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イスラーム過激派の食卓(「イスラーム国 中央アフリカ州」はネタ切れ?)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:アフロ)

 最盛期に比べると活動の低迷が明らかな「イスラーム国」だが、アフリカの諸州は活発化している。「サヘル州」はナイジェリアをはじめとする地域の諸国を激しく攻撃している上、マリを舞台にアル=カーイダの一派である「イスラームとムスリム支援団」と抗争を繰り広げている。「モザンビーク州」も、活動内容が街道での追剥のような攻撃からキリスト教徒の村落への攻撃と殺戮へと変わってきた。コンゴなどで活動する「中央アフリカ州」も、「イスラーム国」の週刊機関誌でコンゴや「中央アフリカ州」の出現頻度が急上昇中だ。その「中央アフリカ州」が、「ジハードの暮らし」と題する20分弱の動画を発表した。

 タイトルから想像すると、動画の内容は構成員やその家族、「中央アフリカ州」が占拠した村落での日常生活に関するものと思われるが、そうした期待を裏切り(?)動画のうち15分くらいは過去2年ほどの車両や村落、コンゴ軍への襲撃の模様と、脅迫演説の後に捕虜を射殺するスプラッターものだった。それでも、前半の数分は幼児にコーランを学習させる模様、礼拝の模様、ムジャーヒドゥーンの食事やその準備の模様、スポーツ活動の模様、武器の準備と訓練の模様といった、ムジャーヒドゥーンの暮らしの一端を映し出していた。

写真1:2022年11月5日付「イスラーム国 中央アフリカ州」の動画より
写真1:2022年11月5日付「イスラーム国 中央アフリカ州」の動画より

 写真1は、幼児にコーランを朗読させる模様であるが、山林の中の拠点に複数の子供を集め、将来のムジャーヒドゥーンとして育成する活動の一端と言える。幼児たちが、構成員の家族なのか、それともどこかから拉致してきた者なのかは不明だが、幼児に「イスラーム国」流の教育を施すのは、同派にとっては重要な行為だ。

 食事とその準備の場面は、残念ながら(?)かなり高い確率で過去2年の間に「中央アフリカ州」が画像としてすでに発表済みのものである。今般の動画の食事の準備場面は、2021年5月の「イスラーム過激派の食卓(期待を裏切る「イスラーム国 中央アフリカ州」)」と、2022年4月の「イスラーム過激派の食卓(今年も期待を裏切った「イスラーム国 中央アフリカ州」)」で紹介済みのものと思われる。このため、野趣あふれる調理風景や果物が主食に見える彼らの食事風景が、現在の「中央アフリカ州」の暮らしぶりを反映しているかはよくわからない。しかし、興味深いのは、写真2に映し出されているようにムジャーヒドゥーンの中にも食事の支度と給仕をする「下っ端」と、当然のように給仕を受ける「偉そうな者」がいるという点だ。武装闘争に従事する集団の構成員に「指導部」と「被指導部」がいて、前者が後者を時に理不尽にこき使う、という情景は「イスラーム国」でなくとも様々なところで見かけるものだろう。しかし、ジハードでの華々しい活躍を夢想して「イスラーム国」に加わる者たちにとって、忍耐力や忠誠心を試すかのように下働きを押し付けられる現実が魅力的だとは言えないだろう。かつて「イスラーム国」に幻滅して同派から逃亡した者たちの一部も、炊事や洗濯のような作業を割り当てられた不満が逃亡の原因になっていた。

写真2:2022年11月5日付「イスラーム国 中央アフリカ州」の動画より
写真2:2022年11月5日付「イスラーム国 中央アフリカ州」の動画より

 破壊と殺戮、異教徒や背教者への虐待の他に楽しみがなさそうなムジャーヒドゥーンにも、娯楽があるようで、彼らの数少ない健康的(?)な娯楽活動として、スポーツの模様も映し出されていた。写真3は、一見訓練の成果を披露する演武のようにも見えるが、よく見ると棒を振り回す右側の男と、それを華麗によけるはずの左側の男との呼吸が合っておらず、棒による打擲がことごとく左側の男に命中する。動画には見物する者たちの笑い声が収録されており、この場面は演武ではなく、おそらくコントの一種なのだろう。

写真3:2022年11月5日付「イスラーム国 中央アフリカ州」の動画より
写真3:2022年11月5日付「イスラーム国 中央アフリカ州」の動画より

 今般の「中央アフリカ州」の作品は、かつて公式・非公式に美麗な動画をまさに乱発し、様々な方法で支持者・ファン、そして世論に影響を与えた「イスラーム国」の作品群と比べるとなんだかデキが悪い。特に、過去2年ほどに撮りため、しかもその一部は既に公開済みの素材を総集編の様にして再発信することは、発信すべき素材が払底した末のこととも言え、「イスラーム国」の広報活動の量・質の低下を如実に示している。中でも、「下っ端」として使役される者がいる情景は、これから「中央アフリカ州」に合流しようとする者たちにとって魅力的なものとは思えない。ムジャーヒドゥーンの暮らしぶりを、ムスリムの若者が直面する課題である、失業、住宅難、結婚難から無縁の充実する暮らしであると紹介する勧誘作品が多数流布した昔日を思えば、「イスラーム国」の勧誘や情報発信の方針が変わったのか、或いは自らの活動を魅力的に映し出す余裕を失ったのか、衰退ぶりを示す作品だった。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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