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日本人には決して語れない「黒人としてアメリカで育ち、生きること」ニューヨーカーのリアルな声(1)

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
NYブルックリンで黒人差別のデモに参加した親子。(6月7日撮影)(写真:ロイター/アフロ)

ジョージ・フロイドさんの死亡事件で、今もなお根強く残る黒人や人種差別、警官による度重なる理不尽な暴力や権力の悪用など、アメリカが抱える社会問題が改めて浮き彫りになった。

筆者はアメリカに住んでいることから、この問題について聞かれることがある。しかし人種差別、とりわけ黒人差別問題の議論は一筋縄でいかない。ストップ・アンド・フリスクは黒人が不当に対象となることが多い新型コロナの被害者は黒人が多いなど事実やデータ、歴史を元にした話ならいくらでもできる。

しかし、アジア人としての数少ない差別しか受けたことがない私が、黒人の気持ちを代弁したところで説得力はないに等しい。

人種であれ性差やLGBTであれ、そもそも差別とは体験してこそ初めて自分ごととして理解できる。他人が悲しみに寄り添うことはできても、当事者にでもならない限り真の思いを計り知ることは難しい。

日本のテレビ局が今回のデモ報道のミスリードをしたことが叩かれた。問題のイラストやアンティファに関する情報、適切でない人に取材をしたなどの情報を見たが、制作側が現地での受け止められ方やリアルな現状を知らずに発信したことが伝わってきた。ステレオタイプのイメージとネット情報を鵜呑みにして人種問題に片足突っ込んだ状態で見切り発車をした結果だろう。

(今回のデモ活動に参加している人全員が反人種差別を訴えているのかと言えば、必ずしも目的はそれだけではないのは、現場に足を運んだからこそわかること。これについては長くなるので本稿では割愛)

実際に体験してこそ、拳を上げることに説得力が増す。そこで私にできることは、ニューヨーカーのリアルな思いや実体験を拾い上げることだと思った。ニューヨークに住む人々に、今回のデモや実体験、気持ちについて聞いてみたので、何回かに分けて届ける。

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

(*注:上の画像はすべてニューヨークで発生した抗議活動からのものです。下記インタビュイーのトーマスさんと直接の関連はありません)

ニューヨーカーのリアルな声(1)

トーマス・ロビンソンさん・40歳・高校教師

ジョージ・フロイド氏の死亡事件について知ったとき、私はぞっとし、怒りそしてそこはかとない不安を感じた。あの場にいた通行人は止めるように叫んだが警官は微動だにせず、ほか3人の警官の誰1人として人道的な行動を取らなかったのは、とても信じられないことだった。映像を観て本当に気分が悪くなった。近年、テクノロジー(スマホでの録画やSNSでの拡散)のおかげで世界が少し小さくなり、腐敗問題がより透明性を帯びてきた。しかしあのような残虐な行為は、例え被害者が亡くならなくても解雇されて当然だと思う。

デモは何年も続いているムーブメントの必要な燃料になっていると思う。今はまだ学期中で忙しく私は参加できていないが、あと2週間で夏休みに入るので参加したい。一方、 略奪や暴動は一部の少数派によるものだと思う。友人家族との会話でも話題に上ったが、極悪警官が少数いるのと同じという話に私も納得した。現況を悪用して略奪したり、手が届かなかった物を得る機会に利用し悪事を働いた者もいるのだろう。暴動が起こったことで、フロイドさんの死亡事件の責任所在追及、システミック・レイシズム*、警察による暴力など諸問題の議論が十分になされることなく、人々の注目が分散してしまった。

(* Systemic Racism:人種別による貧富の差や教育の機会の不平等など、アメリカですでにシステム化された制度的人種差別)

黒人が平等に見られ扱われ尊重されるには、政策の変更と教育が必要だ。また警察は、迅速に責任を取って然るべきだ。政策の変更とは、チョークホールド(首の圧迫)の禁止や、スタンド・ユア・グラウンド法(公共の場での正当防衛法)などの撤回や改定など、長年見て見ぬ振りをされてきた警官よる暴力、職権乱用、悪しき司法システムがなくなるための法律の見直しのこと。それらのシステムが改善されるまで、抗議活動が続くことを望んでいる。

黒人として生まれ育ってきた自分の人生を振り返ると、これまで何度も警察から不当に扱われてきた。

1つは私が20代のころ。黒人2人と白人6人の友人グループでバーで飲んだ後、しばらく駐車場でたむろし立ち話をしていた。そのときバーの中で喧嘩があったとかでバーのオーナーが911コール(緊急通報電話)をしたようだ。8台のパトカー、総勢16人の警官が目の前に現れ、私を拘束した。すべてが突然の出来事で、私は自分に何が起こっているのかよく飲み込めなかった。自分たちは少し酒が入った状態で、ただじゃれあっていただけなのに、私が喧嘩の当事者で友人と言い争いをしていると判断されたのだ。事情聴取もされぬまま、手錠をかけられ、連行された。拘束されたのは2人だけで、驚くことにその2人とは、私ともう1人の黒人の友人だった。犯罪歴もないし何も罪を犯していないので翌朝に釈放されたが、これは明らかにレイシャル・プロファイリング*にあたることだ。

(* Racial Profiling:警察が犯人の特徴を人種で推測し、故意に黒人や有色人種のみ捜査を行うこと)

トーマスさんと息子さんの近影。(本人提供)
トーマスさんと息子さんの近影。(本人提供)

また結婚して子どもができ、家族で州立公園のスイミングホール(自然の小川を利用した遊泳場)に行った時のこと。そこは身分証明書や事前登録が必要で、30組しか入れないような、入園者がしっかり管理されている施設だ。泳いだ後、山を少し下ったところに車を駐車していたので私だけ先に戻っていたが、家族を迎えに車で山を上がることにした。スイミングホールから駐車場までは1本道になっていて、当時まだ幼かった息子が妻に見送られ1人で山道を降り、車に乗り込んだ。子どもの1人歩きは禁止されているが、少しの距離だったため危険はないと判断してのことだ。遠くからその様子を見ていた男女2人の警官が私の車に近寄り、息子をなぜ1人で歩かせたのか危機管理に問題があるといちゃもんをつけ、息子が私の実の子かを確かめたいと、身分証明書の提示を求めてきた。

2人の警官のうちアグレッシブなのは1人の男性警官だけだった。職務質問を受け、遊泳中にトランクに保管していた貴重品の中にある身分証明書を取りに車を降りたときも、警官の手はずっと腰元の銃に置かれ、わざとちらつかせるそぶりを見せた。私がトランクを開ける瞬間も相手にとっては一触即発かのような状態で、私はとても緊張した。またこれら一連の出来事は人前でさらされたため、私は動揺し、深く傷ついた。興味深かったのは、その警官は私たち家族が泳いでいる間中、離れた場所からずっと観ていたということだ。私はそのスイミングホールを訪れていた唯一の黒人だった

つづく

(Interview, text and some photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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