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こどもノーマークはNO! - 社会でこどもを守る #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:イメージマート)

はじめに

 こどもをひとりにすることについて議論が起こっている。2023年10月10日、埼玉県議会で、こどもをひとりにしておくことを禁止する虐待禁止条例の改正案の提出が見送られた。今回、この件は解決したように思われるかもしれないが、今後、また議論される時が必ず来るはずだ。

 これまで2回(「埼玉県虐待禁止条例案について考える-社会でこどもを守るために」2023年10月10日、「埼玉県虐待禁止条例案について考える-Vol.2 アメリカの状況」10月11日)、こどもを置き去りにすることを法律で規制することについて、このニュース欄で意見を述べた。私自身、この「こどもを置き去りにする」、「放置する」という言葉で、こどもをひとりにする状況のすべてを取り扱うことに違和感があった。これらの言葉には、「してはならない」、「すべきではない」という意味が含まれていて、この言葉を聞いた人には、「悪いことである」というメッセージが伝わる。

 夏の炎天下、駐車場の車の中にこどもを置いておくのは「置き去り」であり、罰せられることは誰でも納得できると思うが、「こどもがひとりで公園に遊びに行く」、「こどもがひとりで近所におつかいに行く」ということも「置き去り」のひとつと考え、それを「禁止する」となると、多くの人は違和感を覚えてしまうようだ。

言葉の力

 言葉には力がある。一言で状況を言い表し、その事象の問題点を明確に示すことができる。

 例えば、同じ年齢層のこどもに、同じ事故が起こり続けていることについて、日本スポーツ振興センターの災害共済給付のデータや、東京消防庁の日常生活事故の救急搬送のデータを示して、「前年のデータをコピーして、今年のところに貼り付けると、今年のデータになる」と私は言ってきた。そう指摘することによって、現在行われている対策が有効ではないと言い続けてきたのだ。これについて、名古屋大学の内田 良先生は、一言、「コピペ事故」と命名された。長い説明をすることなく、この一言で、現在、どのような状況なのか、問題点は何なのかを端的に示すことができ、理解してもらうことができる。「ブラック部活」という言葉も内田先生の命名であったと思う。

 こどもをひとりにすることの危険性、問題点について、一言で状況や問題点を指摘する言葉はないだろうか。いろいろ考え、私は「ノーマーク」という言葉を提案したいと思う。

 ノーマーク:No Markとは、「競技などで、特定の相手に対して、特に警戒したり防御したりしないこと」とされている。「こども、ノーマーク」と言えば、こどもがひとりになっているという状況を事実として述べているだけで、「良い」、「悪い」という評価は入っていない。

 マンションなどの高層階に住んでいる保護者がごみ出しに行っているあいだに、こどもがベランダから転落する-これを「こども置き去り」という言葉で指摘すると違和感を持つ人が多いのではないかと思うが、「こどもノーマーク」と言えば、それほど違和感なく受け入れられるのではないか。現象としては同じでも、言い方によって感じ方が異なるのではないだろうか。

ノーマークを減らすには

 ノーマークであるために、こどもがケガをすることはよくある。

 例えば、

・小学校帰りのこどもが車に轢かれて死亡する。

・両親が外出中に火災が発生して、家にいたこども2人が焼死する。

・保護者に叱られてベランダに出されたこどもが転落死する。

・2階の大人用ベッドで寝ていた10か月児が窓から転落死する。

・こどもが夜間に家を抜け出し、水路にはまり、しばらくたって海で遺体で発見される。

といったことだ。

 実際には、これらの死亡事故の数倍以上の重傷事故が、日々、起こり続けている。こどもをマークして、保護者がそばにいる状況でも、見ている目の前でこどもは転倒する。ハイハイして、床に置かれていた電気ケトルにぶつかり、熱湯が漏れ出て乳児が大やけどをする。保護者の目の前で大粒のぶどうを食べていて、のどに詰まらせて死亡する。

 これらに対しては、転倒しても衝撃力を軽減する緩衝材を床に敷く、湯漏れ防止機能付き電気ケトルを使用する、大粒のぶどうは4つに切って与えるなど、これまで製品や環境の改善を傷害予防策として提示してきた。

 一方、保護者がこどもをマークしていない状況について、一部はセンサーなどの機器を使用する予防策を提示してきたが、十分な効果のある予防策を提示することはむずかしい。ノーマークの時間が長く、保護者とこどもの物理的距離が長いほど、こどもがケガをするリスクは増大する。

 小学校低学年以下のこどもは、危険を予知する能力は未熟である。危険を避ける運動能力も発達段階にあり、同じエネルギーを身体に受けた場合は大人より傷害の程度は重くなる。これらの事実から、こどもがひとりで危険を回避することはできず、技術を使用しても十分に予防することができないため、ノーマークをなくして安全を確保するルールを社会で作る、すなわち法的にノーマークを規制することが考えられるようになったのだと思う。この場合、保護者だけが責任を負うのではなく、こどもを預かってもらえる人や場所を確保し、子育てしやすい環境を社会が整備することを前提とすることが不可欠である。保護者の負担を増やすのではなく、保護者の支援体制を整備した上で、ノーマークの規制を行う必要がある。

 こどもがひとりでいる状況、すなわち「こどもノーマーク」の状況で傷害が発生したら、その1例1例について、どうしたら予防できたかについて検討していく必要がある。これらのデータを集め、国は、こどもをひとりにすることの危険性を国民に周知し、「社会でこどもを守る」という考え方を広め、最終的には法律で「こどもノーマーク」を禁止する必要があると私は考えている。

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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