焼肉のたれの歴史と現在地(基本の洗いだれと万能大根おろしベースのレシピつき)
- 昭和初期、朝日新聞に掲載された焼肉レシピ
- 1500年前の中国に焼肉のたれの源流はあった
- 高度成長期、大手が続々参入した焼肉のたれ市場
- 京都で生まれた洗いだれ
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昭和初期、朝日新聞に掲載された焼肉(のたれ)のレシピ
10月29日のいわゆる「ニクの日」の夜、この原稿を書いています。7月の新刊『教養としての「焼肉」大全』を出版して、テレビからお声掛かりが増えました。いまも、とある局からの依頼で焼肉関連のレシピをつくっています。詳細は来月のイイニクの日に某局にて。
戦後日本における、食べ物の進化はめざましいものがありました。現代のように客自身が焼く日式焼肉は「戦後の日本で生まれた」という説が一般的ですが、戦前から席こそ簡素だったものの、現代にようなスタイルで焼肉を提供する店はあったと言われています。
味つけなどは完全に大陸由来で、1933(昭和8)年3月25日には朝日新聞に「趣味の朝鮮料理 風変わりな牛肉料理」として焼肉のレシピが紹介されています。
材料に書かれている鶏卵がまったくレシピに出てこないほか、本稿で「なるたけ薄く切って」と書いた部分が「薄く肉って」という誤植があったりもしますが、誤植については人のことを言える身分ではないのでそのまま行きましょう。ともあれ、当時から醤油を中心とした甘辛く、香味野菜の風味を効かせる。これが焼肉の味つけの基本でした。
1500年前の中国に焼肉のたれの源流はあった
そもそも、薄切り肉に味をつけて焼くというスタイル、香味野菜と醤油のような豆由来の発酵調味料を組み合わせる味つけについても、1500年前の中国に記録が残っています。中国最古の農業書『斉民要術』(540年頃)に「炙法」という炙り・焼き物料理の項目にはこんなふうに書かれています。
一寸というと3cm四方。こぶりな焼肉カットくらいのサイズです。「鹹豉(かんし)」は「豆豉」などに代表される塩気のある煮豆の発酵食品を指します。日本における「塩辛納豆」と呼ばれたりもする、煮豆をコウジカビで発酵させた発酵食品で、ざっくりくくると醤油や味噌の仲間――。ねぎのような香味野菜と豆由来の発酵調味料を混ぜたものに漬けて炙るとなると、これはもう焼肉です。
1500年前にはあった味つけが、朝鮮半島を経て日本に伝わり、昭和初期には新聞で紹介されるほど日本社会にもなじんでいったというわけです。
高度成長期に進化した日式焼肉のたれ
焼肉といえば、薄くカットした肉を焼く直前にたれ漬けして炙る。このスタイルが本流でおいしいのはいまも昔も変わりませんが、関東を中心にカットした生肉をそのまま焼いたり、たれを軽くかけるだけという店があります。
なぜこのスタイルが一般化したか。いくつかの理由が考えられますが、もっとも大きな要因は、既製品の焼肉のたれが発売されたことをきっかけとして、焼肉が家庭へと入っていったことと無縁ではないはずです。
焼肉という料理は直前にたれを揉み込むのがもっともおいしくなる料理です。高い肉がおいしく食べられますし、安い肉でもタレさえおいしければかなりおいしく食べることができる。そこで焼肉のたれが登場します。
まず1956年に、ジンギスカン王国である北海道のベル食品が「成吉思汗のたれ」を発売します。土地の広大な北海道では現在でも家や庭、ガレージなどで当たり前のように焼肉が行われています。都市部では考えられないでしょうが、普通にBBQができる公園も少なくありませんし、焼肉の盛んな北見市などでは「公園焼肉」という言葉があるくらいです。焼肉の味を底上げする家庭用の焼肉のたれのニーズが早くからありました。
全国的なメーカーで焼肉のたれが発売されたのは、1966年のこと。発売したのはカゴメでした。この当時、カゴメは肉の味付け用のソースに力を入れていて、「カゴメ」に社名を変更した1963年にもバーベキューソースの広告を読売新聞に展開しています。そして1968年、焼肉のたれの大本命「エバラ焼肉のたれ」が発売されます。
そしてこうした既製品の焼肉のたれが家焼肉への流れを加速させます。が、外食元年と言われる1970年よりも前のこと。まだ外食で焼肉の味を知っている人は少なく、味の正解を知りませんでした。この「直前に揉み込む」という大阪の焼肉店なら当たり前のようにやっている作業をやるかやらないかは、味を大きく左右します。
漬け込み時間が長いと脱水が効きすぎて味も食感も加工肉のようになってしまいますし、反対にまったく漬け込まないと焼肉としては物足りなかったり、イマイチな肉がイマイチな肉のまま食卓に上ることになってしまいます。
しかし焼肉が家庭に入っていくと、手間は敬遠され「揉み込む」という工程は省かれるようになってしまいます。市販の焼肉のたれの味が、飲食店のものよりも濃く感じられるのは、揉み込んでいない肉でもおいしく食べられるよう、味が濃くなっていったという側面もあるように思われます。
新規参入の焼肉店でも同じことです。注文ごとに揉み込んでいたのでは効率が悪い。効率が悪ければ提供のスピードが遅くなり、売上が頭打ちになる。かといって人をかければコストがかかる。ですからよほど味を大切にする店以外は、まとめて漬けるか、もみこまずにかけるだけ、という方法に走りがちです。そうなると網の上から焼肉らしい味わいは失われてしまいます。
もっとも飲食店の場合は素材で差をつけるという店もあります。和牛などいい素材をつかえば、もみだれに頼らずともおいしい肉が提供できます。もっともこれには原価もかかりますし、結局のところ肉のトリミングやカットなどに手がかかる。現在、大きな流れとしては提供前に肉を揉み込まないのは、和牛焼肉専門店か、もしくは廉価なチェーンという2極に収れんされつつあると考えていいでしょう。
京都で生まれた洗いだれという文化
飲食店とたれの関係で、もうひとつ欠かせないタレ文化が京都の"洗いだれ"です。発祥は家庭用の焼肉のたれブームが訪れる少し前の1965年に創業した、京都の焼肉店『天壇』によって広まりました。
下味をつけた肉を焼き、焼き上がったところでたっぷりの薄味のたれで洗うように泳がせます。表面に浮いた脂を落とし、さっぱりと食べられる工夫です。その後、京都ではこのスタイル之店が徐々に増え、首都圏でも昨年東京・有楽町に進出した「アジェ」によって徐々に認知を広げています。
店によって、洗いだれの味のベースはさまざまありますが、主に出汁に薄い塩味と酸味を加えるというのが王道でしょう。肉の味を損ねることなく、余計な脂と雑味を落として、肉をたくさん食べるための工夫だったともいえます。
1965年というと、いまだ日本には外食習慣がそれほどなかった頃。そして家庭の食事は和食が中心で、まだ肉よりも遥かに魚食のほうが盛んで、当時は1人あたり年間約50kgの魚介を消費していました。一方当時の肉の消費量はというと、一人あたり年間数kg程度。肉由来のたんぱく質や脂質の摂取に、日本人はいまほど慣れていませんでした。
ちなみに今年発表された水産白書では、2020年の一人あたり年間魚介消費量は、過去最低の23.4kgで肉は33.5kg。もう日本人は、洗いだれなどなくても肉をもりもり食べられそうではありますが、この数十年で和牛のサシも増えています。焼肉店で肉が提供された瞬間、「この店にも洗いだれがほしい……」と思わせられる肉も少なくありません。
というわけで、今回はさっぱりと肉を食べたい時に使えるつけダレを3種ほど載せておきます。好みはあると思いますが、試作を繰り返してかなり練り込んだレシピなのでベースの素材は、まずはそのまま試してみてください。洗いだれ1種、おろしだれ2種です。大根おろしベースは最近は聞かない作り方を採用していますが、万能と言えるくらいに汎用性が高いのでぜひ一度試してみてください。
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