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防衛増税の実施前に衆議院解散。するといつ総選挙?

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
2021年10月14日に解散を宣した際の衆議院本会議場(写真:アフロ)

12月27日に、岸田文雄首相は、テレビ番組で、防衛費増額のために増税を実施する前に衆議院の解散・総選挙を行う意向を示したという。

「首相、防衛増税前に衆院解散 具体的時期触れず」(共同通信)

防衛費増額のための増税は、「令和6年以降の適切な時期」に実施する、と既に閣議決定している。その詳細は、拙稿「43兆円の防衛費、結局どう決着したのか。2023年度からの5年間の防衛政策を占う」で述べたところである。

岸田首相は、「スタートの時期はこれから決定するわけですが、それまでには選挙はあると思います」と述べたが、具体的な時期には触れなかったという。

もちろん、今の衆議院議員の任期は2025年10月30日なので、それまでには増税の実施時期を決めるということではあるだろう。

衆議院総選挙の時期の可能性

では、衆議院総選挙はいつになるだろうか。税制改正や予算編成のスケジュールから占ってみよう。

まず、岸田首相が増税前に衆議院の解散・総選挙をちらつかせることで、与党内では、増税に表立って反対しにくくなるだろう。既に増税の方針は、「令和5年度税制改正の大綱」で閣議決定しており、増税に露骨に反対すれば、選挙時に公認がもらえないということにもなりかねない。2005年9月の「郵政選挙」のことが思い出される。

それを踏まえると、可能性として考えられるのは、増税時期を決める直前に衆議院を解散するか、増税のための法改正を国会で可決成立させた直後に衆議院を解散するか、ということだろう。

税制改正論議は、最速では2023年夏に議論して秋の臨時国会で法改正を可決成立させるという可能性がある。しかし、来夏の与党内の議論は、今年末の議論を見ていると、意見が大きく割れる恐れがある。党内の対立を抱えたまま、増税時期を決めるのが難しいとみれば、先に選挙後に増税時期を決めることを公約にして衆議院を解散し、選挙に勝てば、その直後に増税時期を決める、ということが考えられる。「郵政選挙」の時は、郵政民営化を公約にして衆議院総選挙に臨み、選挙後に郵政民営化法案を可決成立させた。岸田首相肝いりである2023年5月19~21日のG7広島サミットでの成果を掲げての衆議院総選挙ということにもなりえる。

ただ、増税時期を決めることを公約にして選挙に臨むのは、増税を忌避する有権者には受けが悪い。選挙に負ければ、増税は実施できないという危険もある。

そうなると、もう1つの可能性として、増税のための法改正を国会で可決成立させた直後に衆議院を解散する、ということもあろう。

増税の実施時期の可能性

これは、増税の実施時期をいつにするかとも関連が出てくる。岸田首相が12月8日に、防衛費増額のための増税の方針を示した際、こう述べていた。

令和9年度以降、防衛力を安定的に維持するためには、毎年度約4兆円の追加財源の確保が必要となります。その約4分の3については、歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入を活用した防衛力強化資金の創設など、様々な工夫を行うことにより賄うことといたします。その上で、様々な御議論がありましたが、残り約4分の1の約1兆円強については、国民の税制で御協力をお願いしなければならないと考えております。

出典:首相官邸「総理の一日 政府与党政策懇談会」(2022年12月8日)

つまり、2027年度以降1兆円強の増税が必要であるという認識である。

「令和5年度税制改正の大綱」で閣議決定されている、2024年以降の適切な時期と重ね合わせると、早くて2024年から、遅くとも2027年度からの増税ということになる。

防衛費増額のための増税には、法人税、所得税、たばこ税の3つが閣議決定されている。これらを3つ同時に増税を始めなければならないというわけではない。増税のタイミングをずらして実施することもありうる。

ただ、岸田首相の発言を踏まえると、これら3つの税のうち、最も早く増税を始める時期よりも前に衆議院を解散することにしないと、発言と矛盾するだろう。そう考えれば、3つの税のうち最も早く増税を始める時期よりも前に解散・総選挙ということなのかもしれない。

3つの税のうち、法人税の増税が最も大きい。増税で賄う1兆円強のうち7000~8000億円をこれで賄う予定にしている。その増税に直面するとみられるのは、一部の大企業で、ほとんどの中小企業は増税されないと見込まれている。とはいえ、法人税の増税を直後に控える形で衆議院総選挙となると、増税を忌避する有権者には受けが悪いだろうから、たばこ税の増税とか悪い印象を受けにくい増税を始める時期よりも前の衆議院総選挙ということになるのかもしれない。

ちなみに、所得税で増税を予定しているものの、実質的には増税ではない。なぜならば、今ある復興特別所得税の税率2.1%のうち、1%分を防衛費の財源にするというだけで、トータルで2.1%の税率で課税するところは何も変わらないからである。

増税できるタイミング

増税するとしても、税率を変えられるタイミングは税目によって異なる。

このうち、法人税は、企業の決算期との関連で、多くの企業が3月決算であることを踏まえて、通常では4月1日から新税率に移行する。所得税は、1月~12月の所得に対して課されるため、1月1日から新税率が適用されることが多い。たばこ税は、特にこの日からという定めやしきたりはなく、過去には4月1日からの増税もあれば、10月1日からの増税もあった。

増税を定めた法改正は、これに合わせて行われる。法改正は、施行日からずいぶん前に決めてもよいし、直前に決めてもよい。ただし、過去にさかのぼって新税率を適用することはまず行われない。わが国は租税法律主義をとっている。

法改正してすぐに実施したい場合は、法人税なら1月から開催される通常国会で法改正を行って、4月1日に施行するということも過去にはあった。ただ、所得税だと、法改正を通常国会で審議して可決されても、その年の1月からの課税には間に合わないから、次の年以降から実施されることになる。特に所得税の場合、給与などは毎月源泉徴収されているから、法改正を過去にさかのぼって新税率等を適用するのは困難だ。

では、いつから増税を実施するか。そしてその前にいつ衆議院を解散するのか。

前述のように、税制改正論議は、最速では2023年夏に議論して秋の臨時国会で法改正を可決成立させることになる。確かに、2024年1月からの所得税やたばこ税の増税は、このタイミングでの法改正なら可能だろう。

しかし、来年秋の臨時国会で法改正して直後に衆議院の解散・総選挙というのでは、実施時期まで間がない上に、11月から12月の予算編成が予定される時期に総選挙を実施することとなって、予算案の成立が遅れて2024年度予算の執行に支障が出る恐れがある。

予算への影響を押してでも衆議院の解散はありえなくはないが、そこまで押すかどうかが問われるだろう。

来年秋冬の解散がないとすれば、次にありうる可能性はいつなのか。それは、増税のための法改正を

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慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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