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管制官とパイロットの交信の暴露と、なぜカスピ海の対岸で墜落?英雄のパイロット。アゼルバイジャン機事件

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
素晴らしい技術をもった墜落機の機長、副操縦士、パーサー。スレッズより

一部が暴露された管制官とパイロットのやり取り

アゼルバイジャン航空の旅客機が、カザフスタンのアクタウ市付近で墜落。少なくとも38人が死亡した。

ロシアの防空システム「パーンツィリS」の地対空ミサイルによるものだとの見方が一般的になっている。

そんな中、ロシアの有力なテレグラム・チャンネル、VChK-OGPUは12月26日、J2-8243便のパイロットと、着陸予定だったグロズヌイ(ロシア・チェチェン共和国首都)の航空管制官とのやりとりの一部記録を公開した。本物かどうかは確認されていない。

それによると、同機は、原因不明だが、何回か着陸拒否を受けた(おそらく濃霧のためと考えられている)。

そして機長は、GPS信号を失ったと報告した。彼は出発地点であるバクー(アゼルバジャンの首都)に戻ることを決めた。

その時、午前8時16分、機長は鳥との衝突による激しい衝撃を報告した。その直後に、パイロットは機体の操縦困難と油圧システムの損傷を報告した。

パイロットは隣接するロシアの2つの空港、ミネラルニエ・ヴォディ空港とマハッチカラ空港への着陸許可を何度も求めた。

――ここまでで、その後どうなったかは不明である。仏紙『ル・モンド』が報じた

もしこれが本物なら、ロシアの管制に関わる仕事をしている人の中に、真相は世の中に明らかにならなければならない、潰されてはいけないと、義憤にかられた方がいたのだろうか。

秘匿性の高いテレグラムとはいえ、言論の自由がない国の上空で交わされたやり取りで、勇気のある行動だと感じる。

(それとも、カザフスタン当局に回収されたブラックボックスから、大変素早く暴露されたのだろうか)。

なぜカスピ海の対岸へ?

上記の話は、生存者の一人が、濃霧だったグロズヌイ上空で、飛行機は2度着陸を試みたが、三度目に何かが爆発した、という証言と一致する。

その後、J2-8243便は、カスピ海を越えて、隣国カザフスタンに向かっている。パイロットはそこに進むように指示されたと考えるのが、自然である。

しかし、対岸にあるアクタウ空港は、450キロも離れている。前述のロシアの2つの空港はもっと近い。ミネラルニエ・ヴォディ空港は240キロ、マハッチカラ空港は140キロだ。

アゼルバイジャンの軍事専門家で、ソ連のSu-24大型戦闘爆撃機の元パイロットのアギル・ルスタムザデ氏は、同紙に述べた。

「間違っていることを望みますが、大破した飛行機をカスピ海上空に送るという命令は、証拠を隠滅するという緊急性によるものです」

彼は、近くにあるロシアの2つの空港には、深刻な損傷を負った民間機を直ちに受け入れる義務があったと指摘する。

アゼルバイジャン政府筋は、ユーロニュースに対し、パイロットが緊急着陸を要請したにもかかわらず、損傷した航空機はロシアのどの空港にも着陸できず、カスピ海を横断してカザフスタンのアクタウへ向かうよう命じられたと語った。

データによると、飛行機のGPSナビゲーションシステムは、海上飛行経路全体で妨害を受けていたという。

機体の操縦に使われていた油圧システムが急速に劣化した中で、パイロットたちは時間との戦いになった。

ルスタムザデ氏は、「機体がコントロールを失うのは時間の問題でした。パイロットが人命を救うことができたのは、彼らの英雄的な行為の証しです」と語った。

もし機体が海に落ちていたら、ブラックボックスの回収も機体の回収も、困難を極めただろう。戦争などを理由に、人々が忘れるほどに時間がかかる要素はいくらでもある(一番下の「追記2 カスピ海の主権と状況について」参照)。

搭乗者は全員亡くなり、生存者の証言も、機内の様子を撮ったスマホの映像も、すべて海の中に消えていただろう。

素晴らしい技術をもつパイロットの奮闘

パイロット二人は、本当に立派だった。悲惨なことに亡くなってしまった。

乗務員は5人。機長のイゴール・クシュニャキンさん、副操縦士のアレクサンドル・カリャニノフさん、パーサーのホクマ・アリエワさんの3人は、不時着の際に死亡してしまった。

しかし、不幸中の幸いで、他の2人の客室乗務員、ズルフガル・アサドフさんとエイダン・ラヒムリさんは生き残り、26日に病院で治療を受けていると、ユーロニュースは報じた。

スレッズより。機長(中)、副操縦士(左)、パーサー(右)。筆者によるスクショ。
スレッズより。機長(中)、副操縦士(左)、パーサー(右)。筆者によるスクショ。

これはアゼルバイジャン航空の発表によるもので、墜落した飛行機には、アゼルバイジャン国民37人、カザフスタン国民6人、キルギスタン国民3人、ロシア国民16人が搭乗していた。 そして38人が死亡したという。

クシュニャキン機長は1万5000時間以上の飛行経験があり、そのうち機長としての飛行時間は1万1200時間という、大ベテランだった。またカリャニノフ副操縦士は、確実な情報ではないが、おそらく軍隊出身のようである。

専門家によると、機長と副操縦士は、大きく損傷した飛行機をカスピ海を越えて飛行させ、アクタウ空港の滑走路のわずか3キロ手前で不時着させるという素晴らしい操縦技術を発揮したという。

航空専門家は、墜落現場と飛行機の残骸の映像に基づくと、機体の左水平尾翼が破片で穴が開いたように見え、おそらく舵の操作を含む、油圧システムのほとんどを失ったと結論付けた。

操縦士は、機体を制御するために、速度を変えざるを得なかった。速度を上げるために機首を下げたり、減速するために上昇したりした。その結果、いわゆるフゴイド運動、あるいは振動と呼ばれる現象が発生したことが示されている。

パイロットには飛行機を軟着陸させるという選択肢がなかったようで、フレア――着陸の前に機首を上げることもできずに、不時着を試みざるを得なかった。そして亡くなってしまった。

アゼルバイジャン航空はアゼルバイジャン・トレンド通信に対し、機体の最後の完全な技術検査は昨年10月に実施されたと語った。

2013年に製造されたこのエンブラエル190型機(4K-AZ65)は、墜落事故までに合計9949回の着陸と約1万5257時間の飛行を行っていたという。

なぜ上空を閉鎖していなかったのか

英国公共放送BBCによれば、アゼルバイジャンとカザフスタンの当局者で構成される事故調査委員会は、おそらくすでに、ロシアの防空システムが関与していることを示す証拠をつかんでいるとみられるという。

それでもまずは、ロシア側がそのことを公表するのを待っていると思われる。

ほとんどのロシア国営メディアは、鳥との衝突が墜落の原因であるという公式見解を報道している。

プーチン大統領の元顧問であるセルゲイ・マルコフ氏は、ウクライナのドローンが墜落させたか、あるいはチェチェン地域におけるウクライナのドローン攻撃に呼応してチェチェンの防空網が墜落させたと主張している。

ロシア南西部チェチェン共和国は今月すでに、ウクライナのドローン(無人機)攻撃を複数回受けている。

12月25日の朝、北コーカサスでウクライナの空爆が行われ、ロシアの対空防衛が厳戒態勢にあったことは確認されている。

それならばなぜ、ロシアは領空を閉鎖しなかったのだろう。

CNNニュースによれば、この墜落は、ウクライナの無人機攻撃がロシア南部を襲った直後に起きた。ドローンの活動により、過去にもこの地域の空港が閉鎖されていた。飛行機の飛行経路上にある最寄りのロシアの空港は、25日水曜日の朝に閉鎖されたという。

全体的に報道は「誤射」という方向に向かっている。当たったのは破片と報道されているが、そうなのだろうか。乗客の中に狙われた人物がいたのではないかという、初期に少しだけ報道で出た疑念は、どうなったのだろう。答えを与えている報道は、現段階では見られない。その線は無くなったということだろうか。

亡くなった方のご冥福と、負傷者が回復することを祈ると共に、徹底的な真相解明を望んでいる。

12月26日、アゼルバイジャンのバクーの空港に到着した人々が、旅客機墜落事故の犠牲者の遺体が入った棺を運んでいる。
12月26日、アゼルバイジャンのバクーの空港に到着した人々が、旅客機墜落事故の犠牲者の遺体が入った棺を運んでいる。写真:ロイター/アフロ

12月26日は、犠牲者を追悼する、国家が喪に服す日となった。首都バクーの政府庁舎の半旗。
12月26日は、犠牲者を追悼する、国家が喪に服す日となった。首都バクーの政府庁舎の半旗。写真:ロイター/アフロ

【追記1】日本の飛行機がカスピ海を渡る件について

一般にはあまり知られていないが、現在、日本―西欧の飛行機路線で、多くの西側の飛行機がカスピ海上空を渡っている。

以前は、ロシア上空を飛んでいた。しかし戦争でロシア上空は飛ばなくなったので、西側の飛行機は、北に迂回して北極方面を飛ぶか、南に迂回してカスピ海の上を飛ぶか、どちらかになっている。

筆者の経験ではすべて、日本→西欧は北迂回で、西欧→日本は南迂回だった。以前に歓談で航空会社の人に聞いたところ、「その時による」という返答だったが。

(ただ、西欧の南、例えばイタリアのローマと日本の往復なら、元々ロシア上空は飛んでおらず、元々南のほうを飛んでいるかもしれない。また、筆者の経験はすべて羽田か成田なので、西日本の場合はどうかは知らない)。

この事件を聞いた時、ギクッとして、どうかただの事故であってほしい、バードストライクであってほしいと願った。あまりにも恐ろしかったからだ。

今、飛行機が打たれたのは、ロシアの領内、チェチェン共和国の上空の線が濃厚になってきたと知り、不謹慎にも少し安心したのだが、でもやはり恐ろしい。

この写真は、筆者が2022年6月に、ルフトハンザでフランクフルトから羽田に飛んだときのものである(以下の写真同)。

このフライト案内画面は、大変精密というわけではないのだが、大体はあっている。この便は、今回の痛ましい事件で機体が不時着したアクタウの近くを飛んでいることがわかるだろう。

この後も筆者は何度も西欧ー東京を往復しているが、記憶に間違いがなければ、東京行きは、すべてカスピ海の上を飛んでいた。もっとカスピ海の南のほうかもしれなかったが・・・。

実はこの画面写真をとった日、筆者は、上空から見たカスピ海地方の美しさに心を打たれていた。山脈と水路の織りなす絶景であった。人生で初めて見た素晴らしい光景だった。

実は筆者が怖いと思っていたのは、カスピ海ではなく、黒海のほうだった。

西欧→東京行きの飛行機は、筆者の体験からは、すべてトルコを沿うように黒海の上を飛んでいたと記憶している。

黒海の上を飛んでいる様子がわかる。右にカスピ海が見える。
黒海の上を飛んでいる様子がわかる。右にカスピ海が見える。

トルコの街の名前と場所がうつされている。
トルコの街の名前と場所がうつされている。

黒海をトルコ沿いに飛ぶ。もっと外側(海より)を走っている画面も、他社で見たことがある。
黒海をトルコ沿いに飛ぶ。もっと外側(海より)を走っている画面も、他社で見たことがある。

この写真のフライトは、戦争が始まって初めて日本に戻るときだった。

筆者は怖くなり、乗務員に「すみません、質問があります。批判をするつもりではありません。この黒海の上を飛ぶ航路は、今回はたまたまそうなのでしょうか。それとも戦争が始まってからはいつもこうなのでしょうか」と尋ねた。

ところが、たまたま音がうるさくなってしまい、乗務員に何度も「え?すみません聞こえません」と聞き返された。繰り返す度に筆者の英文は短くなっていき、最後には「黒海!」と単語で叫んでいた。

するとメガネをかけた、痩せ型で背の高いドイツ人男性乗務員は、急にこわばったまじめな顔つきになり「わ、私は、黒海はロシア領だとは思いません」と答えたのだった。隣の陽気なイスラエル人は、「いいね!」をゼスチャーで示して、にっこり笑った・・・。

聞きたいのはそれじゃないんで、席を移動して聞いたら「はい、いつもこの航路です」との答えだった。

黒海も今でも怖いのだが、カスピ海はもっと怖くなった。もう、美しいとか、そんなことは言っていられない。

ちなみに、ある西欧に住む友人は、日本への帰国時に中国のエアーに乗っているという。おそらく北京で乗りかえていると思うが、「中国のエアーはロシアの上を飛んでいるよ」と言っていた。

航空会社は既に対策を立てていることと思うのだが、どうかどうか、何とかして頂きたい。


【追記2】カスピ海の主権と状況について

カスピ海について、もし機体がカスピ海に墜落していたら、どうなっていたのだろう・・・と思った。

というのは、カスピ海というのは変わっていて、「海」と名前はついているが、実際は巨大な湖のようなものだからだ。

「カスピ海は誰のものか」というのは、ソ連崩壊以来の超難問であった。

カスピ海には、300兆m3ものガスが埋蔵されていると言われる。

昔は、ソ連とイランしかカスピ海に面していなかったので、二国間条約で済んでいた。冷戦終了でソ連の各共和国は独立し、沿岸国の数が5カ国に増えた。ロシア、イラン、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタンである。

カスピ海は法的に空白地帯となっていた。ガスだけではなく石油の地下資源もあり、軍事的な緊張が起こっていたという。

20年以上交渉を重ねたのち、やっと2018年8月12日、第5回カスピ海サミットで、5カ国は条約に調印した。内容は大ざっぱにいうと、海上は国際水域として、海底は領土としてゾーンで分けるという、二つのやり方を適用したのだ。カスピ海独自の決まりをつくったと言える。

ということは、もし墜落した機体が海に浮いていれば国際水域の扱いを受け、海底に沈んでしまえば「領土」の扱いを受けていたのだろうか。機体の部位が落ちた場所によって、異なる国の国家主権が及ぶことになってしまったのだろうか・・・。

当時この合意では、すべての紛争を終結させるものではないと考えられたが、法の空白地帯に合意が出来ただけでも大進歩であり、長年の緊張を和らげるのに役立つと期待された。

ロシアは大幅に妥協したのだが、この合意により、第三国がカスピ海に軍事基地を持つことが禁止されたので、この地域におけるロシアの軍事的優位が強固になると予想されていたのだった。

ウクライナ戦争が起き、今回の墜落事件が起きたのは、そのようなカスピ海の情勢下であった。

参考記事(2022年7月):中央アジアで影響力を失っていくロシア。制裁でEUへのガス輸出にチャンス到来。カスピ海会議は隙間風?

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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