従来の戦略に捉われた人々は、米国が上から押さえつける形で北朝鮮の非核化を達成するのが米朝首脳会談だと考え、その思考から抜けられない。だから書簡を素直に読むことが出来ず、トランプは怒っていると的外れの分析になる。

 しかし書簡は「あなたの周辺が私の周辺に敵意を見せたので今回は中止するが、あなたには会いたい。連絡が欲しい」というのだから、フーテンに言わせればまるでロミオとジュリエットである。金正恩は早速とてつもなく大きいサイズのラブレターを米国が国際テロの首謀者と認定した人物に託しトランプに届けさせた。

 シンガポールでの会談はフーテンの見方を裏付けてくれた。この二人には余人に伺い知れない感情の交流がある。顔を合わせたのはシンガポールが初めてでも、それまでに相当密度の高い意見交換を行い、双方が相手の考えを尊重する段階に達した結果として首脳会談は開かれたとフーテンは感じた。

 従って首脳会談で二人が署名した「共同声明」は大枠を示したものに過ぎず、実際に話し合われたことはまだ表に現れていない。氷山は海面上に見せている大きさが全体の6分の1であるが、それと同じように我々に見えている情報の5倍くらいの知らされていない情報があるはずで、外交とはそういうものである。

 その意味で首脳会談後に行われたトランプ大統領の1時間を超える記者会見は実に興味深いものだった。記者たちが問題にしたのは非核化のやり方である。CVID(完全で検証可能で不可逆的な非核化)を主張してきた米国がなぜ北朝鮮の主張する段階的な非核化を認めたのかという疑問だ。

 しかし考えれば分かることだがCVIDは軍事的に制圧して占領でもしない限り難しい。リビア方式を言う人もいるがリビアはまだ核兵器を所有していなかった。北朝鮮は既に核兵器を所有しているのだから同じことが同じように出来るはずはない。非核化は北朝鮮の申告を信頼する以外に方法はなく、信頼できないのなら戦争して占領するしかない。

 会見でトランプは戦争になれば2000万人が死ぬと言った。かつてクリントン時代に北朝鮮は核兵器を持っていなかったが原子力発電所を米国が空爆しようとしたことがある。その時に言われたのは100万人が死ぬとの見通しだった。それに比べ10倍以上の被害が出るとトランプは認識している。

 トランプが認識しているならペンタゴンも軍も同様の見通しを持っていることになる。つまり軍事オプションは現実にはできないと米国は判断している。であればCVIDは絵に描いた餅に過ぎない。ただ米国が世界を一極支配しなければならないと考える人たちは米国の力を過信し、上から押さえつける形の非核化が出来ると思っている。

 しかしトランプは米国の一極支配をやめるために大統領選挙に出馬し大統領になった人物である。だから金正恩を信頼してしか完全な非核化は成し遂げられないと考える。おそらく金正恩は首脳会談前に非核化への工程を詳細にトランプに説明したのだと思う。それをトランプは信じた。疑えば戦争する以外に方法はないからだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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