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スリランカは「右傾化する世界の縮図」―ヘイトスピーチ規制の遅れが招いた非常事態宣言

六辻彰二国際政治学者
破壊されたモスク前をパトロールするスリランカ軍兵士(2018.3.8)(写真:ロイター/アフロ)

 人種・宗派に基づく差別に基づく、ヘイトスピーチや「右翼テロ」は、いまや先進国だけでなく開発途上国でもみられます。これは不満や憎悪の噴出であると同時に、社会をさらに混乱させる原動力にもなります。

 インド洋にうかぶスリランカでは、3月6日に政府が非常事態を宣言。同国では少数派ムスリムへの嫌がらせや襲撃を、当局がともすれば放置しがちであったことが、大規模な反ムスリム暴動とそれに続く非常事態宣言に行き着きました。いわば、スリランカはヘイトスピーチを積極的に取り締まらなかったツケに直面しているといえます

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非常事態宣言への道

 スリランカは人口約2100万人。その約70パーセントを占めるシンハラ人の多くは仏教徒です。今回の非常事態宣言のきっかけとなったのは、少数派ムーア人(約9パーセント)などのムスリムに対するシンハラ人の暴動でした

 3月6日、中部州の複数の町で、ムスリムが多い地域を数百人のシンハラ人が襲撃。モスクや商店などが破壊・放火され、少なくとも一人が死亡しました。この事態に、スリランカ政府は10日間の非常事態を宣言。夜間外出が禁じられ、フェイスブックなどソーシャルメディアが遮断されました。しかし、その後もムスリムへの襲撃は続いています。

ムスリムへの反感

 今回の暴動は、これまでに高まっていた反ムスリム感情が暴発したものでした。

 近年、サウジアラビアがインド洋一帯に進出するなか、スリランカもその対象となっています。2015年7月には、スリランカの経済特区にサウジがインフラ整備などで12億ドルを投資することで合意。こうした背景のもと、商業に携わることの多いムスリムは「経済的なチャンスに恵まれる」と嫉妬の対象となり、SNSなどで「富裕な湾岸諸国に出稼ぎに行ったムスリムが帰国後に豪華な家を建てた」といった噂が広がるようになりました(スリランカ・ムスリム評議会の代表はこうした噂が「神話」に過ぎないと否定している)。

 さらに、厳格な政教一致を求めるワッハーブ派を国教とするサウジアラビアは、神学生の派遣や神学者の招聘を通じて、海外のムスリムに影響を広げてきました。その結果、以前は髪をスカーフで隠すだけのことが多かったスリランカのムスリム女性の間にも、顔を全て覆うアラビア半島風のヒジャブが普及。さらに、スリランカから少なくとも32人が「イスラーム国」(IS)の外国人戦闘員としてシリアに渡航する事態となりました。

 この国で少数派のムスリムは、8世紀にこの地にイスラームを伝えたアラブ人商人たちの子孫といわれます。宗教や民族が混在することは、近代以前の多くの地域ではむしろ当たり前で、この地のムスリムも常に迫害されてきたわけではありません。しかし、サウジアラビアの進出と「純粋なイスラームの普及」にともない、「スリランカ社会の中心」を自認するシンハラ人の警戒感と嫉妬、憎悪は強まったのです。

仏教ナショナリストの台頭

 その結果、スリランカではムスリムへの嫌がらせやヘイトスピーチが頻発。特に近年では、ミャンマーを追われたロヒンギャ難民の保護が、これを加熱させる一因となってきました。

 その中心には、過激派仏教僧に率いられるボドゥ・バラ・セーナ(BBS)と、ナショナリスト組織マハソン・バラカヤがあります。このうちBBSは、ミャンマーでロヒンギャ排斥を主導する過激派仏教僧の集まりであるミャンマー愛国協会とも結びついている一方、やはりムスリムを迫害するヒンドゥー教徒を支持者に抱えるインド政府にも「反ムスリム」の共闘を呼び掛けています。

 そこでは宗教の教義は大きな問題ではなく、仏教ナショナリストは「自分たちと異なる、気に入らない少数者」を排斥することを政治的な目標にしているといえます。これらの組織はSNSでのヘイトスピーチを通じて参加者を募り、これに呼応するシンハラ人による行為は徐々にエスカレート。2014年7月には首都コロンボの南にあるアルトゥガマのムスリム居住区を、BBSに扇動された数百人のシンハラ人が襲撃し、2人が死亡しました。

「多数派によるテロ」へのお目こぼし

 ところが、これらの事件をスリランカ政府は腫れ物を触るように扱ってきました。2014年の事件の後、警察は暴動を扇動したBBS関係者を呼び出したものの起訴せずに釈放し、軍のスポークスマンはBBSを批判しない一方で「軍がBBSを支持しているわけではない」と強調するにとどめています。

 この背景には、シンハラ人の全てがBBSなど過激派の支持者でないものの、一般シンハラ人の間にも反ムスリム感情が広がっていることがあります。シンハラ人中心のスリランカ政府にとって、少数派のムスリムをあえて擁護することは国内政治の観点から得策でなく、これが「お目こぼし」に結びついたといえます(この点ではロヒンギャ問題におけるミャンマー政府と同じ)。

 先進国を含めて、どこの国でも外国人や少数派による破壊活動には神経をとがらせますが、「多数派によるテロ」は軽視されがちです。ただし、スリランカの場合、その「お目こぼし」は、とりわけ露骨だったといえます。

形式的な取り締まり

 その後、スリランカ政府は取り締まりを強化。2017年11月には2014年の事件を扇動したBBSの幹部が、同国で初めて「ヘイトクライム」によって逮捕されました。これは、2014年の事件を受けて国連が具体的な改善策を求め、米国がビザ発給緩和の延期を通知するなど、国際的な批判が高まったことを受けてのものでした。

 しかし、スリランカ政府の取り締まりは、いわば「外部を納得させる」程度にとどまり、その後もヘイトスピーチや、それに扇動されたムスリム襲撃への取り締まりは事後的なものに終始しました

 例えば、2017年11月に南部の港町ジントータにあるムスリム居住区を数百人のシンハラ人が襲撃し、数十軒の家屋と二つのモスクが破壊された事件で、警察は19人を逮捕。そのなかには、「ムスリムが仏教寺院を破壊しようとしている」というフェイク・メッセージを流布したシンハラ人も含まれていましたが、当局は襲撃以前にこれを取り締まりませんでした。

 同様に、3月6日の反ムスリム暴動の前日、ナショナリスト組織マハソン・バラカヤの指導者はディガーナの街中でSNSを通じて以下のように呼び掛けています。「この街はムスリムだけのものになっている。我々はもっと前からこれに取り組むべきだった。…ディガーナやその近くにシンハラ人がいれば、来てほしい」。こうした襲撃を示唆するメッセージが流れたにもかかわらず、6日に暴動の対象となった近隣の街にはわずかな警官や兵士しか配置されず、しかも彼らは暴動を制止しようとしなかったと報じられています。

右傾化する世界の縮図

 近年では先進国と開発途上国を問わず、「自国第一」を掲げる政府や政治勢力が珍しくありません。そうした政治家や政府は過激な主張に賛同する支持者を抱えており、これらによるヘイトスピーチやヘイトクライムは放置されやすくなります。イスラーム過激派への対策には熱心でも、白人至上主義者への取り締まりには微温的なトランプ政権は、その象徴です。

 スリランカのムスリムの一部にIS戦闘員が生まれ、これがシンハラ人に警戒感を抱かせたのは確かです。しかし、「愛国」や「表現の自由」を都合よく使いまわす「お目こぼし」は、結果的に「右翼テロ」を増長させ、ひいては国家全体をさらなる混乱に陥れかねません。スリランカの非常事態宣言は、右傾化する世界の一つの縮図といえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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