英駐米大使が酷評する「トランプ外交」を外交力の弱い日本は真似できる?
フーテン老人世直し録(450)
文月某日
英国のキム・ダロック駐米大使がトランプ政権を「無能」と酷評した極秘の外交文書がリークされ、英デーリー・メール紙に報道された。
現在、英国は保守党党首選の真っ最中で、今月下旬にはメイ首相に代わる新たな首相が誕生する。この時期に極秘のはずの外交文書を誰がリークしたのか、目的は何かが注目される。
英国と米国はアングロ・サクソンの価値観を共有する「特別の関係」にあり、軍事、経済、情報、文化など広範囲にわたって協力している。従って英国の外交にとって駐米大使は最重要の職であり最も信頼あるベテランの外交官が配されるはずだ。
その駐米大使が「本音」で本国に送った情報によれば、トランプ政権は「大失敗して終わる」可能性があり、「この政権の機能不十分性や予測不能性、分裂状態、外交下手、無能さが正常化するとは思えない」と指摘している。
そして英米間で意見が異なる気候変動、報道の自由、死刑制度を巡る問題が、EU離脱後に通商関係を強化しなければならない両国関係の障害になる可能性を示唆し、対イラン政策については「支離滅裂だ」と批判している。
英米は「特別の関係」にあるとはいえ、英国には「ジョンブル魂(不屈の精神)」があり「なるほど」と思わせるトランプ政権分析である。英国は日本と違いただ単に米国に従属するだけの国ではない。
この報道に当然ながらトランプは怒りを隠さない。しかしメイ首相は駐米大使を「信頼している」と言い、英外相も外交文書の存在を認める一方、それは「個人的見解」で英国政府の見解と同じではないと説明した。駐米大使を批判したり、人事異動を行うようなみっともない真似はしない。
もっともまもなく英国には新首相が誕生し、駐米大使もそれに伴って交代する可能性があるから、ここで動きを見せる必要もない。しかもダロック駐米大使にはトランプが大統領選で当選した直後にトランプから交代を促された因縁がある。トランプは当選直後にEU離脱強硬派のナイジェル・ファラージ氏が駐米大使になることを期待するとツイッターに書き込んだ。
駐米大使の任命権は英国首相にあってトランプにはない。メイ首相はダロック駐米大使の続投を表明したが、トランプの傍若無人な振る舞いにダロックはその頃から腹に一物あったかもしれない。しかしともかく彼のトランプ政権分析はプロの外交官の目で見たもので私情に左右されたものではないだろう。
英保守党党首選は離脱強硬派のボリス・ジョンソン前外相が優勢とみられるから、駐米大使にもトランプのお気に入りが就任する可能性がある。その場合、これまで以上に英国に対するトランプの影響力は強まり、対イラン政策などで英国が米国に同調する度合いが高まることは考えておかなければならない。
ところで外交は机の上で談笑しながら机の下で足のけり合いをすると言われる。それほど表の話と裏の話は異なる。外交儀礼上「本音」は出てこないのが普通だ。安倍総理が「外交」に力を入れる一つの理由は、不都合な話が表に出にくいためではないかと思ったことがあるが、今回はその「本音」が報道された珍しい例である。
英国政府は「本音」の外交文書の存在を認めると同時に、報告は外交官の「権利」であることも認めた。ただし「個人的見解」として責任追及や謝罪の対象にはしない。ところが日本では「本音」の話をしたことで外務次官が辞任させられた例がある。
1987年6月、柳谷謙介外務次官はメディアとの懇談で、中国の最高指導者トウ小平氏を「雲の上の人」と表現したため中国政府の怒りを買った。その懇談の場にフーテンもいて一部始終を聞いたが、別にトウ小平を誹謗したとは思わない。しかし中国語訳では誹謗の言葉になったらしい。
フーテンは柳谷次官が辞任する必要はないと思ったが、当時の中曽根総理から暗に辞任を求められ、柳谷氏は自らの意思で辞任することにした。それを見てフーテンは日本の外交力そのものに疑問を持った。
その前年の1986年に中曽根総理は衆参ダブル選挙を仕掛けて大勝利を収めた。その勢いで8月15日に竹下蔵相、安倍外相を左右に従え靖国公式参拝を行った。堂々たる参拝を見せつけたことで、それまで総理の靖国参拝に何も言わなかった中国が激しく反発した。
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