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「北朝鮮のミサイル」を仕切る気になる組織の、2026年1月までの必須ミッション

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金総書記の背後にある党旗と、その右側にあるミサイル総局の旗=朝鮮中央通信HPより

 北朝鮮国営メディアが最近、弾道ミサイル発射の情報を伝える際、「ミサイル総局」という名前の組織に言及することが多くなった。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記が口癖のように使う「われわれは強くならなければならない」という号令を受け、北朝鮮はミサイルの性能をどんどん高めている。その中心となっている「ミサイル総局」とは、いったいどのような組織なのか。

◇国威発揚の必須アイテム

 本題に入る前に、北朝鮮ではミサイル総局の露出増に呼応するように、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を国威発揚のアイテムとして使う動きが活発になっている。

 軍事パレードでは“大トリの出し物”がICBMだ。会場は興奮に包まれ、朝鮮中央テレビのアナウンサーが威勢よくその登場を伝える。

 金総書記の妻、李雪主(リ・ソルジュ)氏は昨年2月8日の朝鮮人民軍創建日(建軍節)を祝う宴会で、ICBMをモチーフにしたネックレスを着用していた。歴代最高指導者の生誕記念日を機に開かれた美術展ではICBMに関連した作品が展示され、平壌の花火店にはICBMをあしらった爆竹も登場している。

ICBMをモチーフにしたネックレスを着用する李雪主氏=朝鮮中央通信HPキャプチャー
ICBMをモチーフにしたネックレスを着用する李雪主氏=朝鮮中央通信HPキャプチャー

◇開発・生産管理、行政を総括

 ミサイル総局は、金総書記をトップとする国務委員会の直属機関であり、開発・生産の管理、ミサイルに関する行政を総括すると考えられる。戦略弾道ミサイルの運用は朝鮮人民軍戦略軍が担う。

 その存在が確認されたのは、昨年2月7日の朝鮮中央通信の報道だった。党中央軍事委員会拡大会議の開催を伝える写真に、「朝鮮民主主義人民共和国ミサイル総局」という文字とともに「火星17」とみられるミサイルの描かれた旗が収められていた。

 ミサイル総局の旗は、秘密警察・情報機関の国家保衛省よりも党旗に近い場所に立てられていたことから、ミサイル総局はかなり強力な権限が与えられている組織とみなすことができる。

 北朝鮮からの情報を総合すると、ミサイル総局は2016年4月に創設されたようだ。2016年といえば、北朝鮮が▽1月と9月に核実験▽2月に「地球観測衛星『光明星』4号のロケット打ち上げ」とする飛翔体発射▽4月と8月に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射――など、核・弾道ミサイル開発を急ピッチで進めていた時期だ。

 北朝鮮は多様なミサイルの開発を急いでいたため、党軍需工業部のミサイル専門組織を分離・拡大し、専門部署を新設する必要があったようだ。

◇ミサイル総局長

 ミサイル総局のトップは、国防科学院長を務めた張昌河(チャン・チャンハ)氏だ。金総書記が昨年9月、ロシア軍の太平洋艦隊基地を訪問した際、同行していた張昌河氏が「ミサイル総局長」という名札をつけていたことが確認されたという。

 張昌河氏は▽党政治局常務委員の李炳哲(リ・ビョンチョル)軍元帥▽金正植(キム・ジョンシク)党軍需工業部第1副部長▽党中央委員の全日好(チョン・イルホ)金正恩国防総合大学総長――とともに「ICBM4人組」と称されてきた人物だ。

 韓国統一省のデータベースには、張昌河氏の肩書として、ミサイル総局長のほか、党中央委員、最高人民会議代議員、軍大将などが書かれている。

 韓国メディアの情報によると、張昌河氏は1964年生まれとされ、2012年12月12日に北朝鮮が「人工衛星」を打ち上げた際に「共和国英雄」の称号を受け、2022年11月には「火星17」開発の功労が認められて軍大将に昇進した。

 印象的な場面がある。2022年4月のICBM「火星18」発射の際、試験発射の任務を担うミサイル総局第2赤旗中隊に張昌河氏が発射命令を下すシーンが朝鮮中央テレビの映像に収められていた。張昌河氏の肉声も伝えられ、野太い声で「第2中隊、試験発射が承認された。発射せよ」と命じていた。

 昨年7月27日に平壌・金日成広場であった軍事パレードでは、「火星18」の登場とともにミサイル総局の名が告げられ、アナウンスの中で「張昌河大将が率いる」と紹介されていた。

 金総書記の強い信任を得ているようで、ミサイル発射に失敗した場合でも「処罰を受けた」という情報は聞かない。

軍事パレードで火星18を率いる張昌河氏=朝鮮中央テレビの映像キャプチャー
軍事パレードで火星18を率いる張昌河氏=朝鮮中央テレビの映像キャプチャー

◇ロシアのウクライナ攻撃

 北朝鮮は弾道ミサイル開発とともに輸出も加速させ、外貨獲得に拍車をかけている。北朝鮮のミサイルが、ロシアのウクライナ侵攻の際に使われたとされ、米欧諸国を中心に非難の声が上がっている。

 欧州連合(EU)は今年2月、ロシアの武器調達などに関与したとして、北朝鮮の強純男(カン・スンナム)国防相とともにミサイル総局を制裁リストに追加した。

 EUはミサイル総局について「違法な弾道ミサイル開発を監督する北朝鮮で唯一の機関」「その管理下で設計・開発・生産された弾道ミサイルがロシア軍によってウクライナを相手に使用された」「ウクライナの領土保存や主権、独立を傷つけ、威嚇する行為を実質的に支援している」との認識を示している。

◇2026年までの5カ年計画

 金総書記が「われわれは強くならなければならない」と言及するようになった契機が、2019年2月の米朝首脳会談だ。トランプ大統領(当時)に半ばあしらわれるように要求をはねのけられて自国の力不足を痛感し、国力の裏付けとなる軍事力・経済力の抜本的な立て直しを急ぐようになった。

 このうち軍事面では2021年1月の党大会で「5カ年計画」を掲げ、核弾頭のさらなる小型化や原子力潜水艦の保有、軍事偵察衛星の運用とともに、精度の高いミサイル能力の確保をうたっている。

 5カ年計画に具体的に明記されているわけではないが、弾道ミサイルは多種多様なものが開発されており、これらを異なる場所から同時に大量投入する「飽和攻撃」を仕掛けられるよう態勢を整えているようにもみえる。

 今回の5カ年計画のゴール地点となる次回党大会は2026年1月をめどに開催されると見込まれている。計画終了まで2年を切っており、北朝鮮が今後、目標に掲げる兵器の開発を急ピッチで進めるのは間違いない。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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