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乳幼児の転落を予防する - 補助錠の全戸配布ははたして有効か? #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
Adobe Stockより筆者購入

 高所から乳幼児が転落して亡くなるケースが相次いでいる。

■2023年3月24日、名古屋市で2歳のふたごの兄弟が自宅マンション7階から相次いで転落し、亡くなった。

■2023年10月12日、富山県滑川市で、10か月児が住宅2階の窓から転落し、亡くなった。

名古屋市の取り組み

 2023年3月に起きたふたごの兄弟転落死亡事故を受け、名古屋市では、「子どもの転落防止対策懇談会」を設置、その会で検討された結果、名古屋市内の未就学児(0歳〜6歳)がいる家庭約8万戸に対し、こどもでは窓を開けることが難しいと思われる補助錠を無料配布することが決まった。

 まもなく補助錠の配布が始まるということだが、それを前に、この事業全体に対するSafe Kids Japanとしての考え方をまとめておきたい。

1 補助錠の(対象者)全戸配布

 上記2023年8月28日のNHKの報道によると、本事業は、

・名古屋市は、6歳未満の子どもがいるおよそ8万世帯に、窓に取り付ける「補助錠」を無料で配布する

・こうした取り組みは全国で初めてと見られる

・できるだけ早く配布を始めたいとしていて、必要な費用を来月の定例議会に提出する補正予算案に盛り込む方向で調整している

ということであり、補助錠の配布だけでなく、

・子どもがいる世帯が転落防止のために住宅を改修する際、費用を補助する制度

・転落を防ぐための行政や民間の役割などを定めた条例の制定を検討

ということも含む、とされている。

 補助錠を対象世帯のすべてに無料で配布するということは、確かに全国で初めての取り組みであろう。今回配布されて初めて補助錠を見た、という人もいるだろうし、補助錠を取り付けることで転落を防ぐことができる可能性があることを知った、という人もいるだろう。そういう意味ではある程度の効果はあると言ってよいのではないか。

2 湧き上がる疑問

 一方、このニュースを聞いて、いくつかの疑問が湧いてきたこともまた事実である。

■どの窓に取り付けるのか?

 一般住戸の中には、こどもが転落した場合に重大なケガを負う可能性のある窓は複数あることが多い。本来であれば、こどもが開ける可能性のある窓すべてに取り付けてもらいたいが、ひとつだけ送られてきた場合どの窓を選ぶのか、迷うケースもあるのではないか。

■窓に合うのか?

 送られてきた補助錠を取り付けようとしたが窓に合わなかった、というケースも考えられる。窓の形状は多様であり、補助錠のタイプもまた多様である。送られてきた補助錠は果たして取り付け可能なものだろうか?

■本当に有効なのか?

 SNS上には、「補助錠を取り付けたが、あっという間にこどもが解錠してしまった」「こどもが触れないよう高い位置に取り付けたが、こどもが興味を持ってなんとか補助錠に触ろうとするのでひやひやしている」「防犯用なので外からの侵入には有効だが、中から外に出られないようにする機能は不十分だった」といった投稿が散見される。これらの投稿内容の信憑性についてはなんとも言えないが、補助錠を送る前にその有効性や解錠のしやすさなどについて調査を行うべきではないだろうか。

■継続性はあるのか?

 今回、補助錠を送付した後に生まれたこどもや、新たに名古屋市に転入してきたこどもの家庭にも補助錠は配布されるのだろうか。「補助錠を送ったらそれでおしまい」ではなく、そこがスタート地点である。せっかくの意欲的な取り組みを1回限りのイベントで終わらせてはあまりにももったいない。次年度以降も継続的に取り組んでいただきたいし、そうでないと意味がない。

■消費者安全調査委員会との連携は?

 消費者安全調査委員会では、2023年度「住宅の窓及びベランダからの子どもの転落事故」について調査検討することが決まっており、すでに動き始めている。国と市町村それぞれ別々に取り組むのではなく、連携、協力して進めていただきたいが、そのような計画はあるのだろうか。

3 事前の調査と事後の評価

 どのような内容であっても、事業を行う前には周到な準備が必要であり、事業後はその効果を評価しなければならない。殊に今回のように市民の税金を活用して行う市町村主体の事業はなおさらである。ただ、不特定多数を対象とした啓発活動は「評価」が難しいことが多い。特に数値による評価は得にくいが、今回は不特定多数ではなく、「名古屋市内在住」、「未就学児がいる世帯」、「約8万戸」と対象もその数もはっきりしている。さらに、補助錠の購入費用や発送費用、広報活動にかかる費用などは税金であり、当然のことながらその額がきちんと報告される。これは非常に貴重な機会であり、一般にはとても真似できない大規模な事業である。

 Safe Kids Japanでは2023年7月、名古屋市に対し、「補助錠を全戸配布する場合」と、「モデル事業として一部地域で配布する場合」に分けて、事前準備や事後評価の具体的な内容を提案した。結果的に全戸配布と決まったので、ここでは全戸配布されたことを前提に事後の評価内容について示してみたい。

■アンケートの実施■

 質問の例

 ・配布された補助錠のメーカーや型番

 ・取り付けたかどうか

 ・取り付けなかった場合の理由

 ・どこに取り付けたか

 ・誰が取り付けたか

 ・取り付けのしやすさ

 ・取り付け後の窓の開閉状況

 ・こどもが窓を開けられなくなったか

 ・こどもによって解錠されることがあったか

 ・効果があると思うか

 ・他の窓にも取り付けたいと思うか

 ・このような事業についてどう考えるか

■撮影による確認■

 ・補助錠そのものを撮影

 ・取り付けている様子を撮影

 ・取り付けた状態を撮影

 ・こどもが開けられない様子/または開けられる様子を撮影

■効果検証■

 ・名古屋市消防と連携して未就学児の窓やベランダ等からの転落による救急搬送数をカウントし、配布前の状況と比較する(=数値による評価)

 ・上記アンケートの回答から、本事業が転落の予防に役立っているかどうかを検証し、評価する

 ・費用対効果について検証し、評価する

 ・継続性について検証し、評価する

■事業内容の公開■

 これはもちろん行われると思うが、この一連の取り組みを、できれば日本国内のみならず、国際社会に向けて公開する必要がある。

4 EBPMで取り組む

 最近では、「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠に基づくものにする」というEvidence Based Policy Making(EBPM:証拠に基づく政策立案)が推奨され、内閣府もEBPMを推進している。

 「8万戸に補助錠を配布した。予算を予定通り消化した」で終わりにするのではなく、配布した結果、どれくらいの世帯で実際に補助錠が取り付けられたか、補助錠が付いたために転落事故が減ったかどうかを検証する必要がある。

 今回の予算の一部は、これらの検証のための費用とすべきであり、少なくとも今後5年間は補助錠配布の効果を検証する期間と考え、毎年、そのための予算措置が必要である。

 今回の名古屋市の取り組みは、これまでの「保護者の注意力だけで予防する」という考え方から、「機器も使って予防する」という考え方への転換であり、そのような取り組みの効果を検証できる大変良い機会である。だからこそ、この「効果検証」をきちんと行うことが求められる。

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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