「大揺れ」中国超高層ビルにいた日本人――ふとよぎった「東京タワーより高いビルが横倒しになったら……」
中国広東省深圳市の超高層ビル「賽格(Saige)広場(SEGプラザ)」(高さ355.8m、地上72階・地下4階建て)で今年5月、原因不明の横揺れが生じた問題で、このトラブルに遭遇した日本人男性が筆者の取材に応じた。男性がいた13階では「軽い地震」という受け止めだったが、地上に下りたあと「揺れたのはこのビルだけ」「大きく揺れた」と知らされた。この時、原因は全くわからず、男性は「東京タワー(333m)よりも高いビルが万が一、横倒しになったら……」と想像し、背筋が寒くなったという。
◇スマホとパスポートだけを持って逃げ出し
男性は、深圳在住の起業家で「アイデアポート・グループ(Ideaport Gr.)」創業者CEO、鈴木陽介さん。2011年1月以後、広東省で中国関連のビジネスを手掛け、今年1月末、SEGプラザに拠点を構えた。
中国中央テレビによると、ビルが最初に大揺れしたのは今年5月18日午後0時半(現地時間)。この時、鈴木さんは昼食を取るためビルの外にいた。「大揺れ」のことを知らないままSEGプラザ13階のオフィスに戻ったところ、午後1時すぎ、館内にアナウンスが流れ、同僚に聞くと「少し揺れた気がする」という返事だった。
鈴木さんは「軽い地震」と考え、大事を取って外に出ることにした。スマートフォンとパスポートだけを持ち、階段を下りた。周囲に混乱はなく、10分ほどで地上にたどり着いた。
そこで初めて、鈴木さんは事態の深刻さを知ることになる。
振り向くと、大勢の入居者が全力疾走でSEGプラザから離れていた。それを見た人たちも「ただごとではない」と、煽られるように走って遠ざかっていた。SNS上の動画には、SEGプラザの上層階が大きく揺れている様子が収められていた。
鈴木さんには違和感があった。「地震」なのにSEGプラザの入居者以外、誰も騒いでいない。入居者のひとりは「かつてSEGプラザに台風が直撃したが、ここまで揺れなかった」とも話していた。つまり、揺れたのは自分たちのビルだけ、しかも原因不明、ビルは断続的に揺れている――鈴木さんは背筋が寒くなった。
職員を連れて、少し離れた場所に構えていた別のオフィスに避難した。午後3時ごろ、様子を見るためにSEGプラザに向かった。既に「揺れ」のニュースが報じられ、SEGプラザ周辺には人だかりができ、一様に不安げな表情を浮かべていた。「東京タワーより高いビルの倒壊」という、あってはならないことさえ頭をかすめた。
◇「また同じことが起きるのではないか」
揺れは5月20日まで続いた。その翌日になって、ビルを所有する深圳市賽格集団(SEG)が、揺れに対する説明のないままSEGプラザを閉鎖した。SEG職員に尋ねても「新しい通知があるまで待ってほしい」「デマやウワサを信じないで」と繰り返すばかりだった。
今月15日、「揺れの原因」がようやくメディアを通して伝えられた。「屋上にあるマスト(支柱)の渦励振の共振と、このビルの動特性の変化が組み合わさって生じた」。だが鈴木さんらへの説明はなかった。質疑応答の機会も得られないばかりか、唐突に「あすの夕方から改修工事をする。約1カ月、ビルに入れなくなる」と通告してきた。
この際、SEG側は「蓄積された損傷があるもののビル全体の安全性に影響を与えるものではない」「改修後には安全に使える」と強調していた。
SEG側の主張をどこまで信じるか――鈴木さんは頭を悩ませた。
ある日、荷物を取りにSEGプラザのオフィスに戻ると、同じ13階の企業の一部が仕事を再開していた。低層階の店舗の中にも営業を続けているところがあった。事業主の中には「これだけ多くの命が関わっている問題なのだから、当局も根拠のないまま『安全性に影響はない』と主張するはずがない」と考える人もいた。
とはいえ、安全性に対するSEG側の説明があるわけではない。再び揺れが起きて、オフィスが使えなくなる恐れもある――。鈴木さんはこうした不信感を拭い去れず、SEGプラザからの撤退を考えている。
今後、SEG側との補償問題が焦点となる。SEG側は「改修工事終了後、話し合いに応じる」という立場だが、その交渉にどれだけの時間と労力が費やされるか、鈴木さんの心中では不安が先立っている。