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二つのナショナリズムがぶつかるスコットランド――分離独立問題の再燃

六辻彰二国際政治学者
スコットランドのバグパイプ奏者(写真:アフロ)
  • スコットランド自治政府はイギリス政府に対して、分離独立を問う2度目の住民投票の実施を正式に要求した
  • イギリス・ナショナリズムに傾いてEU離脱を進めるジョンソン首相は、残留派の多いスコットランドで、「ロンドンに振り回されないこと」を目指すナショナリズムも再燃させた
  • やはりEU離脱に反対する労働党の支持者もこれに呼応すると見込まれるため、イギリス政府は左右からの挟み撃ちにあうとみられる

 イギリスのEU離脱が秒読みに入るなか、これとともに「スコットランド分離独立によるイギリス分裂」が現実味を帯びてきた。

2度目の住民投票に向かうスコットランド

 12月19日、スコットランド自治政府のスタージョン第一首相はロンドンのジョンソン首相に書簡を送り、スコットランド分離独立を問う住民投票の実施を認めるよう求めた

 連合王国の一角を占めるスコットランドでは2014年、イギリスからの分離独立を問う住民投票が行われたが、55%の反対多数で否決された。分離独立の動きは、これで一区切りついたかにみえた。

 しかし、「イギリスがEUから離脱する場合これが再燃する」という見込みは、以前から取りざたされていた。スタージョン第一首相が2度目の住民投票(indyref2と呼ばれる)をイギリス政府に公式に求めたことで、この予測は現実になった。

分離独立の起爆剤「EU離脱」

 なぜイギリスのEU離脱がスコットランドの分離独立を促すか。その大きな背景には、スコットランドでEU残留派が多いことがある。

 EU離脱の賛否を問う2016年国民投票で残留派は、イギリス全体で48.1%にとどまり敗れた。しかし、スコットランドだけに限ると、残留支持が62%にのぼった。

 もともとスコットランドはイングランドによって支配され、連合王国に組み込まれた歴史をもつ。そのため、ロンドンへの反感は強く、それがヨーロッパ大陸との結びつきを重視する気風を生んできた。

 つまり、イギリス政府がEU離脱に邁進したことは結果的に、EU残留を求めるスコットランドで、ロンドンへの反感を強め、イギリスからの分離独立を求める声を再び大きくさせたのである。

絡み合う二つのナショナリズム

 ただし、2014年スコットランド住民投票では、分離独立が否決された。イギリスのEU離脱が追い風になるとしても、2度目の住民投票が行われた場合、独立派に勝算はあるのか。

 現在のスコットランドをみると、少なくとも独立派が勝機を見出しても不思議ではない政治状況にある。

 まず、EU離脱を推進するジョンソン首相が解散に踏み切り、保守党が大勝した12月15日の総選挙で、スコットランドの59議席のうち48議席をスコットランド国民党が占めた。

 次に、スコットランド国民党は、スコットランド人としてのナショナリズムを強調し、分離独立を主導してきた政党だ。自治政府のスタージョン第一首相は、その党首でもある。スコットランド国民党の躍進は、「ロンドンがスコットランドの反対を無視してEU離脱を強行しようとしている」という反感から、分離独立の気運が高まるさまを示す。

 つまり、ジョンソン首相がイギリス・ナショナリズムに傾き、EU離脱に道筋をつけたことは結果的に、スコットランド・ナショナリズムも喚起した。スコットランド問題は、いわば二つのナショナリズムの衝突ともいえる

左右からの挟み撃ち

 これに加えて、スコットランド国民党には有力な援軍も期待できる。スコットランドにもともと多い労働党支持者だ。

 スコットランドは元来、所得水準でイングランドより低い。そのため、「小さな政府」志向の強い保守党ではなく、「弱者の権利」を重視する労働党が伝統的に強く、スコットランド国民党が台頭する以前、スコットランドは労働党の牙城だった。

 ただし、2014年のスコットランド住民投票で、独立を支持した労働党支持者は37%にとどまった。そこには社会保障などのサービス低下への懸念があったとみられる。

 ところが、今回は2014年と事情が異なる。EU離脱を推進するジョンソン首相や保守党と対照的に、労働党は一貫してこれに反対してきた。

 スコットランド国民党と労働党はそれぞれ、いわゆる右派と左派に位置づけられる。そのため、党としての関係は必ずしもよくない。しかし、労働党の支持者にとって、EU残留を可能にする手段として、スコットランド独立の魅力は大きくなっている。

 つまり、党本部はともかく、スコットランドの労働党支持者には、分離独立支持への転向が見込まれるのだ。この構図は、保守党が過半数を占めるロンドンの議会を、スコットランドがいわば左右から挟み撃ちするものといえる

今後の焦点「第30条」は適用されるか

 それでは、ジョンソン首相は、これにどのように対応するのか。

 今後の焦点は、スタージョン第一首相が求める「第30条」の適用にある。

 第30条とは、スコットランドの自治を定めたスコットランド法の第30条を指す。ここでは、本来ロンドンの政府・議会がもつ権限を、必要に応じてスコットランド議会に委ねることが定められている。

 1999年にスコットランド議会が創設されて以来、この第30条が適用された事例は16回にのぼり、そのなかには鉄道の敷設や投票年齢の引き下げなどが含まれる。

 スタージョン第一首相はスコットランド議会が住民投票を行うことを、この第30条の適用で実現しようとしているのだ。

 現在までのところ、ジョンソン首相は2度目の住民投票に反対する姿勢だが、第30条の要求に公式の反応はみせていない。イギリス政府は「住民投票は一回限り」という前提だったため、無理はない。

 しかし、仮にイギリス政府がこれを黙殺しようとするなら、スタージョン第一首相は裁判などを通じて争うことも想定される。

 その場合、イギリス政府はEU離脱という重要案件と並行して、このタスクを処理しなければならない。それは連合王国を解体させかねないエネルギーを秘めている。EU離脱にやっと目処がついたイギリスには、再び大きな嵐がやってこようとしているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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