千葉大卒業保留へのデマと誤解と専門家の指摘:誘拐監禁事件で傷つく小さな人々を守るために
■千葉大への批判
ネット上の千葉大叩きは続いているようです。一方、冷静な議論も行われており、弁護士ドットコムも新しいページ(「少女誘拐容疑の男性、卒業認定取り消し「適正手続原則に反するおそれ」元裁判官が指摘」)をアップしています。この新ページも、タイトルだけ読むと、千葉大を批判している人が喜びそうです。しかし、実際は指摘の方向が違います。
今日は、この新ページをもとに考えたいと思います。ただしもちろん法律論ではなく、大きな犯罪報道がある時、私たちの心と行動はどうなるのかという観点から考えます。
■大学は学生を罰してはいけないか
大きな報道があると、人は普段と違うことを考えます。あるいは、報道をきっかけに日頃から言いたかったことを声高に主張する人もいます。
今回、罰するのは裁判所の役割で学校は罰すべきではない、あるいは学校の外のことで学生を罰するべきではないという意見が出ています。しかしほとんどの高校も大学も、刑事事件を起こした生徒学生を罰します。それも学校の社会的責任の一つです。今までも、普通に行われてきました。
尾木ママこと尾木直樹先生は「犯罪と四年間学んだ実績とは切り離すべき」とおっしゃっていますが、尾木先生が所属される法政大学でも、先月3月末に学生が大麻で逮捕され、法政大は「本学の学生が逮捕されたことは大変遺憾。事実関係を確認し、厳正に対処する」と述べています。
弁護士ドットコムの新ページで意見を述べている元裁判官も、学校が罰するのは問題ないとしています。ただし、合理性と適正な手続きが必要だと述べています。
■「推定無罪」の者を罰してよいか
推定無罪の者を罰してはいけないという意見も多数見られます。有罪が確定するまで、組織は謝罪もしてはいけないという意見もあります。
<誘拐事件に関し、千葉大が卒業取り消しを検討することは「推定無罪」の原則に反する(偶然ですがこの記事を書かれた先生も法政大学の先生)>
そもそも千葉大は、今回の対処はあくまで一時的な対応であり懲戒処分ではないとしていますが、元裁判官は実質的な懲戒処分だろうとは述べています。その上で、推定無罪の者への懲戒自体を否定しません。
元裁判官は、「この(推定無罪)の原則は、いわゆる刑事訴訟手続における原則です」として、有罪が確定するまで何もしてはいけないという意味ではないと説明しています。
私も、述べてきました(法律論ではなく、心のケアの上での常識的なお話としてですが)。
<がんばれ千葉大:監禁事件で傷ついた全ての人と共にスクールトラウマを癒す(「推定無罪」でも処分はあり)>
ただもちろん、適正な手続きが必要と元裁判官は強調します。
■千葉大の処分への誤解とデマ
「大学が罰してはいけない」「推定無罪の人間を罰してはけない」という意見は、いろいろわかった上での一つのご意見か、あるいはわかっていなかったための誤解でしょう。
千葉大の処分が、「一旦は」「保留」ということに気づいていないで批判している人もいます。
卒業した後で卒業取り消しになるなら、10年後に逮捕されても取り消しになるのか!と言っている人もいますが、誤解です。
今回千葉大が、さかのぼっての処分をしているというのが、誤解です。
千葉大学内の専門家も違法だと言っているのに処分したというのも、誤解です(報道からもわかりますし、私も複数の千葉大関係者にも確認しました)。
「「やさしさ」が導く“一発レッド社会”――ベッキー、宮崎議員、ショーンK、“謝罪”の背景にある日本社会」もよい記事なのですが、この誤解があるのは残念です。
<「千葉大の卒業保留処分に学内専門家から違法性の指摘」は誤解:誘拐監禁事件で傷つく人々を守るための再考>
■卒業式が終わっても学生なのか
千葉大は、さかのぼっての処分をしてはいません。容疑者男性が、まだ学生の身分として、卒業を保留にしました。ここが、議論になりますねね。
元裁判官は、「学生がすでに卒業を認定されていたのであれば、その時点で在学関係が終了すると考えられる」と述べています。容疑者男性は、すでに千葉大の学生ではないというご意見です。この点は、法律の専門家でも意見は分かれるのでしょう。
千葉大の法律の先生方は、まだ在学中と判断したわけです。
同じ弁護士ドットコム内のページに、今回の事件前のものですが、関連の質問と弁護士さんからの回答を見つけました。
「卒業式の後で学生を退学等にすることは出来る?」という質問に答えた弁護士さんは、次のように答えています。
「学生として在籍している間は可能と思いますが。」「卒業式は、失業(ママ)を記念する学校の公式行事(儀式)です。また、卒業式に欠席しても卒業の効力には影響もありません。」(失業はおそらく卒業のタイプミス)
その他にも、こんな質問と別の弁護士からの回答がありました。
「卒業取り消しは?卒業を取り消すことはできるのでしょうか?」
「校則に、おそらく取り消しできるようなことが書いてあると思われますが。取り消しは可能だと思いますが、最終的には、学校の判断であると思います」
専門家の間でも、意見は様々です。
ちなみに、JRは卒業式後も3月いっぱいは学割が使えます。卒業時の学割証は3月31日まで有効と明記されています。
もうひとつ、ちなみに。高校大学の卒業式の日にちも様々なようです。3月25日とか3月1日とか、1月に卒業式という高校もあります。そうかと思うと、災害や戦争で卒業式が行えず、ずっと後になっての卒業式もありますね。
■手続き
元裁判官さんは、さらに「事前の予告」「意見陳述の機会」などの手続きが取られていたかどうかを話題にしています。卒業式後も在学中なのかどうかを含め、これらが、タイトルにある「適正手続原則に反するおそれ」です。
一部の人が言っているような、学校が学外の行為で学生を罰することや、推定無罪の問題などではありません。手続き上の問題です。
■事件で傷ついた人や組織を守ること
今回の誘拐監禁事件に関連して、千葉大の問題を何回かに分けて取り上げました(しつこくてすいません)。事件で傷ついた人や組織の癒しは、犯罪心理学の大きなテーマです。
でも、難しいですね。千葉大を批判して、「学生を守れ!」「推定無罪のものを罰するな!」「大学はいいかげんだ!」とやった方が、世間は注目するでしょう。千葉大はいちいち弁明しないので、不当な批判や誤解もつづきます。
でも、「それは、誤解です」といった話は、地味です。自分の力不足も感じます。
こうして、事件が起きると、不当に誰かが非難されたり、誤解されたりし続けるのだなと、今回あらためて思いました。
また、今回の反論が難しい理由の一つには、千葉大がとても立派な国立大学だということもあるでしょう。巨大なものを批判するのは、かっこいいですし、また批判を受ける巨大組織は、その程度のことでびくともしません。
<千葉大は弱くない、じゃない、強い!~風評被害を志願動向・就活で検証>
これがもしも、大学そばの小さなラーメン屋が誤解され客足がぱったりと落ち、店を経営する老夫婦がとても困っているといった話ならどうでしょうか。「ネットで騒いでいる内容は、誤解です!みんなでこのラーメン屋を守ろう」という話なら、少しは世間も注目するでしょうか。
一方、巨大組織をかばうような発言は、うっかりすると「御用学者!」なんて批判さすらされかねません。難しいですね。
でも、どんなにびくともしない大きな組織でも、そこにいるのは、普通の一人ひとりの人間です。教職員も学生も、傷ついている人がいます。
学生の逮捕に戸惑い、乱暴な世間の声に怯え、誤解に悔しさをにじませている人々がいます。
ある超巨大企業が、不祥事によって日本中からバッシングを受けたとき、ある心理系の団体が支援を買って出ました。日本中から寄せられる苦情電話の対応の手助けです。
まともな批判や苦情、問い合わせには、もちろん誠実に対応すべきです。でも電話のほとんどは、問題解決には役立たない誹謗中傷いやがらせの類でした。担当者は憔悴しきっていました。
不祥事を起こしたのですから、非難されるのも傷つくのも当然でしょう。しかし、誰でもあっても不当な非難を受け、必要以上に傷つかなくてはいけない理由はありません。さらに、学校であれば教職員以外に生徒学生がいます。
今回の誘拐監禁事件で、私達は小さな女の子を2014年3月10日から2016年3月27日まで助け出すことができませんでした。無事保護されたことはすばらしことですが、2年と17日は長すぎる時間でした。
そして今、巨大組織の中で、傷ついている小さな一人ひとりがいます。事件は起きてしまいました。犯人への正しい制裁と被害者保護が必要です。そして、これ以上傷つく人を増やしてはいけません。