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北朝鮮住民の「心臓」の上に金正恩氏の肖像――執権12年半、独裁体制はガチガチに固まった

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金正恩総書記が描かれたバッジ。党会議で幹部が着用していた=朝鮮中央通信より

 北朝鮮で開催中の朝鮮労働党中央委員会総会拡大会議で、参加者の胸元につけられている肖像記章(バッジ)が金正恩(キム・ジョンウン)総書記本人の図柄に変わった。先月には祖父・金日成(キム・イルソン)主席、父・金正日(キム・ジョンイル)総書記に並んで金総書記本人の肖像画が掲げられていたのが確認されている。2011年12月の先代死去からカウントすれば12年半。金総書記の権力基盤強化を象徴する出来事が相次いでおり、北朝鮮がまるで「名実ともに金正恩時代に入った」ことを宣言しているかのようだ。

◇生活上の必須アイテム

 会議2日目(6月29日開催)では議題に対する報告・討論が進められ、党の指導幹部が次々に登壇して「建設的な意見」を提起したと伝えられている。

 注目されたのは国営朝鮮中央通信が30日配信した写真だ。発言する幹部の左胸に着けているバッジの図柄が、これまでの金日成主席・金正日総書記ではなく、金正恩総書記本人のものになっていた。金正恩総書記のバッジの存在は以前から知られていたが、今回のような重要会議の場で、幹部が着用するのは初めてとみられる。

 北朝鮮住民にとってバッジは生活上の必須アイテムだ。

 最高指導者のバッジはアルミ製で数十種類はあるといわれ、いずれも平壌の万寿台創作社で製造されるという。

 筆者がかつて取材した北朝鮮ビジネスマンは「記章は所属組織で配られ、人間の最も大切な場所=心臓の上に着けるように指示される」と説明していた。

 仕事中に記章を着けると、肖像が汚れるおそれがあるため、作業着での着用は実質的に禁じられている。ただ、いつ、どういう機会に着けなければならないかの規定はなく、どう扱うかは「私たちの心の中の問題」(北京の北朝鮮レストラン従業員)とされるが、よほど特別な事情がない限り着用している。

 北朝鮮との国境付近にある中国の土産物店では、こうしたバッジの模造品が国境観光の記念品として売られている。

◇住民はついてこれるのか

 金総書記が最高指導者になって12年半。第8回党大会(2021年1月)で独自色を鮮明にさせ、党指導部の世代交代を進めて党運営の効率化を図り、国防力強化を宣言した。

 そこからさらに3年を経て、北朝鮮では今回のバッジにみられるように「金正恩時代の本格化」を象徴する出来事が相次いでいる。

 金総書記は民族・統一を否定し、金日成主席の誕生日(4月15日)を従来の「太陽節」と呼ばないようになった。先月には党中央幹部学校の教室に金日成主席、金正日総書記に並んで金正恩総書記の肖像画が掲げられていた。最近公開された歌謡曲「親しいオボイ」(オボイは父や母、敬慕する最高指導者を指す)では金総書記を敬称なしで「金正恩」と呼ぶ異例の歌詞で金総書記への親近感を演出した。

 また、北朝鮮住民を統率するための「金正恩総書記による新たな革命思想」の体系化が完了したとも伝えられる。

 一連の出来事が示すのは、党指導部で金総書記を支える勢力がこの12年半かけて固められ、盤石なものとなったということだろう。言い換えれば「先代の威光に頼った統治」はもはや必要ではなく、自身のカラーを前面に掲げる方式を鮮明にしたといえる。

 ただ、こうした変化を大多数の住民が理解し、ついていけるだろうか。北朝鮮情勢に通じた研究者は次のように指摘する。

「金正恩政治の成熟度はかなり高まったといえる。だが、先代の思想を学び続け、それから外れないよう懸命に生きてきた2000万人住民の頭と心が、果たしてその変化についていけるのか。対南政策の転換方針もなかなか受け入れられていない。変化を理解できるのは、オープンな考え方のできる一部の優秀な人材だけだ。そうではない一般の人たちは、まだまだ時間がかかるだろう」

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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