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なぜ犯人はドイツのクリスマス市を襲撃したのか:厳格派のイスラム教を捨てた者が、極右に共鳴するとき

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
事件現場の近くに置かれた沢山のぬいぐるみやキャンドル、献花。12月21日。(写真:ロイター/アフロ)

12月20日、ドイツのマクデブルグのクリスマス・マーケットで、痛ましい惨劇が起きた。

ある男が、レンタカーで、クリスマス市の非常用入り口(救急車や消防車用)から中に突っ込み、ジグザクに走らせて、3分間で子供を含む5人を殺害し、数十人を負傷させた。男は現行犯逮捕された。

男はサウジアラビア出身の50歳で、タリブ・アブドゥルモフセンという人物だ。

(ドイツでは、容疑者のフルネーム公開は避けるという報道規範に従って、「タリブ・A」と言われる)。

事件直後は、男の出身地がサウジアラビアと知るやいなや、イスラム過激派による犯行との決めつけが多かった。しかし、実際は恐ろしく複雑そうなことが伝わってきた。まだまだわからないことが多い。

一体、男はどんな人物なのだろうか。

彼はイスラム教徒だったが、信仰を捨てた人である。

自らを、元イスラム教徒でサウジアラビアの反体制派であると称した。彼は「X」(旧ツイッター)の熱心なユーザーで、彼のアカウントには、約4万7000人のフォロワーがいたという。

大変複雑な話になるので、まず最初に要約をお伝えしたい。

――要するに、(タリブ・A)容疑者は、ドイツ当局が宗教的、あるいは政治的理由で国外に逃亡するサウジアラビア人に、十分な保護を提供していないこと、そして、中東からのイスラム難民に寛大であることを批判したのだ――と、フランス通信(AFP)の記事では説明している。

内容がまったく矛盾していることが、おわかり頂けるだろう。

容疑者は、イスラム教がとても厳格な国から逃れてきた人物だ。

サウジアラビアは、イスラム教の中でも特に厳格な、宗教純化を唱えるワッハーブ派を国教としている(スンニ派に属する)。特に女性に厳しいことで有名だ。そして、絶対君主制の国と言われ、要職を王族が占めている。

だから「自分と同じように逃れてきた人達は、十分な保護を受けていない。もっと庇護を提供するべきだ」というのは理解できる。

しかし、「イスラム難民に寛大でありすぎる」とは、まったく逆の主張ではないだろうか。ドイツにはもっと寛大になって、逃れてくるイスラム教徒に保護を与えてほしいのではないのか。なぜ寛大なことを批判するのだろう。

2009年4月24日、サウジアラビアの首都リヤドで行われたリヤド文化遺産祭に、ベールをかぶった同国人女性が出席。
2009年4月24日、サウジアラビアの首都リヤドで行われたリヤド文化遺産祭に、ベールをかぶった同国人女性が出席。写真:ロイター/アフロ

彼の言い分には、欧州の極右思想の影響が見られるし、実際にドイツの極右「ドイツのための選択肢(AfD)を支持していたという。

欧州の極右は、基本的には、キリスト教文化のアイデンティティを基にしている白人の集団である。サウジアラビア出身の彼がなぜ支持するのか。

タリブ・A容疑者は、2006年にドイツにやってきて、2016年に難民認定を受けた。既に18年間もドイツに住んでいる。

精神科と心理療法の専門家で、襲撃が起きたマクデブルクの南約40キロのベルンブルクで開業していた。

欧州メディアでの露出を希望する

タリブ・A容疑者は、Xのアカウントに、主に反イスラム教のテーマについて、毎日投稿や再投稿をしていた。彼はイスラム教を批判し、信仰を捨てたイスラム教徒を祝福していた。

彼についての手がかりは意外に多い。なぜなら彼は、ドイツだけではなく、フランスやイギリスなどの複数の有名メディアに、インタビュー取材されていたからだ。自分の活動を宣伝するために、彼のほうから積極的にメディアに接触をはかったからだ。

例えば、容疑者は抑圧から逃れるイスラム教徒の女性を助けるサイトを立ち上げて、英国公共放送BBCの取材を2022年に受けている。

BBCのサイトより。タリブ・アブドゥルモフセン容疑者。筆者によるスクショ。
BBCのサイトより。タリブ・アブドゥルモフセン容疑者。筆者によるスクショ。

彼は、特に母国サウジアラビアにおけるイスラム教とその女性の扱いを積極的に批判していた。ドイツで「We Are Saudis」(wearesaudis.net)というウェブサイトをつくり、サウジアラビアや、その他の湾岸諸国から逃れるサウジ活動家や元イスラム教徒を支援するために利用していた。

彼は、家族から逃れようとする若いサウジ人女性から、頻繁にアプローチを受けていると語った。

また「1日10時間から16時間くらい、時間があれば、サウジアラビアの庇護を求める人のために時間を使っている」、「アラブの国で、今のところ、私に助けを求める元イスラム教徒がない国は、オマーンだけである」とも語っている。

同国は女性への厳しい抑圧のある国だ。2018年まで女性が車を運転することが禁じられていた、世界で唯一の国だったことは有名だ。

公共のイベントで男女が同席することを禁じられているし、女性はほとんど全ての活動で男性の後見人による許可が必要となる。

ただ、最近では制約の緩和が進んでいる。女性の教育に対する制約の一部が解除されたほか、競技場や映画館などの公共空間へのアクセスも改善されているという

他にも、2019年にはドイツのメディア『Frankfurter Rundschau』とのインタビューに答えている。

容疑者は「イスラム教からの棄教で、死を宣告された」と主張した。

(これは、ヨーロッパでイスラム教の亡命希望者がよく行う主張である)。

また、AFPのインタビューでは自らを「サウジアラビアの無神論者」と称していた。

「自国の若者、特に女性は政権から逃げているだけでなく、イスラム教からも逃げている」と主張、「厳格なイスラム教育がイスラム教徒、特に女性のすべての問題の原因だ」と語った。

一方で彼は、ソーシャルネットワーク上で、極右の反イスラム移民論に共感していることを隠さなかった。そして、陰謀論を織り交ぜた過激な発言へと変わっていったという。

「彼は精神的に不安定で、過度に気取った人物だ」、「宗教的動機による攻撃でないことは確かだ」と、ベルリンを拠点とする「人権のためのユーロサウジ組織 ※」のターハ・アルハジ氏は、AFPの取材に答えた。

アルハジ氏によれば、容疑者はサウジアラビアの移民コミュニティから 「追放」されていたという。

※Eurosaudi Organisation for Human Rights(ESOHR)

また、イギリスの『デイリー・テレグラフ』紙は、他の反体制派の中には彼が過激すぎると感じて避ける者もいたと報じている。

極右に傾く容疑者。「ドイツのための選択肢」の支持者へ

ドイツの公共放送DWによれば、タリブ・A容疑者の意見はイスラム嫌悪に傾き、極右のレトリックを反映するコンテンツを頻繁に投稿していた。

彼はドイツの移民政策を頻繁に批判し、あまりに多くのイスラム教徒を入国させすぎていると主張し、それを許したとして、、アンゲラ・メルケル前首相を非難した。

12月には、タリバンがアフガニスタンの女性​​を医学大学から締め出している動画をシェアし、「メルケル首相が計画を達成していたら、今のドイツはこうなっていただろう」とコメントした。

アフガニスタンでは、タリバンが政権を奪取した後、女性の自由は弾圧され、美容サロンでは顔が塗りつぶさた。全身を黒いベールで覆った女性が入ろうとしている。2021年10月。
アフガニスタンでは、タリバンが政権を奪取した後、女性の自由は弾圧され、美容サロンでは顔が塗りつぶさた。全身を黒いベールで覆った女性が入ろうとしている。2021年10月。写真:ロイター/アフロ

彼は「メルケル首相は、ヨーロッパをイスラム化するという秘密の犯罪計画に対する罰として、残りの人生を刑務所で過ごすべきだ。しかし、死刑が復活するなら、彼女は死刑に値する」とも投稿した。

彼の極右への支持と、ヨーロッパにおけるイスラム教に対する懸念は、少なくとも2016年にまで遡るという。

「西側諸国の左翼にだまされたことを認めざるを得ない」と彼はXの別の投稿で書いた。「彼らが難民を歓迎するのは人権を大切にしているからだと思っていた。しかしドイツでの経験から、彼らが難民を歓迎するのは、ヨーロッパをイスラム化したいからだということがわかった」

このように、彼はドイツに対してますます憤慨していった。

タレブ・A容疑者は、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」も支持している。「AfDと私は同じ敵と戦っている」と同氏はソーシャルメディアに書いたという。

彼はまた、オランダの極右政党「自由党」のヘルト・ウィルダース党首や、英国の過激派トミー・ロビンソン氏のような極右の人物、そしてXのオーナーで億万長者のイーロン・マスク氏を称賛した。

ちなみに容疑者がクリスマス市を襲った同日、マスク氏は「ドイツを救えるのはAfDだけだ」と自身のソーシャルメディアXに投稿している

ドイツ公共放送DWへの、容疑者からの接触

メルケル氏が欧州をイスラム化する秘密計画をもっていた?!?

まさに極右のレトリックである。

しかし、極右「ドイツのための選択肢(AfD)」に限らず、一般的に欧州の極右は、キリスト教の伝統文化にアイデンティティを求める、白人の集団である。

なぜ、中東出身の容疑者が、そのような思想に共鳴するのだろう。

ここにもう一つ、鍵になりそうな話がある。

ドイツ公共放送DWは、声明を発表した。「マクデブルクのクリスマス・マーケット襲撃の容疑者とされるタリブ・Aは、DWと接触してきた」。

まず、2021年3月、タレブ・A容疑者は、ツイッター(現X)を通じて訴えを起こした。

彼はサウジアラビアとドイツ在住のサウジアラビア人が、彼をスパイしていると非難した。また、ドイツ当局が彼の訴えを真剣に受け止めず、何の行動も起こしていないと非難したという。

2023年10月にDWに送ったメッセージでは、彼はこう書いていたという。

「彼らは調査を開始することすら拒否した! 公益がないという理由で」、「彼らは、少なくとも第一印象を得るための1時間の調査も行わずに、サウジアラビアの難民を脅迫、監視、迫害にさらしたままにしている」。

しかし、彼の主張の多くは、DWによって独自に検証できなかった。返事をしなかったのは、そのためだろう。

2024年11月と12月に、彼はDWに出演し、証拠を公けに提出することを申し出た。しかし返答がなかったため、連絡を絶ったという。

母国からの、度重なる引き渡し請求

タレブ・A容疑者は、DWに接触することで、何を言いたかったのだろう。

このことは、母国のサウジアラビアが、何度も彼を引き渡すよう、ドイツ当局に要請していたことと関係あるかもしれない。

事情に詳しい関係者2人がCNNに語ったところによると、サウジ当局は同容疑者をめぐり、過去数回にわたってドイツ当局への警告を発していた。

最初は2007年、同容疑者がさまざまな過激思想を表明しているとの警告があった。 サウジは同容疑者を逃亡者と見なし、2007年から2008年にかけて送還を求めたが、ドイツ側は帰国後の本人の安全への懸念を理由に拒否していた。

サウジからドイツの情報機関と外務省に計4回通知が送られ、すべて無視されていたとの情報もある。

ここでいう、サウジアラビアにとっての「過激思想」とは、反イスラムの思想であり、抑圧を逃れて亡命を希望する人達を保護するべきという、彼の主張のことに違いない。

となれば、ドイツ当局が引き渡しに応じなかったのは、人権上、当然である。難民認定とは、国連の難民条約(と各国国内法の規定)に従って認定するものだ。

このような事実を知ると、「容疑者は、母国からの度重なる引き渡し要求で、相当の心理的弾圧を感じていたのではないか。それでこうなってしまったのではないか」と想像をしてしまう。

しかし状況は、このような想像を越える、もっとはるかに複雑なもののようなのだ。

ドイツに対する復讐??

今年11月、容疑者はアラビア語のフォーラムに次のように書き込んだ。

以下はイギリスの『デイリー・テレグラフ』の報道による。

「もし私が暗殺された場合、犯人はドイツ当局だ。もし彼らがダーイシュ(自称イスラム国イスラム過激派)を非難するなら、それは嘘だ。なぜなら、私はツイッター上で権利活動家として活動してきた9年間、イスラム過激派から深刻な脅迫を受けたことは一度もないからだ」

「昨年、私はサウジアラビア政府の支持者から深刻な脅迫を受け、それを報告した」

「それ以来1年が経過したが、私は嫌がらせにあっていない。ただし、ドイツ警察がサウジアラビアの無神論者の亡命希望者を排除するために特別に作った腐敗組織を暴くことに固執したために、ドイツ当局からは嫌がらせを受けた」

一体何のことだろうか。

タレブ・A容疑者は、2015年にメルケル首相(当時)が難民に対して国境を開放する決定を下したのは、ドイツを「イスラム化」する計画だったと述べたが、ドイツに対して「無神論者難民救援」という慈善団体を禁止するよう要求している。

これまでの投稿によると、彼はケルンを拠点とするその団体が、サウジアラビア人女性を搾取していると非難し、その団体と法廷闘争を繰り広げていたらしいとのこと。

彼と、その慈善団体との論争が、ドイツがサウジアラビア人女性亡命希望者を嫌がらせしたという主張の根底にあるようだと、『デイリー・テレグラフ』は書いている。

そして彼は同月、「サウジアラビアのリベラル派野党」を名乗り、ドイツに対して4項目のマニフェストを投稿した。不法移民から国境を守ること、宗教への名誉棄損を禁止する法律を廃止すること、名誉棄損法を改正すること等を要求した。

ちなみに、サウジアラビアは絶対君主制と言われる国で、国民が選挙で投票して国会議員を選ぶシステムは存在しない。国王が任命する諮問評議会は存在する。だから、野党も与党も存在しない。ごくまれに地方選挙があるだけだ。

サルマン・ビン・アブドゥルアズィーズ第7代国王。88歳。息子のムハンマド・ビン・サルマーン副王太子に、統治に関するほぼ全てを代行させていると言われる。
サルマン・ビン・アブドゥルアズィーズ第7代国王。88歳。息子のムハンマド・ビン・サルマーン副王太子に、統治に関するほぼ全てを代行させていると言われる。提供:Saudi Press Agency/ロイター/アフロ

その後の2023年12月の投稿で、容疑者は次のように書いていた。

「ドイツはサウジアラビア以外の国では唯一、サウジアラビア女性難民を世界中追いかけ、彼女たちの人生を台無しにしている国だ」

「復讐は間もなくやってくるだろう。たとえそれが私の命を犠牲にするとしても。私はドイツ国民に、その政府がサウジアラビア人難民に対して犯した罪の代償を支払わせるつもりだ」

別の投稿では、「もしあなたがドイツ国民として関心を持っているのであれば、今こそ正義を要求すべきだ。関心がないのであればそれでもいいが、後で文句を言うのはやめてほしい」と書いていた。

迫害と戦争??

いくら理屈で考えてもわからない。

もし容疑者が「ドイツは、本気で移民を受け入れようなんて思っていないのだ。嫌がらせばかりしている。人権なんてうそっぱちだ。彼らはみんな、差別主義者だ!」と怒るのなら、理屈ではわかるのだ。

それがなぜ「メルケル氏は、ドイツをイスラム化するつもりだ」と批判的になるのだろう。たとえ、わかりやすい極右思想に染まってしまったのだとしても。

単に心が病んでしまったのだろうか。何かまだ重要なピースが一つ足りないような気がしてならない。

クリスマス市攻撃のわずか数日前、タレブ・A容疑者はワクチン懐疑論や反イスラム教のコンテンツを掲載することで知られるウェブサイト、RAIR財団のインタビューに応じた。DWが報じた。

RAIR財団は後に12月12日のインタビューを全く異なるテキストに置き換えたが、サイトのアーカイブ版には、彼が類似した同様のインタビューを行っていたことが示されているという。

彼はインタビューで「ドイツ、そして西側の多くの国は、自国の社会のイスラム化を促進しているだけでなく、シャリーア法 ※ による弾圧や抑圧から逃れてきた合法的な難民を、積極的に迫害している」と主張した。

また、ドイツは「元イスラム教徒に対して戦争を仕掛けている」とも主張した。

※イスラム教の経典コーランと、預言者ムハンマドの言行(スンナ)を法源とする法律のこと

彼は自身のXアカウントで、ドイツ当局が「サウジアラビア難民に対する、一連の意図的な犯罪」を犯した証拠を持っていると主張した。

「ドイツが戦争を望むのであれば、我々も戦うことを誓う」と彼は書き込んだ。「ドイツが我々を殺したいのであれば、我々は彼らを虐殺し、死ぬか、あるいは誇りを持って刑務所に行くだろう」と。

タレブ・A容疑者の「無作為に選んだドイツ国民」を殺害するという計画を、警察に知らせようとした、あるサウジアラビア人女性がいた。

しかし2023年9月に、誤ってドイツの首都ベルリンではなく、アメリカのニュージャージー州ベルリンの警察にメールを送ってしまったと、DWが報じたとのことだ。

(アメリカには、欧州の地名とまったく同じ名前の地名が、大変多く存在する)。

不明な点が多すぎる。精神鑑定で何かの結果が出るかもしれないが、そういうことだけではないのではと感じている。

今後の発表や調査を待つしかない。暴力は絶対に許されない。犠牲者の冥福を心よりお祈りしたい。

英紙によると容疑者はアラビア語でハマスに関する投稿もしている。イスラエル・ハマス戦争が何か影響を与えたのか。写真はパレスチナ人の葬儀(女性がいない)。12月22日ガザ地区中央部のアル・アクサ殉教者病院
英紙によると容疑者はアラビア語でハマスに関する投稿もしている。イスラエル・ハマス戦争が何か影響を与えたのか。写真はパレスチナ人の葬儀(女性がいない)。12月22日ガザ地区中央部のアル・アクサ殉教者病院写真:ロイター/アフロ

この事件は、欧州中に衝撃を与えたことを、少し書いておきたい。

事件直後、何の確認もなしに、イスラム過激者を犯人と決めつけて、非難する極右政党の関係者が多かった。フランス・国民議会党の、マリーヌ・ルペン前党首も同様だ。

仏社会党のオリヴィエ・フォール第一書記はX紙上で、「反イスラム人種差別を助長することだけの偏見を口にする前に、舌を7回まわせ」と書いた。「不服従のフランス」党のマニュエル・ボンパール氏は、「マグデブルクでのテロに、ハゲタカのように飛びかかり、反イスラム憎悪を爆発させた極右指導者たち」と表現した。

思想の戦争がどんどん過激化している。

12月22日、マクデブルクのクリスマス市「アルターマルクト」で、閉鎖した屋台を通り過ぎる人々。犠牲者のご冥福を祈りたい。
12月22日、マクデブルクのクリスマス市「アルターマルクト」で、閉鎖した屋台を通り過ぎる人々。犠牲者のご冥福を祈りたい。写真:ロイター/アフロ

最後に、筆者の仕事や活動から得た経験から、長くなるが思うことを書きたい。ご興味のある方はお読みください。

どこまでも政治体制が異なる国の人に、何が一番教えるのが難しいか。

民主主義国家の人なら誰でももっている「え、その宗教の発言を政治家がするのはまずいのでは」とか、「それをやったら汚職でしょう」など、たとえ政教分離の定義や、汚職に関する法律など全然知らなくても、感覚でわかる常識――これが教えるのが一番難しいのだ。

もちろん、本人に学ぶ意志と、知的好奇心があれば、学問として一生懸命学ぶことはできる。努力で知識を吸収することはできる。一問一答のテストや、知識を問うテストで良い点や合格点を取ることはできる。しかし、本当にどのくらい理解しているのかは、常に疑ってかかる必要がある。本当に相手に理解してもらいたいと望むのなら。単純に知識を問う質問では見えない、思いもかけない無理解が存在することがよくあるからだ。必要なのは、相手と話すこと。沢山話をしなければ、相手の真の理解度はわからない。

そんな非民主主義国家から来た人達が、壁にぶちあたったとき、挫折を味わったとき、差別や自分のアイデンティティに苦しむとき。わかりやすいのは「極」の思想だ。極右の思想、極左の思想、独裁的な思想・・・。

それだけ民主主義というのは、人間が数千年、数百年をかけて築き上げた、高度で複雑な、理性的なシステムなのだ。

彼らの民主主義や人権の思想は、知識で得た情報で、ニュアンスや微妙さ、グレーゾーンが理解できなくなりがちである。極端な言葉や考えは理解がしやすい。そして極端な行動をうんでしまう。

それでも、善悪というのは人間に(ほぼ)共通だ。盗んではいけない、殺してはいけない、騙してはいけない等々。いわゆる民事ではなくて刑事(犯罪)のケース。まるでモーゼの十戒のように。人間にどのような文化があろうと、どのような文明の段階であろうと、このことはほとんど変わりがない。これが道徳だ。

移住した国になじめない所はあっても、犯罪などおかさず、まじめに働いて給料を得て税金を払い、家族を養い友人とつどって、平和に暮らす。

危険な所から逃れて生きていけるなんて、それだけで幸せだ。この国の人が何かをダメだと言っている。自分には納得できないし、説明されてもよくわからないけど、ダメと言うのなら、まあやめておこう。同国人の困っている人? 家族親戚や同じコミュニティの人(通うモスクが同じ等)なら助けることもあるけど、それ以外はちょっと。

――ほとんどの移民一世は、悩みながらもこのように生きている。

この男は、そのように生きることが出来なかった。極右思想に染まって、暴力に走り、決して許されない無差別殺人という大罪をおかしてしまった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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