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大坂なおみ帰国会見「自身のアイデンティティについてどうお考えですか」 インタビュアーとして思うこと

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
凱旋帰国の記者会見を行った大坂なおみ選手。(写真:ロイター/アフロ)

私は普段、インタビューをする仕事がメインだ。通訳もたまにしている。インタビュアーとして、日本の出版社時代は日に2、3組、4年間でトータル400組ぐらい、来る日も来る日もプロのミュージシャンを相手にインタビューしてきた。

ニューヨークに来た今、インタビュイーの対象がミュージシャンからアメリカ人の起業家やショップオーナー、アーティストなどへ変われど、今でも丁寧にインタビューし、そこから得た情報をもとに記事をおこすことは、私の仕事の大切な軸だ。

9/13、大坂なおみ選手が凱旋帰国し、記者会見を開いた。マスコミの質問について「どんな写真をインスタに載せたいですか?」「好物の抹茶アイスは食べましたか?」など、テニスと無関係の質問が続出したと、否定的な意見があるようだ。

私は、そのような質問は度を越さない限りよいと思う。ファンも知りたがっていると思うし、場の雰囲気も和み、インタビュイーもリラックスする効果がある。

ただ一つだけ、これはかなり難しい質問だと思うものがあった。アイデンティティについての質問だ。

「海外で、大坂さんの活躍や存在が古い日本人像を見直したり考え直すきっかけになっていると報道されているが、自身はアイデンティティを含めて、その辺をどのように受け止めているか?」

私はインタビューの質問内容を練る際、「自分がこの質問をされたらどう答えるか?」と自問自答しながら考える。そして自分が聞かれて答えられないもの、意味がわかりにくいものは内容を再考する。

だからそういう意味で、先の質問は意味がよくわからなかった。そして、あの場で通訳をしていたら、すごく困っただろう。なぜならどういう答えを想定しての質問なのか、どういう答えを引き出そうとしているのか、質問の本質や意図がよくわからない、だから訳しきれない。

まず、前置きが長く、その内容がぼんやりしていたのが敗因だ。「海外」とは「どこの国?」と思ったし、「~というような報道」や「その辺」も、わかるようでよくわからない説明だと思った。質問は抽象的にするのではなく、具体例をあげて、詳細や「なぜなら」というサポーティングアイデアを添えて質問するべきだと思うし、アメリカの記者会見などを見ても、普段の質問でも、だいたいそのようにされることが多い。

そもそも大坂選手はテニスに優勝して記者会見をしているのだから、彼女もあの場でアイデンティティについて質問を受けるとは思っていなかっただろう。

(ちなみに、通訳は「メディアでは、あなたのパフォーマンスや勝利が(...)古い日本人像をリマインドさせると報道しているものもある。それらのコメントについてどう思うか?ご自身のアイデンティティについてどう思うか?」と訳しているように聞こえた)

だから「待って、私が古い日本人像っていうこと?」「え、テニスに関して?」と逆質問をしていたし、その逆質問を受けて、

「テニスというよりも、古い日本人像、日本人の間に生まれた人が日本人という古い価値観があると思うが、大坂選手の活躍で、バックグラウンドが報道される中で、そのような価値観を変えよう、変わろうという動きも出ていると思う」

と補足されたことに対して、「それが質問なの?」とやや怪訝そうにしていた。

記者も他社からは出ないオリジナリティのある質問をしようと意気込んで記者会見に臨んだだろうから全否定するつもりはないけれど、やはり自分が聞かれたらどう答えるか、そしてどのような答えが出てくるか、ある程度の答えを予想した上で、具体的事例を説明しながら質問していたら、大坂選手ももっと答えやすかったはずだ。

もう一つ。

日本にいると、どうしても「日本vs海外」という対立軸でものを考えがちだが、アメリカではそのような考え方はなく、いったんアメリカに到着したらその瞬間から誰もがアメリカ人として扱われる。観光中であれ道をバンバン聞かれるし、英語は話せて当たり前だと思われている。(なんてったってアメリカ人と思われているから)

だから、私も普段自分のアイデンティティについて考えることはめったにない。あなたは何人か? 何語を話すか? と聞かれたら、「日本人です」「日本語を話します」と答えるけど、そんなことはあまりこちらの人は気にしない。「お客様扱い」もしてこない。

よっぽど日本人には理解しがたい意見や言動があったとか、よっぽどおいしい日本食や日本独特の侘び寂びに触れて、「あぁこの味や侘び寂びがわかる日本人でよかった」と思うときに、唯一アイデンティティを意識するくらいだ。

逆に、16年間もアメリカに住んでいると、久し振りに日本に一時帰国した時に、丁寧すぎるサービスやおもてなしに躊躇したり、日本人がしないジェスチャーをして友人にからかわれたり、外国人観光客を差別するような何気ない発言に嫌悪感を抱いたりして、ちょっとした逆カルチャーショックを受けることはある。

アメリカ人のマインドにもなりきれないし、かといって100%日本人のマインドでもなくなっているし、結局のところは「少しアメリカナイズした日本人の心を今でも持つ自分」という表現が、私のアイデンティティを説明するのに1番妥当かもしれない。

ちなみに大坂選手が全米オープンで優勝したにもかかわらず、授賞式で「あのような試合展開になって申し訳なく思う」と言ったり、「試合をしてくれてありがとう」とセリーナ・ウィリアムズ選手に律儀にお辞儀したのを観たときは、「なんて礼儀正しい、素敵な大和撫子なのだ」と誇りに思った。

また、授賞式で大坂選手がトロフィーを一瞬落としそうになって、彼女が持っていた紙を係の人がピックアップしてフォローに入った場面がある。彼女はそのときの「とっさの行動」でペコリと頭を下げた。あれは日本人特有のもので、アメリカ人ならまずしない。私はあのようなとっさの動きにも彼女の中にある「日本人」を感じた。

(ちなみに、アメリカ在住歴の長い日本人曰く、「うちのハタチの娘もあのペコリはします。アニメの影響で、ミレニアル世代にとってあれはクールなことのようです」とのこと)

大坂選手のことを日本人ぽいと思う人、日本人ぽくないと思う人、パースペクティブによっていろんな意見があるかもしれない。しかし、大坂選手自身が「私にとって、私は私」と言っている以上、アイデンティティについての議論はやめて、彼女の言葉や思いに敬意を表すべきだろう。

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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