「危険運転」で懲役4年確定 大津・飲酒逆走事故で9歳男児亡くした父の思い
1月5日、私のもとに、判決の確定を知らせるメールが届きました。
『本日午前中に検察から連絡があり、昨日(1月4日)付けで懲役4年の判決が確定したとのことでした。控訴の可能性が高いと覚悟しておりましたので、ホッと胸をなでおろしました』
差出人は、2019年5月5日のこどもの日に、飲酒による逆走事故で当時9歳だった次男・心誠(しんせい)くんを亡くした富山県の父親(48)です。
危険運転致死罪で起訴されていた京都市の菅宏史被告(42)は、飲酒運転をしたことは認めながらも「過労や睡眠不足の影響が否定できない」として、罪の軽い過失運転致死などの適用を求めていました。そのため、心誠くんの両親は『被告が控訴してくる可能性が高いのではないか……』と、年末年始を不安な思いで過ごしていたのです。
メールはこう続きました。
『この裁判で、酒の影響があったことを認め、危険運転致死罪が適用されたことは意義のあることだと思います。一方で、飲酒運転という悪質な事故で奪われた心誠の命、未来に比べ、懲役4年という刑期はあまりに短く、現状には問題を感じております』
■飲酒運転でセンターラインを越え、逆走してきた加害者
この事故については、判決直前の2021年12月、以下の記事で報じました。
5月4日で終わってしまった日記 飲酒事故で愛息奪われた両親が法廷で訴えたこと - 個人 - Yahoo!ニュース
事故は、2019年5月5日午前0時50分ごろ、滋賀県大津市北比良の国道161号志賀バイパスで発生しました。
この日、助手席に妻、後部座席に長女と次男の心誠くんを乗せて、京都に住む長男のもとへとワゴン車を走らせていたお父さんは、突然、センターラインをはみ出して迫ってくる対向車のライトに気付いたと言います。
「危険を感じたときには約50mまで迫っていたと思います。私はとっさにブレーキを踏みつつ、ハンドルを左に切りました。しかし、対向車は回避行動を取ることもなく、私の車の運転席側面に当たり、そのまま後部座席右側のスライドドアに斜めに衝突したのです」
子どもたちはきちんとシートベルトを装着していたため、車外に放出されることはありませんでした。しかし、運転席の後ろでスライドドアにもたれながら眠っていた心誠くんは、頭部に衝突の衝撃をまともに受け、脳挫傷で間もなく死亡が確認されたのです。
■飲酒運転は認めたが「飲酒の影響」を否定した被告
上記記事にも記したとおり、事故前の被告の行動、事故後の捜査、そして、刑事裁判での被告の主張には、さまざまな問題がありました。
そのひとつは、被告のアルコール検知までに事故から3時間半もかかったため、検出された血中アルコール濃度が低く、「危険運転致死罪」に当たるか否かが争われたことです。
結果的に裁判官は「過労や睡眠不足の影響が否定できない」という主張は退け、飲酒が事故に影響したことを認めましたが、事故から判決までの2年7か月間、遺族はどのような思いでこの刑事裁判に参加し、何を感じてきたのか……。
今回の実刑確定を受け、心誠くんのお父さんに伺いました。
■遺族として今回の刑事裁判をどう受け止めたか
1)懲役4年の実刑判決に思うこと
大西裁判長は判決に約1時間半かけて、被告人側が争ってきた多数の論点に対し、精査した結果を丁寧に説明されました。
そして、被告人に対しては、
といった言葉を、時折声を詰まらせながら語りかけておられました。
被告側の弁護人は、弁論で、
という発言をしていたのですが、これに対し、裁判長から飲酒運転による危険な運転行為が原因で発生した事故で結果は重大であると指摘してもらうことができ、胸がすく思いでした。
4年という刑期には不満がありますが、危険運転致死罪が認められたことは大変意義があったと思っております
2)事故から判決までの2年7か月という時間
本件事故は、被告から検出された飲酒量が比較的少ない中、異常運転を記録していた道路カメラ、後方を走っていた方の目撃証言、法医学者によるウィドマーク法(*下記1参照)を用いた血中アルコール濃度の推定、裁判所主導で事故現場周辺を走行した現場検証結果などの証拠を総合的に判断されたものです。
しかし、被告側が「過失」を主張してきたため、実刑判決が確定するまでに、事故から2年7か月、初公判から1年7か月かかりました。その間、苦痛を味わい続けるというのは、被害者遺族にとってはあまりにも負担が大きすぎると感じています。
今回の結果を得るまでたくさんの方々のお力添えがありましたが、それがなければ、心が折れていたと思います。
- ウィドマーク法/犯行直前の飲酒量と体重から、ある一定時間経過後の血中アルコール濃度を求める算出方法
3)裁判官による異例の現場検証について
裁判所主導で現場検証を実施していただいたことも、危険運転致死罪で判決を下す上で重要なウエイトを占めたと思われます。
実際に裁判官に現地を走ってもらったことで、
との主旨で結論づけられたのです。
4)検察、裁判官等への思い
担当していただいた3人の検察官は正義感のあふれる方々でした。飲酒量だけを見ると危険運転の適用が非常に難しいとのことでしたが、一つひとつ証拠を積み重ねてくださった結果、危険運転致死罪での起訴に至りました。
また、事故直後から悲嘆にくれる私たちに寄り添い、捜査を進めていただいた大津北警察署の皆さん、救命に尽力してくださった大津赤十字病院の皆さん、警察や救急車を呼んでくださった方、救急車が来るまで寄り添っていただいた看護師さん、被告人の走行状況や飲酒状況について証言してくださった方、皆さんに感謝しています。
5)「被害者参加制度」について
「被害者参加制度」を利用して、毎回裁判に出廷することができました。被告人質問、情状証人尋問、意見陳述ができたことはよかったと思います。
過去に、この制度を作ることに尽力された被害者遺族や被害者の方々に、感謝しています。
6)飲酒運転なのに「過失」を主張した被告に思うこと
被告人には「飲酒はしたけれども、酒(アルコール)が事故の原因ではない」という主張が誤った考えであることを理解し、本当の意味で反省してほしいです。
また、被告人の妻に対する情状証人尋問では、事故原因の考え方が被告人と同じであることが分かりましたが、飲酒運転に対するこうした誤った考えは改めていただきたいと思います。
加害者のアルコール濃度は、本人の受傷の種類、程度にもよるかとは思いますが、可能な限り速やかに実施すべきだと思います。
飲酒運転は故意であり、少量の飲酒でも運転能力に影響があることを踏まえ、一律「危険運転」にしてほしいという思いを一層強くしました。
■少量の酒でも運転に支障は出る
多くの飲酒事故被害者や遺族の声を受け、成立した「危険運転致死傷罪」ですが、実際にはこの罪名で起訴されるケースは少なく、酒を飲んでいたことが明らかであっても、基準値に達していなければ大半は「過失」とされてきました。
例えば、下記の記事の後半で取り上げた事故では、加害者の外国人が「飲酒、無免許、無車検、逆走、ひき逃げ」という極めて悪質な運転の末、大学生を死亡させていますが、検察は危険運転ではなく、過失運転致死罪で起訴しました。
夫の命奪った加害者が、過去にも死亡事故……データが示す「事故を繰り返す」運転者の実態 - 個人 - Yahoo!ニュース
こうした事案から見れば、今回の大津地裁の下した判決は、画期的な内容と言えるかもしれません。
しかし、飲酒した事実がはっきりしているにもかかわらず、「飲酒は事故に影響がなかった」という主張によって裁判がここまで長引き、遺族が苦しめられるという現実については大きな疑問を感じざるをえません。
もし、「少量の飲酒なら大丈夫」「酒気帯びの基準値(0.15mg/l)以内なら運転に支障はない」と思い込んでいる人がいるなら、財団法人交通事故総合分析センターが出している『イタルダ・インフォメーション』(72号)の特集、「ちょっとのお酒なら大丈夫なの !?」を読んでみてください。
数々の実験結果が紹介されたうえで、最後にこう締めくくられています。
本件の事実認定の詳細については、改めてお伝えできればと思います。