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「イスラーム国」はトランプ次期大統領が大好き

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 先日のアメリカの大統領選挙の結果が国際関係や個々の紛争、世界各国の状況に大きな影響を与えうるものだということはまず間違いない。もちろん、イスラーム過激派も影響を受ける対象だ。本稿執筆時点で、ちゃんと組織の幹部や司令部のような名義でアメリカの大統領選挙について反応したイスラーム過激派の団体は見当たらない。仮にあったとしても、「アメリカの大統領が誰であろうがアメリカはイスラームの敵であり、これと闘い続けることに変わりはない」程度のことしか言いそうにない。では、アメリカの大統領選挙の結果、つまりトランプ大統領の復帰についてのイスラーム過激派の言動は「読む価値がない」かと言えば、決してそうではない。

 2024年11月14日付で出回った「イスラーム国」の機関誌の最新号の論説は、トランプ大統領の復帰について論じるもので、本件についての「イスラーム国」の最初の長文の反応として多少時間を割いてでも眺めてみるべきものだ。論説は、案の定(?)選挙結果確定早々トランプ次期大統領にすり寄り、同氏の歓心を買おうとするカタル、トルコ、エジプト、サウジ、UAE,ヨルダンなどの「暴君」を小ばかにした。もちろん、トランプ氏の当選について“「(アメリカとの)いろいろな関係の新しい局面を開くこと」に期待感を表明した”ターリバーンもこの論説の舌鋒からは逃れられない。さらに、論説は「正しい信仰が勝ち、不信仰は敗れる」との確信のもと、トランプもネタニヤフもホメイニー一派(注:イランのこと)もプーチンの地獄行き間違いなしと主張し、アメリカについても共和党でも民主党でも、右派でも左派でも、同国の人民やキリスト教徒諸人民の正体はイスラームへの戦争を支持する者たちだと議論を展開する。そして、トランプ氏は先の任期の間、99日で16回(注:太字の強調は筆者による)も「イスラーム国」の敗北を宣言したが、これは大ウソで、アメリカの政権はホラサーンでもアフリカの諸州でも「イスラーム国」を止めることはできておらず、戦争は継続中と結んだ。

 以上のような論説の内容はだいたい予想の範囲内であり、それだけなら別に論評する価値もない。また、2024年分の「イスラーム国」の観察が終わった時点で別稿にて分析する予定だが、同派が本当にホラサーンやアフリカ諸州で「イケてるか」については大いに疑問符がつくし、特に世論への影響や政治的効果については「ないに等しい」(注:アフガンとその周辺や、アフリカ諸国で「イスラーム国」に虐げられている人々に価値がないという意味ではない)。では、何が重要かと言うと、今般の「イスラーム国」の機関誌の論説は、同派がそれに気づいているかどうかは別として、「イスラーム国」(少なくとも機関誌の論説を書いた人々)が存在や活動への自己評価の尺度を、ドナルド・トランプという個人に従属させてしまっている点だ。先のトランプ政権の際、トランプ大統領の移行や手腕とは無関係に、同人は「イスラーム国」対策で目覚ましい成果を上げた。それは、トランプ大統領の奇矯とも言える言動に世界中の政府・報道機関・視聴者の関心が集中し、「イスラーム国」に対する世論や報道機関の関心を根こそぎ「持って行って」しまったことだ。これは、「暴力の行使やその威嚇によって敵方の世論に影響を与えて政治目標を達成しようとする」テロリズムを行動様式とする「イスラーム国」にとって致命傷とも言ってよかった。同派が何をしようと、「それについてのトランプ大統領の反応の如何や有無」が「オチ」となってしまったので、占拠領域を喪失しようが「自称カリフ」の生死や行方がどうだろうが、世の中の関心は「イスラーム国」から離れてしまったのだ。だからこそ、「イスラーム国」はトランプ大統領が半ば衝動的にアメリカ軍のシリアからの撤退を言い出し、それを諫めようとアメリカの軍や政策部門の「専門家」達が「イスラーム国」の脅威を言い立てるたびに狂喜した。アメリカ軍がシリア領を不法占拠したり、イラクでの「任務」に固執したりする名目は「イスラーム国」対策なのだが、実際はもう10年以上前からシリア紛争でのシリア政府の「勝利」を邪魔する、イラクの軍や政府を従属下に置き続ける、そして地域における「イランの伸張」を阻止するというのが目的だ。また、「イスラーム国」がもう「イケてない」と認めてしまうと、それまで「イスラーム国」対策に充てられてきた予算・人員・権限が縮小させられてしまう。だからこそ、アメリカの軍事・情報・外交機関からは、いつまでたっても「イスラーム国」が脅威だという情報が発信され続ける。もし本当に「イスラーム国」が脅威ならば、アフガニスタンやその周辺と、アフリカ諸国になぜ何の対策も講じないのだろうか??

 今般の論説では、先の段落で太字で強調した通り、論説の執筆者たちが「99日で16回」とトランプ大統領の「イスラーム国」敗北宣言を数え上げているところが重要だ。要するに、「イスラーム国」の者たちは、トランプ大統領が「イスラーム国」をについて発言することを心待ちにし、同人の言動を毎日一生懸命観察しているということだ。これは、「敵の関心事や方針」を知るための必須の観察と言えるかもしれないが、本当にそうならば、「イスラーム国」がトランプ大統領の失敗や無能を世に示す最良の方法はイラクとシリアでアメリカ軍をぶちのめすことだ。しかし、イラクでもシリアでも「イスラーム国」によるアメリカ軍への攻撃はもう何年も1件も発生していない。自覚的かどうかはさておき、「イスラーム国」はトランプ大統領をはじめとする「アメリカ国内での議論や論争」でネタにしてもらえるかどうかを、世間に自らの価値を誇る際の基準の一つとしてがっちりと組み込んでしまったのだ。しかも、「イスラーム国」は現在の中東での紛争について、「イスラエルに味方してアメリカ・イスラエルの敵を撃つ」と公言している。このような状態は、現世的な成功を夢見てギョーカイの大物たちに認めてもらおうと彼らの前に「ネタ見せ」しようと列をなす人々と大差がない。「イスラーム国」はトランプ大統領やアメリカ当局の気を引いて、話題として挙げてもらうことによって現世的な成功を得たいということだ。

 状況がここまでになっても、「イスラーム国」やイスラーム過激派が邦人や邦人権益に被害を与える確率を極力下げるため、できることならイスラーム過激派を根絶するために、彼らの観察をやめるわけにはいかない。しかし、観察対象への認識や評価は、かつて喧伝されたような文明論的・宗教論的なものではなく、極めて現世的・俗物的なものだということが今や確定しているのだと思う。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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