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ゼレンスキーがウクライナへの欧州軍の派遣を肯定。NATO加盟を断念か。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
メルツ独CDU党首がゼレンスキー大統領と会談。12月9日キーウにて。(写真:ロイター/アフロ)

ゼレンスキー大統領は、12月9日キーウで、欧州軍がウクライナ領内に派遣されるという案を肯定した。

「私達は、エマニュエル(・マクロン仏大統領)のポジションを熟考し、取り組むことができます。彼は、ウクライナがNATOに加盟していない限り、我が国の安全保障を保証するために、ある国の軍隊をウクライナ領内に駐留させるべきだと提案しました」。

これは、キーウを訪問したドイツの野党指導者フリードリヒ・メルツ氏(キリスト教民主同盟 /CDU・中道右派)との共同記者会見での発言だった。仏紙『ル・モンド』が報じた。

ゼレンスキー大統領が同国への欧州軍派遣について、言及して肯定的な意見を述べたのはこれが初めてだ。

その上で「しかし、ウクライナがいつEU(欧州連合に)に加盟するのか、いつNATOに加盟するのか、明確にしておく必要があります」と強調した。

おそらくゼレンスキー大統領は、自国が今NATOに加盟することを断念したのではないだろうか。

打ち破られたタブー

やはり、同紙が報道していた「仏英軍の派遣」というのは、「停戦後の平和維持軍の可能性」という意味だったのだ。

確証がない中での報道だったため、同紙は書き方に極めて注意を払っていた。注意しすぎて、何を言いたいのかさっぱりわからないと感じる人がいても不思議ではないほどに。

参考記事:仏英が欧州軍のウクライナ派遣を検討している。目的は何?平和維持軍? 欧州人は欧州防衛をどうする(2)

マクロン大統領は今年の2月26日、エリゼ宮で開かれたキーウ支援のための国際会議の最後に、20人あまりの欧州首脳に、欧州が軍隊をウクライナに派遣する可能性を、「選択肢の一つ」として提起した。

ショルツ独首相も、ルッテ・オランダ首相(次期NATO事務総長)も、この問題は議題ではないと断言し、否定した。

しかしマクロン大統領は「今日、『決してない、決してない』と言っている人々の多くは、2年前に『戦車も戦闘機も長距離ミサイルも決してない』と言っていた人々と同じである」と説得力のあることを言い、「何も除外するべきではない」と述べたのだった。

欧州の地上軍派遣の話は一種のタブーだったのに、彼はそれを破った。そして2年どころか1年も経たないうちに、実現しそうになっている。

その戦略と実行力に、さすが39歳でフランス国民に選ばれた大統領だけあると、驚いてしまう。

このことを機に、欧州は、EUは、大きく変容していくのではないか。それは暗い予感でもある。

この日に至るまでの経緯

まず12月1日から始めたい。

この日から正式に、EUの欧州委員会で、第二次デアライエン委員会が発足した。

就任したばかりの新しい欧州理事会議長(EU大統領)のアントニオ・コスタ氏と、外交・防衛担当の上級代表カジャ・カラス氏が、キーウをまっさきに訪問した。

ゼレンスキー大統領は、会談後「誰が停戦交渉のテーブルに着くのか。ロシア、ウクライナ、そしてEUとNATOだと(EU大統領らに)伝えた」と述べた。

このような発言があること自体、EUやNATOが交渉のテーブルに着くことは自明ではなく、不確実だと思えた。

カラス上級代表はエストニア人で、「安全保障の最強の保証はNATOへの加盟だ」と考えており、ウクライナのNATO加盟には賛成である。同時に、EUが停戦時に欧州軍を派遣することに関しては「何も排除すべきではない」と、マクロン氏のような口ぶりで述べている。

右からカラス上級代表(エストニア人)、ゼレンスキー大統領、コスタEU大統領(ポルトガル人)、コスEU拡大担当委員(スロベニア人)。12月1日キーウで。
右からカラス上級代表(エストニア人)、ゼレンスキー大統領、コスタEU大統領(ポルトガル人)、コスEU拡大担当委員(スロベニア人)。12月1日キーウで。提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

しかしブリュッセルでは、このような選択肢はテーブルの上にないと言われている。NATO加盟は「多くの同盟国を非常に不安にさせる選択肢だ」とある外交官は打ち明けたという。

次の日付は、12月3日と4日のNATO外相会議である。ブリュッセルで開催された。

ウクライナのシビハ外相は各国に書簡を送り、「ウクライナをNATOに招待する決定を承認する」よう要請した(ここでは「招待」となっている)。

しかし、目立った反応はなかったようだ。

そして12月7日。トランプ次期大統領とゼレンスキー大統領は、パリにやってきた。ノートルダム大聖堂の復興式典のために。そしてたった20分の短い間と言われるが、マクロン大統領との三者会談が実現した。

ゼレンスキー氏は「もしNATOに加盟することなく招待となったら、(正式加盟までの間に)一時休止があることになるが、だれが我々の安全保障を保証してくれるのだろう」と尋ねたと、『ル・モンド』は報道している。

パリのエリゼ宮での三者会談。火災で焼け落ちてから5年半が経ったノートルダム大聖堂の再開式典として来仏した。12月7日。
パリのエリゼ宮での三者会談。火災で焼け落ちてから5年半が経ったノートルダム大聖堂の再開式典として来仏した。12月7日。写真:ロイター/アフロ

そして昨日の9日の、ゼレンスキー氏の発言である。

おそらく彼は、どんなに主張しても、ウクライナがNATOに加盟することは不可能だと悟ったのではないか。そしてNATOは停戦後に同国に駐留することもないのだ、と。現実に「招待」すら難しい状況なのだ。

誰が交渉のテーブルに着くかによる疑問

ところで12月1日の「交渉のテーブルに、EUとNATOが着く」というゼレンスキー氏の発言であるが――。

この発言は誰に向けて言っているのだろうと、ずっと疑問だった。トランプ次期大統領か、それともプーチン大統領か、両方か。あるいはEUやNATOの加盟国向けか。

プーチン大統領を見れば、交渉のテーブルにEUが着席することを了承する可能性はあるかもしれない。

かつてのプーチン大統領の願いは、欧州とアメリカを切り離し、ロシアが欧州(EUと言っても良い)と共に、対等の関係で、新しい欧州の秩序を形成していくことだった。

プーチン氏にはヨーロッパ人でいることへの執着があると、ずっと感じてきた(もっとも最近は怪しくなってきたが)。実際、戦争中に、ウクライナのEU加盟は問題ないと発言した。

しかし彼は、NATOやアメリカは敵視してきた。果たしてNATOが交渉のテーブルに着くことを了承するだろうか。「アメリカ大統領ドナルド・トランプ」一人で十分ということはないだろうか。

ましてや、バイデン大統領もトランプ氏も、ウクライナのNATO加盟を拒否しているのだ。NATOは戦争に参加していないし、ウクライナに駐留するつもりもないし、ウクライナを加盟させるつもりもない。それならなぜNATOが交渉のテーブルに着く必要があるのだろうか。

そしてEUのほうだが、何度も書いてきたように、トランプ氏が当選してからの欧州は「交渉のテーブルに、EUがなんとしても着かなくてはならない。アメリカとロシアだけで決めることは許されない」という思いで外交を展開してきた。

実際にはEUが外されることは無いのではないかと感じてきた。確かにトランプ氏の性格上何があるかわからないが、欧州の戦争でヨーロッパ人が参加しないなど、あまりにも非現実的である。

それに、彼が切望しているのは以前からノーベル平和賞だと言われている。EUを敵にまわしたら受賞することができないだろう。

12月7日にトランプ氏がパリにやってきたことで、EU(欧州?)が交渉のテーブルに着くことになったのは裏で確定したのだろうと、個人的には確信した。

しかし、である。もしトランプ大統領とEUが交渉のテーブルに着き、NATOが外れたらどうなるのか。イギリスやトルコなどは外れることになる。NATO加盟国は32カ国だ。

特にイギリスの立場は困ったものになるだろう。

NATOに入っているがEUに入っていない国では、遠い所で北米のアメリカとカナダ。

欧州ではトルコ・アルバニア・モンテネグロはEUの正式加盟国候補である(トルコの立場は複雑ではあるが)。

ノルウェーとアイスランドは、EEA(欧州経済領域)の仲間だ。EUには入っていないが、EUの単一市場に参加している国々である。

さらに両国は「北欧バルト8」のメンバーである(他の6カ国はEU加盟国)。この枠組みを使って、来年1月からのEU議長国ポーランドとタッグを組んで、積極的に関与するパイプも持っている。

参考記事:ポーランドと北欧の連帯が、ウクライナ戦争停戦のカギとなるか。激動の欧州(1)

唯一イギリスだけが、EUとつながりがない。様々な議題を話し合うための両者の年次会合すら持っていない。

ウクライナは、イギリスの立場の危うさをよく知っているはずだ。だからこそ、11月29日、イギリスのスカイニュースチャンネルに登場し、「戦争の熱い局面を終わらせたいなら、我々が支配するウクライナ領土をNATOの保護下に置かなければならない」と強く主張したのだろう。

ウクライナは、NATOに加盟し、停戦後はNATOの保護下に置かれる状況を、最も強く切望してきた。

しかし、同国のNATO加盟について、米国大統領は、民主党も共和党も反対。欧州では、マクロン大統領は賛成しているが「加盟」までいかない「招待」というレベルだし、ショルツ独首相は反対している。

イギリスとは、NATOを最重要視することで、利害が一致しているのだ。

とはいえ、イギリスで、EU拒否の姿勢だった保守党から、EUとの部分的和解を目指す労働党へと今年7月に政権交代したのは、イギリスにとって大変幸運なことだった。

参考記事:イギリスがEUとの和解へ。ウクライナ戦争への影響、米国EUとの板挟みとは。激動の欧州(2)

今までは、ゼレンスキー大統領の主張は「停戦の(可能性の)監督にはNATOを関与させ、停戦後は自国をNATOの支援下に置く。現在ロシアが支配している約18%の領土は、第二段階として、外交ルートで回復する」というものだった。

しかし、トランプ氏やバンス次期副大統領、ウクライナ・ロシア担当特使のキース・ケロッグ氏には、そのような望みが叶う片鱗はまったく見られない。

参考記事(ロイター/12月4日):ウクライナ終戦へ領土割譲やNATO加盟断念、トランプ氏側近が提案=関係筋

それなら停戦した場合、だれがウクライナに駐留して停戦を監視するのか。国連平和維持軍? EU軍? 欧州軍?――そのような疑問が頭に浮かんでいた。

今回のゼレンスキー氏の発言で、やっとクリアになった。すべてが一つにつながり、今まで何が起きてきたかが、筆者の頭の中で一つのものがたりとしてはっきり見えるようになった。

EU軍が実現するのか。ドイツ、そしてフランスのポジション

ところで、この発言の場所が大事である。

ドイツでは、来年2月23日に連邦議会選挙が予定されている。選挙戦が始まっており、二人が対決している。一人は現職のショルツ首相(社会民主党・中道左派)、もう一人が、メルツ氏(キリスト教民主同盟CDU・中道右派)である。

ショルツ首相は「平和の首相」を標榜し、キーウへは大変慎重な支援をしてきた。対してメルツ氏は、中距離ミサイル「タウルス」を供与することに賛成し、ショルツ首相の躊躇を批判している。

そのようなメルツ氏との共同記者会見で、この発言はなされたのである。メルツ氏への援護射撃というべきだろうか。

ドイツが動いてくれないと、予算の問題があるのだ。これは複雑な話なので、また稿を改めたい。

今、欧州を政治的に率いているのは、マクロン大統領の強力なリーダーシップのようだ。

だからこそ就任前のトランプ氏は、まずフランスに、マクロン大統領に会いに欧州にやってきたのだろう。これが当選してから初めての外遊先である。

今後、NATOの枠組み内でのウクライナの安全保障はないとしたら、その代わりはEU軍が中心となるのか、または欧州諸国のアドホックな連合を基盤とする別の形になるのか。

目下、欧州で大外交が展開している。

ウクライナ生まれで4年前にオーストラリアに移住したニコラ・ビチョク氏が、バチカンのサンピエトロ大聖堂で、枢機卿に昇格した。最も若い44歳の枢機卿の誕生である。式典の様子。12月7日。
ウクライナ生まれで4年前にオーストラリアに移住したニコラ・ビチョク氏が、バチカンのサンピエトロ大聖堂で、枢機卿に昇格した。最も若い44歳の枢機卿の誕生である。式典の様子。12月7日。写真:ロイター/アフロ

最後に一つだけ、余談ながらどうしても書いておきたい。

筆者がEUに惹かれたのは、国籍に関係なく、一つの欧州をつくろうとする姿勢だった。EUの発展というのは、基本的に欧州大陸で生まれ育った左派思想がつくりあげているものだ。国境なきEU市民。国と国が戦争をするのではなく、自由に移動して交流するシェンゲン圏。男女平等の強力な推進。環境問題への関与。

それがこのような軍隊の姿になっていくとは・・・。

平和維持軍だから良いと思うべきだろうか。でも、もしロシアが停戦を破ったら、EU軍とロシア軍が戦うのだろうか。考えたくもない。まさかこんな展開になるとは、プーチン大統領も想像すらしなかったに違いない。

EUの姿が多くの日本人に理解される前に、EUが変質してしまいそうだと折に触れて書いてきたが、今回はかなり決定的かもしれない。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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