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世界に広がる(?)イスラーム抵抗運動#2

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 筆者がアル=カーイダや「イスラーム国」のようなイスラーム過激派諸派が発信する文書類や画像、動画のファイルを日々観察し、保存するようになってから20年がたとうとしている。そもそものきっかけは、当時イラクを占領していたアメリカをはじめとする連合軍への武装闘争が激化し、イラクで活動していた日本人を含む外国人を攻撃したり、誘拐・殺害したりする事件が頻発したことだ。昨今、アラビア語の報道機関では対イスラエル攻撃の戦果発表が毎日報じられる「イラクのイスラーム抵抗運動」の一部とはこのぐらいの時期からのお付き合いとなるわけだ。当初、イスラーム過激派やイラクの反アメリカ武装闘争諸派の作品群を観察する目的は、どのような団体がどこで、いかなる頻度で、何を攻撃しているかを把握し、邦人の安全確保に役立てることだった。もっとも、ちょっとでも作品を発表した団体を一覧表形式にまとめる作業をしていると、ごく短期間で掌握した団体数が300を超えてしまったから、諸派の活動の観察を通じて何か世の中の役に立つ分析や考察をするには相当頭を使わなくてはならなかった。一方、こうした苦労は作品群(注:駄作群と呼んでもいい)を発信する武装勢力諸派の側にも間違いなくあった。というのも、インターネット上で誰もが文書、画像、音声、映像を発信できるようになると、現場では一切活動していないにもかかわらずイスラーム過激派や武装勢力を名乗ってインチキ声明やインチキ戦果発表を発信する個人・団体が相次いだのだ。実際に戦っている諸派は、これへの対策として組織のロゴをデザインし、ロゴや作戦実行日の字幕などを画像や動画につけるようになったが、それでも映像や画像の加工もそれほど面倒ではないので、他所の戦果画像・映像を剽窃して発信する悪質発信者は後を絶たなかった(注:悪質発信者はその後まもなくほぼ根絶されたのだが、その理由については拙著『「テロとの戦い」との闘い』を参照されたい)。

 前置きが長くなったが、本稿は現在の中東での紛争の当事者である「抵抗の枢軸」陣営に与して、各地で「イスラーム抵抗運動」を名乗る戦果発表の観察と分析も、上記の様なガセやゴミと格闘しながら営まれているというお話だ。ヒズブッラー(ヒズボラ)やハマース(ハマス)もそれと名乗る「イスラーム抵抗運動」、この2派の他に最も活発に活動しているのは「イラクのイスラーム抵抗運動」で、この名義の下に具体的な組織名をつけて戦果を発信する集団も若干数ある。バハレーンにも「イスラーム抵抗運動」を名乗ってイスラエルに向けて無人機を発射したとの動画を発表した集団がいるし、UAEへの無人機攻撃やその脅迫について声明を発表した「真実約束部隊」あたりも「イスラーム抵抗運動」と志向・行動様式が近いように見える。これらの活動を毎日観察しなくてはならない理由は、諸派が行う攻撃が現下の破壊と殺戮をさらに拡大・激化させる可能性に備える(できることなら可能性をつぶす)ことだが、諸派が発射するロケット弾や無人機によって邦人権益が被害を受けた時に右往左往しなくていいようにするというのも大きな目的だ。その「イスラーム抵抗運動」に、10月下旬ごろから「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」という新たな名義が仲間入りした。

 「二聖地の国」とはイスラームの聖地であるマッカとマディーナを擁するアラビア半島を指し、一般的な理解ではサウジアラビア王国と解されることも多い。かの地にも「イスラーム抵抗運動」を名乗ってイスラエルを攻撃したいと思うものはゼロではないし、「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」の関心事項の移り変わりによっては、サウジで反体制武装闘争が起きたり、ペルシャ湾沿岸の石油生産・流通施設が攻撃対象となったりなどの「おおごと」にもつながりかねない。というわけで、「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」についても、作品群はどのような経路で流通するのか、どのような形式をとるのか、作品群の内容は事実なのか、何よりも「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」は実在する団体なのかについての観察にも労力を割かざるを得なくなった。興味深いのは、SNS上でこの名義の作品が出回るようになった当初から、この名義で発信された無人機発射場面の動画は「イラクのイスラーム抵抗運動」名義の動画からの剽窃であり、したがって「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」も実在しないガセだという指摘もSNS上で広く出回っている点だ。サウジなりその近隣に「イスラーム抵抗運動」を名乗って対イスラエル攻撃を企画したり、実行したと主張したりする者がいるだけでもそれなりの政治的意味があるので、最近出回っている作品群がガセでもそう簡単に笑い話のネタとして終わらせるわけにはいかないのも確かだ。

 そのような事情で、「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」の戦果発表の真偽をめぐるSNS上の書き込みは、現在の中東での紛争だけでなく、中東や国際場裏での情報戦・神経戦の一端をなすと考えて扱わざるを得ない。敢えて具体的な国名は上げないが、中東地域に多数ある権威主義体制諸国は、いまやインターネットや衛星放送を検閲したり、通信を遮断したり、投稿者や拡散者を追跡して取り締まるようなやり方で情報の流通に臨んでいない。投稿者や拡散者が弾圧されたり、報道機関が目に見える形で脅迫・摘発されたりする事例はそんなに多くない。ではどうするかというと、報道機関を経営したりこれらに出資したりして都合のいい情報を大量に流通させることが有力な対策となる。SNSの世界にも、何かの暴露・告発・扇動のような都合の悪い情報を埋没させるくらいに大量の「応援投稿」を溢れさせれば、情報発信の効果をかなり抑えることができる。「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」の作品群に対するコメントや真偽についての議論の一部にも、「二聖地の国のイスラーム抵抗運動」の存在を迷惑に思う当事者の「応援団」なり「手先」がそこそこ関与していることも否定できない。現在の紛争には、「イスラーム抵抗運動」が各地に広がることが好都合の当事者と、そうでない当事者とがいる。「イスラーム抵抗運動」を名乗る諸派が「発射」するのはロケット弾や無人機に限られない「情報」であり、ロケット弾や無人機を打ち落とすのと同様、「情報」を迎撃する空中戦も営まれているということだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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