<シリア>「思い出消さぬ」すべて女性のスマホ修理店 戦火の人々にとってのスマホの意味(写真11枚)
◆スマホは命綱のようなもの
内戦下のシリアの人々にとって、スマートフォンは私たち以上に意味を持つ。以前、現地を取材していた際、ひっきりなしにスマホに見入る人の光景を、あちこちで見かけた。
「友達がフェイスブックにメッセージをくれた。今日も無事でよかった」
「砲撃が激しくなった。逃げる準備をしなくては」
離れ離れになった親戚や友人の安否確認や、近くに迫る戦闘の状況を確認していた。スマホは、命綱のような存在なのだ。
今年4月、シリア北西部イドリブに、新しいスマホ修理店がオープンした。店員も技術スタッフもすべて女性だ。私は地元記者の協力のもと、ネット回線を通して取材した。(取材・構成:玉本英子/アジアプレス、協力:ムハンマド・アル・アスマール)
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◆避難民の元家庭教師 修理スタッフに
店の名はフラワーテックセンター。壁には花が飾られ、奥の作業部屋には電流計や工具など機器が並ぶ。スタッフは20人。地元団体が、女性の雇用確保のためにプロジェクトを立ち上げ、オープンにこぎつけた。
修理・保守担当のバヤン・ダルドゥーラさん(23)は、以前は家庭教師だったが、爆撃で家が破壊、避難民となり、仕事を失った。2カ月間、修理やプログラミングの研修を受けた。
「厳しい生活のなか、収入の道が開けたうえに、新しいことに挑戦できてうれしい」と話す。
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◆女性の働く場が増えれば
反体制諸派が実効統治するイドリブでは、イスラム武装組織が影響力を拡大してきた。黒いヒジャブをかぶり、全身をすっぽり覆う姿が目立つようになった。高い教育を受けた女性にとっても、就ける仕事は少ない。
ドゥア・ラマダンさん(24)は6年前、戦闘機の空爆で弟を亡くした。家族の生活を支えるため、この仕事を選んだ。
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毎月の給料は決まっておらず、収益を全員で分配する。地元では、彼女たちの取り組みを否定的な目で見る男たちが一部にいる。しかし、女性客からの反応は良く、宣伝で広がれば、軌道に乗ると店は期待する。
イドリブではアサド政権エリアの携帯電話会社の回線は遮断されている。このため、住民は隣国トルコの通信回線でネットに接続する。通信費は、安価なプランだと1か月1ギガで2ドル(約220円)。速度の速いWi-Fi ルーターも普及している。
日本のLINE(ライン)のようなアプリのワッツアップ、テレグラムを利用し、遠くに暮らす親戚や友人と連絡を取り合う。
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◆「大切な思い出を手元に残したい」
スマホには、たくさんの大切なメッセージや写真が詰まっている。ところが女性たちは、これまで修理に出すたびに、データを削除していたという。他の店の男性店員が客のチャット記録や写真をのぞき見る例が相次ぎ、付きまといの被害にあった女性客もいたからだ。
フラワーテックセンターが開店すると、
「これで安心して修理に出せる。これまでの大切な思い出を手元に残しておける」
との声が寄せられた。
◆戦火の市民の記憶刻むスマホ
家族や友人の笑顔、暮らしてきたわが家と故郷の景色。戦火のなか、写真アルバムや手紙が焼失した人も少なくない。戦争は人間の命だけでなく、これまで刻んできた思い出まで消し去ってしまった。
スマホに詰まった記憶は、この過酷な内戦で誰もが見つめてきた、いくつもの悲しみでもある。いつの日か、人びとの写真がいっぱいの笑顔となる日が来ることを、私は心から願っている。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2021年6月22日付記事に加筆したものです)