イスラエルのガザ攻撃は欧米でテロを誘発するか――ベルギー銃撃テロ事件の謎
- ベルギーでイスラーム過激派によるテロ事件が発生し、スウェーデン人2人が銃殺された。
- 犯人は警察に銃殺されたが、「イスラーム国(IS)」支持者だったとみられている。
- この事件にパレスチナでの紛争が関わっているかには不透明な部分が多い。
パレスチナのイスラーム勢力ハマスとイスラエルの戦闘が激化するほど、「イスラーム国(IS)」などの国際テロ組織が活発化する懸念は大きい。
ベルギーで殺害されたスウェーデン人
中東では10月7日、パレスチナのイスラーム勢力ハマスが大規模な攻撃を開始し、これに対する報復としてイスラエル軍によるガザ攻撃も本格化している。
これと並行して、欧米ではイスラーム過激派によるテロへの警戒が高まっている。
サッカーのEURO2024予選ベルギー対スウェーデン戦が行われていたブリュッセルで10月16日、スウェーデン人が銃撃され、2人が死亡した。犯人はアラビア語で「神の名の下に」銃撃することを叫んでいた。
スウェーデンはこの数年、イスラーム過激派の標的としてクローズアップされてきた。スウェーデンで聖典コーランを焼却するデモが合法化されたことは、その大きな原因である。
事件を受けて試合は前半で中断され、その後延期が決定した。
ベルギー当局はテロ警戒情報を最高レベルに引き上げて市民に屋外に出ないよう呼び掛けた。
翌日未明、ブリュッセル全域で行われた捜索の末に発見された犯人は警官との銃撃戦によって死亡した。
そのため動機などについては不明なところもあるが、ベルギー検察はチュニジア人の犯人がSNSに投稿していた動画などから、「イスラーム国(IS)」に感化されていたとみている。
事件を受けてフランスのマクロン大統領は「ヨーロッパがテロに揺さぶられている」と警告した。
フランスはこの数年、ヨーロッパで最もイスラームに関連する摩擦や対立が目立つ国の一つである。
なぜパレスチナ問題が引火するか
中東やアフリカのイスラーム世界における戦闘が欧米に飛び火することは、これまでにもあったことだ。
2003年のイラク侵攻後、アメリカに協力したスペインやイギリスでは、相次いで大規模なテロ事件が発生した。犯人の多くは現地在住のムスリムで、国際テロ組織アルカイダに感化されていた。
フランスでも2011年、パリでアルカイダとISによる大規模なテロが相次いで発生した。
こうした場合にアルカイダやISは犯行声明を発表してきた。
その多くでパレスチナ問題は「アメリカとその同盟国のイスラーム世界に対する犯罪行為」の典型とみなされ、テロはこれに対する「報復」として正当化されてきた。
イスラエルの実効支配によって生まれたパレスチナ難民は600万人近くにのぼる。アメリカはイスラエルの最大の支援国である。
つまり、パレスチナ問題は国境を超えてムスリムの琴線に触れやすく、だからこそ国際テロ組織も意図的にこれをアピールしてきたといえる。
不自然な静けさ
その意味では、イスラエルとハマスの衝突によってイスラーム世界でこれまでになくイスラエルへの敵意が高まる状況で、この機運にイスラーム過激派が便乗しようとしたとしても不思議ではない。
ところが、スウェーデン人二人が殺害された事件に関して、ベルギー検察は犯人がISの影響を受けていたとみており、さらに被害者がスウェーデン人だったことが理由の一つとして考えられるとする一方、「パレスチナでの最近の戦闘が影響したかは不明」としている。
実際、ISは今のところ犯行声明を発していない。
ISはこれまで、組織的なテロではなく、支持者がいわば勝手に起こした事件でも、それを賞賛するメッセージを発してきた。
それどころか、他の組織のメンバーが行ったテロ事件でも、人目を引くものなら、「自分たちがやった」と主張することさえあった。
ところが、ISはベルギー銃撃事件の犯人を賞賛するコメントすら発信していない。
そればかりかイスラエルとハマスの衝突に関して、ISだけでなくアルカイダもこれまで「報復予告」などを発していない。
2017年にイスラエルが国連決議に反して東エルサレムを含む統一エルサレムを「首都」と定め、これをアメリカのトランプ政権が承認した際、ISやアルカイダがこぞって批判してテロを予告したことと比べると、不自然なほどの静けさである。
静けさの先にあるもの
ISやアルカイダの静けさには二つの可能性が考えられる。
まず、かつてと異なりISやアルカイダには欧米で「報復」を大規模に行う余裕がないから、という考え方だ。
シリア内戦などで大きなダメージを受けたISやアルカイダは、アフガニスタンやアフリカでの活動を続けているが、これは欧米における活動領域が狭まったことの裏返しでもある。
とすると、いま「報復」を叫んでも、それが予備軍にさえあまり響かない現実が表面化することを恐れてISやアルカイダは大々的にジハードを叫ばないとも考えられる。
その一方で、イスラーム世界における評判を考慮して、意図的に何もいわないという可能性もあり得る。
ほとんどのイスラーム諸国もISやアルカイダをテロ組織に指定していて、この点では先進国と変わらない。
しかし、パレスチナのハマスに関しては話が別だ。ハマスはほとんどのイスラーム諸国では「イスラエルの占領政策と戦う組織」と位置づけられ、「テロ組織」とはみなされていない。この点、ハマスも「テロ組織」に指定する先進国とは異なる。
ハマスはイスラエルとの戦闘を激化させることで、パレスチナ問題を核にしたオール・イスラーム連合の誕生を意識しているとみられている。
だとすると、イスラエルによるガザ攻撃で人道危機の懸念さえ大きくなっている現段階でISやアルカイダがジハードを叫ぶことは、ハマスにとってむしろありがた迷惑とさえいえる。「ISやアルカイダと同じ穴のムジナ」と国際的にみなされることにメリットはないからだ。
ISやアルカイダがかつてほどイスラーム世界でインパクトをもたなくなっているなら、なおさらだ。
そのことを理解した上であえて静けさを保っているなら、ISやアルカイダはオール・イスラーム連合の創設を間接的にバックアップしていることになる。
どちらがより真実に近いかは、今のところ定かでない。
その一方で、パレスチナでの衝突をきっかけに欧米圏で宗教や民族間の対立が再燃している。それはテロでなくても、ヘイトや差別を助長することはほぼ疑いない。
その意味では、パレスチナでの衝突はすでに飛び火しており、火の手が拡大する懸念は大きいのである。