キンジャールは極超音速兵器ではなく単なる空中発射弾道ミサイル
2022年2月24日から開始されたロシアによるウクライナ侵略戦争は一カ月が経とうとしています。既にロシア軍によって弾道ミサイルや巡航ミサイルが1000発以上使用されていますが、最近2回、極超音速兵器「Kh-47M2キンジャール」が初めて使用されて一部で騒がれています。
しかしキンジャールで騒ぐ必要は別にありません。何故かというと、キンジャールの正体は極超音速兵器などではなくイスカンデル短距離弾道ミサイルの空中発射型に過ぎないからです。確かにキンジャールは極超音速(マッハ5以上)を発揮できるでしょう。でもそれはイスカンデルでも発揮できる速度です。
キンジャールは空中発射される分だけ速度と高度が稼げるのでイスカンデルの地上発射よりも性能が向上しますが、劇的に性能が上がるわけではありません。迎撃突破能力は滑空可能な機動式弾道ミサイルであるイスカンデルとほぼ同じです。
そして戦場であるウクライナはロシア軍の出撃拠点であるロシア本国やベラルーシの直ぐ隣であり、全戦域にイスカンデルの射程で十分に届きます。するとわざわざキンジャールを使う必要がありません。そしてイスカンデルは開戦以来ほぼ毎日のように使用されています。ゆえに新たにキンジャールが使われたとしても、何か新しい戦術的な影響が発生するわけではないのです。
キンジャールとイスカンデルの比較
比較写真です。キンジャール(上写真)とイスカンデル(下写真)は形状が酷似しており、小改修された程度です。大きさもほぼ同じです。
一番の違いはキンジャールにはロケットモーター噴射孔の部分に整流キャップ(2枚の安定翼付き)が装着されていることくらいですが、この整流キャップは戦闘機に搭載して飛行中の際の空気抵抗低減用に過ぎず、発射後のロケットモーター点火前に投棄してしまいます。つまり発射後のキンジャールはイスカンデルと同様の形態で飛んで行きます。
キンジャール発射連続シーン
- MiG-31K戦闘機からキンジャールを投下。
- キンジャールの整流キャップが分離投棄。
- ロケットモーター点火直後。
- ロケットモーター噴射開始。
キンジャール発射の様子です。2番目で整流キャップが分離投棄されている様子が分かります。(なおMiG-31K戦闘機にボカシが入っているのは機体番号を隠す目的)
キンジャールの公表性能数値の疑義について
ところがキンジャールはイスカンデル空中発射型とするには公表された性能数値に不自然な点があります。2018年の初公開時には気付かなかったのですが、公称速度が速過ぎるのです。公称射程も長過ぎます。
キンジャール空中発射弾道ミサイル
- 最大速度マッハ10
- 最大射程2000km(MiG-31K搭載時)、3000km(Tu-22M3搭載時)
イスカンデル短距離弾道ミサイル
- 最大速度マッハ6~7(推定)
- 最大射程500km未満(公称)、700km(NATO推定)
速度の疑義
イスカンデルの公称射程はINF条約に合致する射程500km未満ですが、NATO側はINF条約破棄前から射程700km飛べる性能だと疑っていました。なおこの射程ならば、北朝鮮がイスカンデルを模倣したKN-23弾道ミサイルの発射試験での日米韓による観測数値で類推すると、最大速度はマッハ6~7です。
するとキンジャールの最大速度マッハ10は速過ぎるのではないかという疑念が生まれます。いくら空中発射する分だけ速度と高度が稼げるといっても、ここまで速くなるのは不自然です。つまりマッハ10とはキリの良い数値を出しただけで、実際にはマッハ7~8くらいなのではと考えることができます。
射程の疑義
最大射程についても、キンジャールの発射母機がMiG-31K戦闘機からTu-22M3爆撃機に代わるだけで射程2000kmが3000kmに跳ね上がるのは一体どういうことなのでしょう?
速力はMiG-31Kの方が速い筈です。すると差が生まれるとしたら発射母機の航続距離の違いです。戦闘機よりも爆撃機の方が足が長いのです。2000km・3000kmという数字は発射母機の戦闘行動半径が足されている可能性があります。
その場合はキンジャールのミサイルとしての最大飛距離は1000kmくらいである可能性が考えられます。
内部構造の推定と否定
あるいはアメリカが開発中の空中発射式極超音速滑空ミサイル「AGM-183A ARRW」のように外観は単なる空中発射弾道ミサイルに見せかけて、ミサイル内部にウェーブライダー形状の極超音速滑空弾頭が仕込まれている可能性も考えました。しかしキンジャールの接近撮影された写真をいくら見ても分離ノーズコーンの継ぎ目があるようには見えません。さらに二段式推進ロケットに改造されている可能性も考えましたが、そのような構造の根拠となるような映像や資料は確認できません。
現時点で判明している情報では、キンジャールはイスカンデルを空中発射式にしただけの一段式固体燃料ロケットモーターの空中発射弾道ミサイルであると判断します。分離弾頭ではなく弾頭と推進ロケットは一体型です。
存在自体が宣伝用の可能性
するとロシア当局が発表したキンジャールの性能数値は欺瞞数値であり、本来の数字ではない可能性が高くなります。そして「極超音速兵器」という分類自体が欺瞞であり、宣伝戦の一環であると考えられます。
ウクライナ戦争でロシアがキンジャールを投入したこと自体、本来は必要が無い行為です。戦場が近くイスカンデルでも十分に届きます。わざわざ迎撃突破能力が同程度のキンジャールを使う意味がありません。結局これは「極超音速兵器」を投入したと西側に騒いでもらえれば儲けもの程度の政治的な効果を狙ったものではないのでしょうか?
もしかしたらキンジャールはINF条約の制限を掻い潜る目的で作られた兵器だったのかもしれません。INF条約は地上発射システムを制限するものだったので、空中発射弾道ミサイルは対象外でした。しかしアメリカはロシアの条約違反兵器(9M729/SSC-8地上発射巡航ミサイル)を理由にINF条約を破棄してしまいます。
もしそうならば、INF条約の破棄でキンジャールは既に存在価値を失ってしまった可能性があります。
飛翔するキンジャールとされる動画のミサイルの正体
なおロシアが3月19日に「極超音速兵器」キンジャールを使用したと発表して直ぐに、公式発表の着弾する様子とされる映像とは別に、SNSでは飛翔するキンジャールであるとする映像が大量に出回りました。しかしこれはキンジャールではありませんでした。
結論から言えばこれは戦闘機から発射されたKh-31P対レーダーミサイルが固体燃料ロケットモーターを燃焼しながら飛翔していく様子の可能性が高いと考えます。光っている様子や飛翔高度などから、弾道ミサイルでも極超音速ミサイルでもありません。
しかも動画のオリジナルは2月28日投稿と判明しました。するとキンジャールを使用したとされる日付と合いません。果たしてこの騒動は、単純な勘違いによるものだったのでしょうか。それとも意図的な宣伝戦、あるいは単なる愉快犯だった可能性も有り得ます。