ウクライナ軍が「極超音速兵器」キンジャールを撃墜したと主張
5月6日、ウクライナ空軍はキーウ周辺でパトリオット防空システムを用いて、ロシア軍が極超音速兵器と称する「Kh-47M2 キンジャール」を撃墜したと発表しました。なお実際にはキンジャールは極超音速兵器というよりは「イスカンデル短距離弾道ミサイルの空中発射型」と捉えるのが正しい兵器です。
ウクライナ空軍は5月6日のシャヘド136/131自爆無人機8機を撃墜した報告に加えて、5月4日にキンジャール1発を撃墜していたと追加報告しています。
※ウクライナ空軍は「空中弾道ミサイルKh-47キンジャール」と呼称。キリル文字の「Х」はラテン文字に転写すると「Kh」になるのが一般的ですが、そのまま「X」と書く場合もあるので注意。
Командування Повітряних Сил ЗСУ ウクライナ空軍司令部
ただし5月5日にウクライナ軍事誌「ディフェンス・エクスプレス」が撃墜したキンジャールの残骸と称する写真を載せた記事を発表した当初は、ウクライナ空軍は撃墜を否定していました。しかし翌日の5月6日になって一転してキンジャール撃墜を認めた形になります。
- 5月4日:「ロシアはシャヘド自爆無人機とおそらく弾道ミサイルを使用してキーウを攻撃した。 (ミサイルの型式の最終確認は調査後に行われます)」、キーウ市軍事行政府
- 5月5日:「昨夜のキンジャール撃墜の残骸の証拠写真を入手」、ディフェンス・エクスプレス
- 5月5日:ウクライナ空軍がキンジャール撃墜の報道を否定
- 5月6日:ウクライナ空軍がキンジャール撃墜の事実を認める
出典:撃墜したキンジャールの残骸と称する写真 | ディフェンス・エクスプレス | 2023年5月5日
しかしディフェンス・エクスプレスが報じた「撃墜したキンジャールの残骸と称する写真」は土管のような円筒形の形状で鮮明な写真ではなく、見ただけではキンジャールだと特定できるようなものではありませんでした。
過去にキンジャールの原型であるイスカンデルの残骸は何例か発見されており、円筒形の部品も見つかっているのですが、それと見比べてもあまり似ているようには見えません。
5月6日のウクライナ空軍の発表ではキンジャールの残骸の写真の提示は無かったので、はっきりと分かる証拠の写真はまだ出されているとは言えません。1年前の2022年5月31日に「ウクライナ軍がKh-22巡航ミサイルの撃墜に成功」と参謀本部が発表した時は決定的な残骸の証拠写真が提示されていたのと比べると、今回のキンジャール撃墜の報告ははっきりとした証拠写真の提示はなく、一旦は撃墜を否定した後に一転して撃墜を認めるという、少し不可解な説明となっています。
果たしてキンジャールは本当に撃墜されたのでしょうか? そもそもキンジャールはキーウに飛んで来ていたのでしょうか? 撃墜したのに隠したかったとすると、パトリオット防空システムの配置を知られたくなかったという理由も考えられます。あるいは実際には迎撃戦闘すら起きておらず、報道で騒ぎになったのを利用して宣伝戦として噂をわざと肯定するといった情報戦を仕掛けた可能性も捨てきれません。
能力的にはパトリオット防空システムはキンジャールを撃墜可能です。弾道ミサイル迎撃に対応改修した「PAC-2 GEM-T」迎撃弾と最初から弾道ミサイル迎撃対応設計の「PAC-3」迎撃弾・「PAC-3 MSE」迎撃弾は、どれもキンジャールやイスカンデルのような機動式の短距離弾道ミサイルを撃墜できます。
しかしそれは終末防御段階という、敵ミサイルが降下して地表に落ちて来る寸前で待ち構えている状態での話です。パトリオット防空システムは高速の弾道ミサイルを大気圏内で迎撃する場合は迎撃可能範囲が半径20~30km程度で、適切に配置していないと交戦することが出来ません。
また「ウクライナ軍の旧ソ連製の防空システムではキンジャールを撃墜できない」と解説されることも多いのですが、実際にはS-300V防空システム(※S-300P系とは別物)ならば弾道ミサイル迎撃に対応しており、迎撃は西側製のパトリオットでなくても可能です。ただしウクライナ軍の保有するS-300Vは数が少ない上に、非常に巨大な9M83迎撃弾を使用するので、予備弾の余裕はあまり残っていない可能性があります。