「NPBに行く!」 異色の国立大学出身・横井文哉(富山GRNサンダーバーズ)が初先発で気迫の投球
■初の先発登板に緊張
「おりゃーっ!」
1球1球、投げるたびに声が出る。気合いを前面に出して、5月29日の対石川ミリオンスターズ戦の先発に挑んだのは、富山GRNサンダーバーズ・横井文哉投手。「投手陣の台所事情もあって」(吉岡雄二監督談)と入団2年目、通算16試合目にして初のスターターに抜擢されたのだ。
前の週にこの日の先発を告げられて以来、緊張の日々を過ごしてきた。とくに前夜は「寝ようと思ってもアドレナリンっていうのか、どうしても試合のことを考えちゃって…」と、布団に入ってもなかなか眠りにつけなかった。
「どういうのを振ってくるとか相手バッターのこともわかってきたんで、組み立てとかカウントとかを想定して打ち取り方を考えちゃって、寝られなくなりました(笑)」。
図らずもシミュレーションをたっぷりして、当日を迎えた。
■悔やまれる自らのエラー
緊張のまま登板すると、いきなり先頭打者を四球で出してしまう。足のあるバッターだ。「やっちまったと思った」が、即座に加賀美祐太捕手が盗塁を刺してくれた。自身もクイックには自信があり、共同作業でまず1つのアウトを取ることができた。
「あそこ、刺すのと刺さないのとじゃ全然違う。本当に助けてくれた」と加賀美捕手に感謝するとともに、気持ちがやや落ち着いた。
その後、死球は与えたものの四回1死まではノーヒット。初被安打のあと、味方のエラーもあって2死一、三塁のピンチを招くも、空振り三振でしのいだ。
0-0で迎えた五回だ。簡単に2つのアウトを取ったあと、粘られた末に四球となった。「ちょっと欲を出して力が入った。決めにいって決めきれず、体もけっこうキツイなっていうのは思っていたんで…」と、ここが正念場だと自覚した。
「やばいな」と思いつつヒットを許して一、二塁となり、島崎毅投手コーチがマウンドに来て内野手が集まった。あと1つ、全力を出しきろうと気持ちを入れ直した。
そして、次打者をファーストゴロに打ち取った…はずだった。ところが、一塁手の墳下大輔選手からの低めのトスを捕球しきれなかった。「『きた!』って一瞬力みが出て、固まっちゃって落としちゃった」。
その間に二走はホームを踏んでいた。
しかし、ここから意地を見せる。なおも重盗で二、三塁とピンチを拡げたが、最後は「開き直れた」と追い込んだあとの3球目で空を切らせ、グラブをぽんと叩いた。
初先発にして、5回を投げきったのだ。
■想定外の5イニングス
初先発の結果は5回2安打、6奪三振、2四球、1死球、1失点(自責は0)で、十分すぎる内容だった。1イニングずつの積み重ねが、本人も予期しない5回までとなった。これまでの最長2回1/3をはるかに超えても、崩れる気配はまったくなかった。
「正直、いっても4(回)かなって思ってたんで、5イニング目はかなりビックリしました(笑)。抑えてはいたんで心の準備はできていたんですけど、『あ、いくんだ』と思って…」。
吉岡監督も「もう少し短いイニングかと思ったんですけど、打ち取っている感じもよかった。相手バッターもちょっと打ちづらそうにしている感じもあった」と、安心して五回のマウンドに送り出した。
威力のあるストレートにキレのある変化球。気迫を前面に押し出すだけでなく、ランナーがいなくともクイックでタイミングを変えるなど、頭脳投球も光った。野手に指差し確認をしながら自身への意識づけもするなど、冷静に周りも見た。
ベンチからマウンドまでは常にダッシュだ。「先に準備して、相手を急がせたいと考えているんで。相手に合わせず、自分優位にいけるように。行って帰ってくるのも、自分のテンポでいけるようにやっています」とテンポは常に意識し、立ち遅れないようにしているという。
■及第点の投球ながらもチームに詫びる
味方の援護がなく、唯一の失点で黒星を喫しはしたが、相手の選手たちからも「今日のヒーローは横井投手だ」との声が挙がるくらい心揺さぶられる投球だった。
吉岡監督も「非常によく頑張った。どこまで投げられるか不透明な中で、よく五回まで投げきれた、試合を作ったというところは非常によかった」と目を細める。
ただ横井投手本人は「野手に本当に申し訳ない」とひたすら詫びる。「あれを捕れていれば0-0のままだったんで。1-0と0-0じゃ違う」と、先制点を与えた責任を背負い込んだ。
しかし、その一方で「初めての先発にしては上出来だったかなと思います」との手応えも自信も得た。
「初回先頭のフォアボールとか最後のエラーとか、詰められるところがあるので、しっかり練習して詰めていきます」。
及第点ながら、悔しさの入り混じったちょっぴりほろ苦い初先発を振り返っていた。
■プロ野球を目指したのは大学に入ってから
期せずして巡ってきた先発のチャンスだったが、横井投手にはかねて「挑戦してみたい」という思いがあったという。
「やっぱりNPBに行く上では、中継ぎだとそれだけ速い球を投げないといけないけど、先発だと抑える能力が評価されると思う。試合をコントロールできるし、流れを作れる。貢献度も違うので、やっぱ勝つという上で、やりたいなと思っていました」。
自らの手で新しい扉を開いた横井投手もまた、NPBを目指して独立リーグの世界に飛び込んだのだった。
独立リーガーの中でも異色の国立大学出身だ。一宮高校時代は「進学校だったんで、いい大学に入って、さっさと就職する」と考えていた。
しかし名古屋大学に入学し、3つ先輩の松田亘哲さんが中日ドラゴンズにドラフト指名されるのを目の当たりにし、触発された。「プロ野球選手になりたい」と。
チームメイトの本田健悟投手(現Honda)とも「プロに行きたいな」と話し切磋琢磨したが、コロナ禍や肘の故障などで大学2年、3年と登板できなかった。4年時にドラフト指名も社会人の話もなく、それでも諦めきれなかった横井投手に、大学の監督がサンダーバーズを勧めてくれた。
入団時、「155キロを出してNPBに行く!」と宣言した。
だが昨年はアベレージで140キロ弱、最速でも142キロだった。11試合に登板して、防御率2.03という成績だったが、勝利の方程式に入るには力が及ばなかった。
■進化の一途をたどって最速148キロに
しかし今年の横井投手は、見違えるほどにボールが速く強くなった。この日の最速も148キロをマークし、最後も140キロ台半ばを計測して、球威が落ちることはなかった。
「今までは上半身と下半身がバラバラに動いちゃっている感じだったけど、それをうまく連動して使えるようになった。下の力を上に伝えるようにって取り組んできました」。
冬の間もコツコツとやり続けた。ひたすら「下から上にという力の伝わる順番」を意識した。そして球速を上げるためにジャンプなど瞬発系の動きを取り入れた。
「下半身の動きができるようになってきてから、(筋肉が)自然とつくべきところについてきたと思います」と、見るからに昨年より太もものムチムチ感が増しているのは、下半身がしっかり使えている証しだと胸を張る。
吉岡監督も「コツコツと地道に自分のやることを積み重ねて、投球フォームなどいろいろ勉強しながらやってきた。オフの間も体重移動だったり、そういうところを重点的にトレーニングして…。球速ももっと出ていいかなと思うので、そういうところも楽しみの一つですね」と頬を緩める。
「まだいろいろ経験値というところは未知数なので、失敗することもあるでしょうし、うまくいって逆にいろんなことをやり出して、またうまくいかなくなることもあるでしょう。そういうのも含めて未経験のところなので、これから経験していければいいなと思います」。
この日の好投で、起用のバリエーションを増やしてくれた孝行息子の伸びしろに、大いに期待している。
■快さんのように頼られるピッチャーになる
昨季から、登板のないときもベンチからの声がひときわ大きい元気印だった。
「この場面、自分だったらどういう投球するかなって見ながら、常にゲームに入っています。このカウントだったら、このバッターだったら、ストレートでいくのか変化球なのかっていうのを常に考えて」。
ベンチにいても一緒に戦っている。だから発する声にも力がこもる。横井投手の声に、ナインも勇気づけられるのだ。
そんな横井投手が2年目の今季を迎えるとき、誓ったことがある。
「去年の快さん(阪神タイガース育成1位・松原快)のように、安定感で頼られるピッチャーになる。そこを目指して、0を重ねていくのが目標」。
投げるごとに信頼感は増している。そして、それを今後も積み重ねていく。その先にあるのがドラフト指名だと信じて、横井文哉は懸命に腕を振る。
【横井文哉(よこい ふみや)*プロフィール】
2001年3月18日(23歳)
175cm・87kg/右投左打
一宮高校―名古屋大学
愛知県出身/背番号31
最速:148キロ
球種:ストレート、カットボール、スライダー、フォーク
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(撮影はすべて筆者)